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少し変な奴らの滞在_3


 バーントさんとアンバーさんが同じポーズで頭を抱えている間にグレイが来て紅茶を置いたので、グレイの紹介と落ち着く意味もかねて紅茶を飲みながらお互いに噂の真偽と情報共有を行った。

 結果として彼らが本当だと思っていたことは大抵嘘であり、嘘だと思っていたことは合っていることが多かった。噂なんて所詮そういうものだ……と言えないのは何故だろう。不思議である。


「ところで、バーントとアンバーはこれからどうする予定だ? 宿屋に泊まることはクロ殿に聞いてはいるが」

「はい、しばらく滞在する予定です。正直噂もあったので、場合によってはお嬢様を連れ出して帝国か共和国にでも行こうかと思っていましたが」


 そこでバーントさんは俺とグレイの方を見て、改めてヴァイオレットさんの方へと視線を戻す。


「お嬢様がご壮健そうで安心しました。これならば私達がなにかするまでも無いようですね」

「……そうか、私の身を案じてくれてすまないな」


 しかし雇用主の娘であるヴァイオレットさんのために国外に行く覚悟があるとは、本当に慕っていたんだと思う。

 以前ヴァイオレットさんがシキに来ているのは父の息がかかった味方になることはない監視の者だけで、ある程度親しい者はヴァイオレットさんが余計な気を起こさないように何処へ行ったかの情報を与えないようにしている、と聞いていたから彼らは親しい者に入るのは分かってはいたが。


「え、お嬢様が料理をするんですか……!?」

「私が作り方を教えましょうかと聞いたら、それは私のすることではないと下賤を見る目で見ていたお嬢様が、料理……!?」

「……悪かったな」


 こうして会話を見るだけでも親しいと分かるが、少し意外だ。

 失礼だが首都に居た頃のヴァイオレットさんは気が強く融通が利かず、親しい、と呼べる味方をあまり作らなかったと思っていたので、こうして会話をできる相手が居たのは嬉しく思う。


「バーントさん、アンバーさん。よろしければ滞在の間我が屋敷に泊まりますか? 滞在期間は分かりませんが、長ければ長いほど宿泊費もかさみますから」

「いえ、お手を煩わせるわけには――」

「遠慮することは無い。この屋敷は広いが私とクロ殿とグレイしかいないからな。余っている部屋もあるので二名増えた程度で問題は無い」


 ヴァイオレットさん、その言い方だと相手はすごく断りにくいと思います。

 実際に彼らも断り辛そうに……あれ、なんか少し違う表情をしているな。困った表情ではなく驚いているような……


「……この屋敷。貴方達しか居ないのですか?」

「はい、お恥ずかしながら多くを雇う程の余裕もありませんので。それにあまり従者を多く従える、というのが性に合わないんですよ」

「……そう、なのですか」


 アンバーさんが確認するかのように尋ねてくる。

 彼らがどのような経緯でいまバレンタイン公爵邸に仕えているかは分からないが、今仕えている公爵邸ではさらに広い屋敷に数十名の従者が在住していただろうから、それと比べれば確かに仕える者がグレイしか居ないというのは異様な光景かもしれない。そのグレイも実際は息子なので従者と呼べるかは微妙だし。


「お嬢様。先程料理を為されているとお聞きしましたが、よもや洗濯や掃除などもお嬢様が自らの手で?」

「そうだな。自室の掃除や下着の洗濯は各自だが、基本は当番制だ」

「お嬢様が自ら……」


 そういえばヴァイオレットさんも炊事洗濯などの家事類に随分慣れて来た。

 初めの方はアタフタと掃除をするはずが逆に散らかったり、調理器具を焦がしたりで大変だったと思い返す。ただヴァイオレットさん自身の学習能力は高いので割とすぐに慣れていたが。


「以前は私がやるモノではないと否定していたが、やってみると思の外楽し――」

『なりません!!』

「――くて?」


 と、ヴァイオレットさんの言葉が意外だったのか、彼らはまた身を乗り出して俺達に詰め寄った。なんだろう、凄く嫌な予感がする。いわゆるマトモだと思っていたヤツが変なリミッターが外れていたような。最近だとシャトルーズが記憶に新しい。


「お嬢様、己を律するために自室を掃除するなどは良いでしょう。ですが! 今は男爵家夫人とは言え貴女は元公爵家の御令嬢なのです! 誇り高き貴女は身の回りの世話など従者にやらせればよいのです! それが従者(私達)の存在意義なのですから!」

「バ、バーント?」

「そうです! お嬢様は朝起きる時はベッドのサイドに座って五分位ボーっとしているとか殿下が髪の長い方が好きと聞いて伸ばし始めたり、苦手だったトマトを必死に克服しようと泣きそうになったとか弱い所は身近な従者のみに見せていればいいのです!」

「おいやめろアンバー」


 そうなんだ。朝は割としっかりしているヴァイオレットさんであったが、そんな面もあったのか。あと元はトマトが苦手だったのか。

 そしてもしかして彼らはヴァイオレットさんを慕っているのもあるけれど、純粋に……


「クロ様やグレイくんなど男性だけにお嬢様の身の回りのお世話は完璧に出来ません! お嬢様の服の着替えから髪の手入れ、入浴の補助など異性である以上任せられない部分は出てくるはずです!」

「いや、以前も入浴の補助は幼少期以降にしてもらったことは無いぞ」

「こうしてはいられません。今すぐに準備をしなくてはいけないぞ妹よ」

「ええ、兄さん。レインボーの主人には悪いですが、今からこの屋敷で働くことを伝えお嬢様の身の回りのお世話をしなくては!」

「待て、お前ら休暇をとってこちらに来たと聞いたが」

「ええ、勿論ですよお嬢様。ですからバレンタイン公爵家の仕事の休暇にここで働くというのです! 休暇ですから賃金などいりません!」

「……ん、あれ?」


 よし、分かった。彼らは仕事中毒に近い症状を持って身分差を崇拝している類の奴らだ。前世で言う所の社畜魂である。

 今の様子を見て、彼らはシキの住民としての素養があるのではないかと思ってしまった。


「クロ様、私めがおかしいのでしょうか。休暇というのは遊んだり休んだりするものだと思っていたのですが」

「うん、それで合ってるから真似しなくていいぞ、グレイ」


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