やっちゃったね!(:紺)
View.シアン
「へぇ……教会のお風呂場からこんな所に来れたんですね。気付かなかったです。……シキにも歴史があるんですね」
早速取り掛かろうと言う事で、まずは地下室に来た私とスイ君。
初めは入口に驚き、部屋の中に入る扉に少し怖がりつつも平静を装い、中に入った景色を見て怖そうにし、無意識に私のシスター服を掴む。
明かりを点けると掴んでいた事に気付き慌てて離した姿は可愛く、つい微笑んでいるとそれに気付いたスイ君が照れ隠しにそう感想を言った。
「大丈夫、スイ君?」
「大丈夫、とは?」
「いや、これらを見て気分が……悪くはならないかな、って」
「そうですね……やはり複雑にはなります。クリア教は清廉潔白を旨としても、やはり異端に対しては厳しい時があったんですね……」
「ああ、そう思うか……」
確かに見ようによっては拷問・異端審問器具に見えなくも無いからね。
レイ君とかコットちゃんとか、イオちゃんなども初めはそう思っていたっけ……私は最初の方に見たのがクロのあの……男性的な鍵のせいでそちらの方面しか想像出来なかったけど。
「? 違うのですか?」
「いや、うん、あまりこういう道具を使うのは、互いの了承を得ても良くないからね」
「互いの了承……?」
「ともかく、この部屋のモノを片付けようと思うの!」
「え、あ、はい!」
いけない、変な事を口走る所であった。
過保護は良くないが、かといってこの方面の話を未成年の異性であるスイ君にするのは流石の私も恥ずかしい。審問器具をさっさと片付けて、この教会の澱みを晴らさないとね!
「けど魔法がかかっている奴もあるから、慎重にね。解除が難しそうだったら無理せず私に相談する事、良い?」
「はい! 代わりに力が必要な場合は私にお任せくださいね!」
「うん、頼りにしているよ」
私の注意に対し、腕捲りをしながら答えるスイ君。
頼りにされたいのだろうか、私に腕の力こぶを見せて力をアピールしてくる。だが見えるのは鍛えているとはお世辞にも言えない、私よりも白く細い腕だけなのでその行動が微笑ましく思える。
――まったく、可愛い後輩だね。
あの細腕でネー君(吸血鬼状態のスイ君ことシュネー君)になるとクロを超える腕力になるのだが、ともかく可愛い後輩だ。多分スイ君自身が男として力を頼られたいのでネー君になる事無く手伝うだろう。どうしようもなかったり、確実にネー君の力が必要な時は借りるだろうが……子供が背伸びしようとしているようで可愛い。
――クロもこんな感じだったのかな……
クロから見たレイ君もこんな感じだったのだろうか。
自分に少なからず好意を抱いてくれて、自分のために頑張ろうとする姿。成程、こんな風にしてくれるならクロのように親バカになる気持ちも分かる気がする。
私の場合は先輩バカになるだろうか? もし私にも子供が居ればこんな風に――
――……。そ、掃除に集中しよう。
私の子供という事で、私と神父様の……を、想像しようとしてしまったが、すぐに振り払い掃除を開始する。
それを考えるのは私達にはまだ早いし、今は掃除が最優先だ。
こんな場所に居るから邪念が生まれるのだ。頑張って掃除をして、こんな事を考えてしまう邪念を振り払わなければ!
「よし、頑張るよ!」
「おー!」
私が始まりの言葉を言うと、スイ君は可愛らしく元気に同調の言葉を言ってくれた。
……でも私達の子供だったら、神父様に似ないとこんな風に素直に――い、いや、煩悩よ消え去れ私!
