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○○に目覚めた


「それじゃ、俺は荷物の最終確認に……いや、彼らがやっているから大丈夫か」

「バーン君もアンちゃんもそこの所しっかりしているしね。むしろクロだと忘れている奴も準備してそう」

「うわー、有り得そう。何故想定出来たんだ、っていうヤツすらも準備してそう」

「優秀だからね。……うん、優秀だからね」


 シアンが何故か優秀と二度言う。その理由はなんとなく分かるのだが、それ以上ツッコむと彼らと密室で移動する事を心配されるのは何故だと思っている神父様にさらに不思議がられそうなのでツッコミはしない。


「じゃ、頑張って。まったく心配しないというのも駄目だけど、変にネガティブになってプラスを見失わないようにねー」

「おう、ありがとうシアン。神父様も後はよろしく。ヴァイス君とかにも迷惑をかけるだろうけど……」

「そこは大丈夫だ。ヴァイスも働き者だし、最近は明るくシキを楽しんでいるからな」


 確かにヴァイス君はシキの皆と明るく接しているのをよく見る。シュバルツさん曰く「外見にコンプレックスがあったからね。だけどシキだと気にされないから明るいのさ」との事だ。

 そのコンプレックスとはなにかは分からないが、元気に明るくやっているのなら良しとしよう。……シキの皆と馴染むのは良いかどうかは別ではあるが。いや、良い事だ。良い事に違いない。


「それじゃ、俺もそろそろ……あ、そういえば、カイハクさんの目ってシキを離れても大丈夫なのか?」


 別れの挨拶も切り上げ、馬車に乗ろうとした時ふと思い出した事を聞いてみる。

 騎士団副団長秘書(表向きの役職)のカイハクさんはここ数日はシキで過ごし、諜報活動を行っていた。とはいえあくまでも神父様達の行動制限下のモノである。

 なんでも彼女の目については、夫も含め他の誰かに言ってはおらず、あくまでも「カイハクさんの魅力や技術が今までの成果を出している」という事になっていたらしい。

 そこで目の事を秘密にする代わりに、シキでの悪用を禁止するために一時的な封印が行なわれた。というのは知っている。しかし封印を行ったのはシアンであり、その効果は永続では無いだろう。

 今回カイハクさんがシキを一緒に出て首都に行くにあたり、大丈夫なのかと思いはするが……


「あくまでも簡易的だから、しばらくしたら使えるようになると思うよ。でも前よりは使い辛くなっているんじゃない?」

「曖昧だな」

「そりゃ私だって慣れてるわけじゃないし……でも、使う時は分かるだろうし、クロとかイオちゃん達は抵抗できると思うよ」

「なんだっけか。一度意識して防護(レジスト)したから、耐性ついている……だっけ?」

「そゆこと」

了解(りょーかい)。ま、彼女も下手な事はしないだろう」


 カイハクさんとは色々あって、結局首都に行くにあたり騎士団には顔を出す……というか副団長派閥と話す事になっているし、それを反故しない限りは下手な真似はしないだろう。


「下手な事……教会で過ごす内にショタに目覚めかけている事とか?」

「おいそれなんだ」


 大分危うい初耳情報だぞそれ。


「なんか笑顔で接するヴァイスの姿に、キュンと来て母性が目覚めたとかで……」

「なんでも子供に恵まれなかったみたいだからね、カイちゃん」


 後で聞いた話だが、副団長は元々カイハクさんを諜報部として利用する気で結婚したらしいし、既に跡継ぎ(カイハクさんと似た年齢)は居るので、後継者を作るのに躍起になっていなかったらしく、カイハクさんと副団長の間に子供はいないようだ。

 しかも所属が所属なので、自身の子供を諦めていたその時にヴァイス君と出会い……


「一緒にお風呂に入ろうとしたり、寝ようとしたり、スイ君が困るとすぐ駆け付けたり……色々大変だった」

「お、おう。そうなのか」


 ついでにこれも後で聞いた話だが、カイハクさんとヴァイス君は髪の色が似ている(カイハクさんの地毛は灰白色)のも影響して、ますます母性のようなものを感じたとか。本人曰く「イヤらしい意味で愛でたいんじゃない!」との事だが、それで良いのか諜報部。


「ちなみに一番大変だったのは、アレ」

「アレ?」


 シアンに言われて、シアンの視線の先を俺も見ると、そこに居たのは件のカイハクさんと――


「ほら、さっさと行くんだこの血の繋がりもなにもない年増女め。母性なんて幻想を今すぐ祓って二度と来なければいい」

「ふふふ、なにを言いますこの自意識過剰女め。そんなに私に取られるのが怖いですか?」

「はははは、なにを言う。私とヴァイスの十年以上の繋がりがある。なのにポッと出の女に取られるはず無いだろう」

「あらあら、碌に会話もせずに甘いモノが苦手という好みも知らないような女がよく言いますね」

「はははははは。よく知っているね」

「うふふふふふ。諜報部ですもの」


 ……そこに居たのは、シュバルツさんであった。大分険悪な雰囲気である。あのシュバルツさんが敵意剥き出しで強い言葉を使っているとは珍しい事もあるものだ。


「あの通りスイ君の居ない所でバチバチやっててさー。あの仲裁が大変のなんの」

「うん……なんかお疲れ」


 俺の知らぬ所でそんな事があったとは……うん、やっぱり帰って来る時はお土産かなんかを渡すとしよう。シアンには高級な東の国の茶葉で、神父様には首都の最新調理道具とか買ってくるか。


「あ、あの、シュバルツお姉ちゃん達はなにをしているのでしょうかヴァイオレットさん……?」

「ヴァイス。あれは君が聞いてはいけない醜い女の争いだ。ほら、私と一緒にクロ殿の所に行こう」

「え、クロさんの所――あ、クロさーん!」


 俺が神父様達に労いをかけていると、カイハクさんのヴァイス君への思いに勘付いたヴァイオレットさんによって醜い姉と母(?)の争いを見ない・聞こえない様にされていたヴァイス君が、ヴァイオレットさんと共にこちらに笑顔で駆け付けて来た。


「良かった、行く前にちゃんと挨拶がしたくて! お仕事頑張ってくださいね!」

「うん、ありがとうヴァイス君。留守の間宜しくね」

「はい! 少しでも神父様やシアンお――シアンさんの力になれるように、頑張ります!」

「良い返事だ。偉いぞ」


 俺達が首都に行くのを、ただ単に仕事に行くと思っているヴァイス君の笑顔に癒される。……うん、やっぱりこの笑顔が見られるのなら、シキに慣れ親しんで良かったと思えるな。この純粋さが眩しい――ハッ、嫉妬の念!


「……く、なんでクロ君は私にも向けられた事のない笑顔をあんなにも簡単に……!」

「……何故あんなに慕われているんでしょう……やはり、母性より父性に惹かれる……?」

「……やはり一番の敵はクロ君なのでは……?」

「……やはり注意するべきはクロ子爵……!」


 …………うん、なんというか。


「ヴァイオレットさん、すみません。もしかしたら首都より首都に行くまでの方が修羅場かもしれません」

「いや、カイハクも流石にそこまでは……それにバーントやアンバーも居る。そう変な事にはならんさ」


 その二人も心配なんですよ。俺はその言葉をどうにか飲み込んで、首都に行く前から少々先が不安になるのであった。


「……じゃ、スノー、シアン。後はよろしくな」

「……はーい」

「? ああ、そっちも気を付けてな」


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