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逃げなくても良い覚悟


 くそ、クリームヒルトめ。余計な気を回しやがって。

 アイツ的には本気で気を使って夫婦水入らずの場所を用意した可能性もあるが、アイツともしも明日出会ったとしたら、絶対に「昨夜はお楽しみだったね!」的な台詞を言って来るぞ。


「クロ殿、どうしたんだ。大丈夫だろうか? もしや言霊魔法のような、魔法的な強制力がその手紙に……?」

「い、いえ、本当になんでもないんです。日本語で内容は“宿屋を取ったから堪能して”と言った内容ですから」


 我ながら苦しい言い訳である。

 あからさまに動揺しているし、それに部屋の事もあってか正直この言葉のせいでより意識してしまっている自分が居る。

 こんな事を言っても誤魔化しなんて聞くはずがないだろう。


「そうか。ならば今度クリームヒルトに会った時に感謝の意を伝えなければな」


 しかしヴァイオレットさんはあっさりと引き下がる。

 これは……俺の言い訳が通じたというのではなさそうだ。


「良いのですか?」


 だからつい俺はヴァイオレットさんに尋ねてしまう。

 なにを持って良いのかという主語はハッキリとさせていないが、俺のあんな説明で大丈夫なのかと不安になったからだ。


「詳細は分からないが、他ならぬクロ殿が内容を全て言わなくて良いと判断したんだ。なら、私が無理に理解する必要も無いだろう。その判断を私は信じるよ」


 やめてくださいヴァイオレットさん。そんな誰にも言えない決意を胸に秘めた時に、黙って寄り添ってくれる伴侶的な台詞を今言わないでください。とても嬉しいんですが、罪悪感が出て来ます。


「……御令室様」

「心配をするなアンバー。思考放棄してただ従っている訳ではない。昔の噂のような状態ではないと、前も証明しただろう?」

「そのような意図は――いえ、失礼致しました。出過ぎた真似を」

「気にしないで良い。アンバー達が私を心配してくれたのは分かるからな」


 やめてくださいヴァイオレットさん。そこまで信用されると本当に申し訳なくなってきます。

 まるで「私がそんな愚か者にならないように、クロ殿はしっかりしてくれよ?」的な意味に聞こえてきます。

 実際はそんな事言うつもりはないのだろうけど、実際にヴァイオレットさんが“ただ従うだけの存在”になるのか、“クロという存在を理解している妻”になるのかは俺の行動次第になっている気がする。くそぅ、クリームヒルトめ……!


「ヴァイオレットさん」


 よし、こうなったら覚悟を決めて内容を話すとしよう。

 ここで話すのは自分が楽になりたいだけな気もしなくも無いが、しっかりと内容を選んだ上で話すぞ!


「知っていますか、戦いの前って生きる渇望が湧いて来るらしいですよ」

「どうした、クロ殿」


 しまった、話題選びを間違えた。







「……という内容です。ちょっと話し辛くて誤魔化そうと……すいません」

「そ、そうか。クロ殿が隠したがる理由も分かるな。……家族に……」


 観念して内容を話すと、ヴァイオレットさんは少々顔を赤くしつつ聞いた感想を言う。

 ……うん、気まずいな。やっぱり今度会った時覚えておけクリームヒルト。多分避けるだろうがアイアンメイデン――じゃない、アイアンクローを喰らわせてやる。宿屋を取ってくれた事は感謝するが……


「…………」

「あれ、バーントさん、アンバーさん。どうかされました?」


 俺が改めてクリームヒルトに今度会った時の行動について決めていると、バーントさんとアンバーさんがなにか聞きたそうな表情になっていたのに気付いた。

 手紙の内容も有り、いつ部屋を去るかタイミングを決めあぐねている……という訳ではなさそうだ。


「いえ、この文字は何処の国のものなのかと思いまして……」

「はい、東にある国……とは違うようですし」

「NIHON、でしたでしょうか?」

「そのような言語に記憶が無く……不勉強で申し訳ないです」

「あ」


 そういえばバーントさんとアンバーさんには前世とか日本の事とか話していなかったな。

 バタバタして言う暇が無かったと言うか……信じられるかどうかも分からないというのもある。

 彼らは音や香りに妙な癖はあるが、それ以外は常識的である。シキの話した連中は何故かあっさりと信じたが、彼らが信じるかどうか……というか変に思われそうだ。


「今は詳細を省きますが、俺が昔居た国の言葉と思って頂ければ」

「説明するには時間がかかるからな。シキに帰ったら説明する」

『承知いたしました』


 俺達の説明に一先ずは追及しないように決めたバーントさんとアンバーさん。綺麗に揃った声で、同時にお辞儀をする。

 こういう所を見るとやはり長年の従者として生活しているんだなと思うと同時、兄妹なんだとも思う。


「では私達はこれで。クリームヒルト様の仰せつかりの通り、夫婦水入らずでどうぞ!」

「なにがあろうと明日の八時までは部屋に入りませんので、どうぞ楽しんでください!」

『おい』


 しかし感心したのもつかの間、なんだか世話焼きの親戚的な余計なお世話の言葉を言って来る両名。くっ、この若干含みのある表情が似ていて兄妹なんだと認識させられる。なんか腹立つな!


『それでは失礼いたします、御主人様、御令室様――グッド!』


 グッド、じゃねえ。声を揃えて言うな。本当に公爵家従者だったのか。この二人は。


「……行きましたね」

「……行ったな」


 しかし俺がなにか言う前に、二人は素早く礼をしてススス、と去っていった。くそ、動きに無駄が無くて無駄に凄い。


「昔からあの二人はあんな感じで?」

「いや、以前はあまり感情を表に出さなかったんだが」

「そうですか……」

「そうだな……」

「…………」

「…………」


 さて、部屋に取り残されたのは俺とヴァイオレットさん。

 この部屋は夫婦専用であり、扉を施錠すれば、招かない限り誰かが入って来る事はまずない。バーントさんとアンバーさんもああいった以上は、緊急でない限り今日はもう来る事は無いだろう。そして最高級の宿屋である以上は防犯等もしっかりしているだろう。

 そしてこの部屋は防音であり、夕食は既に食べ終え、クリームヒルトの書いた内容を思い出すと――


「クロ殿」

「はいっ!?」


 そして突然呼びかけられた事にビクッ、と反応してしまう俺。凄く情けない。


「今日は互いに移動で疲れているだろう。まずは疲れを癒す事から考えようか。明日国王陛下に謁見するのに疲れていては話にならないからな」

「そ、そうですね」


 うん、そうだよな。今日はヴァイオレットさんも移動で疲れているし、そもそも明日は俺達の今後が左右されるだろう重要な日。クリームヒルトや周囲にお膳立てされようと従う必要はない! ……別にヘタレている訳ではない。実際ヴァイオレットさんの体調を無視したくもないし、この部屋が素晴らしい施設な事は変わりないし、夫婦で癒されるというのも良いだろう。


「……だがな、クロ殿」


 しかしヴァイオレットさんはスタスタと歩き、部屋の扉へと向かって行く。

 そしてそのまま部屋の扉の鍵を閉めると、クルっと半回転し俺の方を見て来る。


「今からバーント達が来る八時までの約十二時間。……互いにどう癒されるかは、自由だな?」

「え」


 ヴァイオレットさんはニッコリと。今までにないくらい満面の笑み――というよりは不敵な笑みを浮かべる。

 それはまるで俺にイタズラを仕掛ける様な表情であり。


「ではクロ殿――クロ。まずは移動で汚れた身体でも清めましょうか?」


 その言葉遣いに俺は逃げきれない――逃げなくても良いと悟ったのであった。











≪ジリリリリリリリリ≫


 そして、チャイムが鳴った。

 …………悟るのは少し先になりそうだ。


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