◆
「これは、思ったより長くなりそうだね……」
「ですね……」
煩悩を振りはらいつつ、掃除を開始した私達。
イオちゃんにはあのように啖呵を切ったが、本気でローちゃんなどに全てを破壊してもらうつもりはないので、地道に魔法を解除しつつ片付けをしているのだが、まだまだ終わりそうにない。
まず入口がお風呂場に続くあの道しかないし、放置されていたから汚れも多いし、経年劣化で運ぼうとすると軋んで上手く運べないモノもある。これは今日で終わらせるなんて無理な話だ。
「大きなモノは誰かに頼んで一気に運ぶしかないね」
「……頼りにならなくてごめんなさい。シュネーと変わるのも難しくて……」
「スイ君のせいじゃ無いよ。数の問題だから、私達にはどうしようもないという事だからね」
「はい……」
「そう暗い表情をしない。私だけだったらもっと進まなかったんだから、スイ君のお陰で助かっているんだよ?」
私はそう言いつつ、元気の無かったスイ君の頭を撫でた。
助かっているのは確かだし、キチンと褒めてあげないと――って。
「あ、ゴメン。汚れているのに触っちゃって」
掃除をして結構汚れているのに、髪を触って撫でてしまった。折角の綺麗な髪を汚してしまったので申し訳ないし、よく考えれば触れられるのが苦手かもしれないのに無神経だったかな。
「い、いえ。私ももう汚れていますし、むしろこっちが申し訳ないと言うか、嫌じゃないと言うか……」
「そう? 嫌じゃないなら良かった」
例え社交辞令だとしてもそう言ってくれるのなら嬉しい――いや、頬を赤くしているし、実は撫でられるのが好きだったりするのかな。もしそうならこれから褒める時に撫でるのも良いかもしれない。
「けど確かにお互いに汚れちゃったね……そろそろ良い時間だし、お風呂に入ろっか?」
時計が無いので正確な時刻は分からないけど、そろそろ一区切りをつけても良いはずだ。昼一から始め、妙なテンションのまま突っ走ったが、一旦汗も流したいしお風呂に入るとしよう。身体を拭くだけでも良いかもしれないけど。
「!? え、いや、それは……!?」
「スイ君が先に入れば良いよ。私が入っている間に着替えを用意しておくからね」
「で、ですよね!」
「?」
しかし何故かスイ君は顔を赤くした後、挙動不審な動きをした。
なんだろう、変な事言ったかな、私。
「わ、私がお風呂の掃除をしてきますね!」
「あ、そうだね。まずはそうしないと」
「ではいってきますね!」
「え、うん、いってらっしゃい……?」
しかし挙動不審の原因は分からないまま、慌てて部屋を出ていくスイ君。
……うーん、なんだろう。ヒトの機微には聡い方な私だけど、何故かスイ君は善く分からない時が多いんだよね。
レイ君とかは結構分かるから、年下の異性だから分からないという事は無いはずなんだけど……いや、レイ君が素直だから分かっていただけで、実際はこんなものなのかもしれない。
「さて、もうちょっとだけ頑張ろうかな……ん?」
お風呂掃除までの数分程度ではあるが、次に掃除に来た時に掃除がしやすいようにしておこうかなと考えていると、ふとあまり目立たない場所にあったオブジェクトが目に入った。
「アイアンメイデン……なのかな、これ」
その器具は、私の知っている限りではアイアンメイデンと呼ばれる代物だ。
過去に人族でありながら吸血鬼と恐れられた女貴族が作らせたという、血を効率よく奪うための、中にヒトを入れる拷問器具……のはずなのだが、私の知っているアイアンメイデンとは少々違うモノであった。
「中に棘はないし……」
そう、本来のアイアンメイデンならば内側に棘が付いており、中に入った者を傷付けるはずなのだが、このアイアンメイデンにはそれが無い。これではただの人型の収容物である。
もう一度私は中を開けて確認するのだが、棘が隠されている訳でも無いし、魔法で飛び出る仕組みも無い。
「うーん、もしかして中に入っている相手を恐怖させる代物なのかな、これ」
だが、もしかしたら中に入れる事こそが目的かもしれない。
中に入れ、身動きが取れない状態で外から魔法を唱えたりする事で相手を恐怖させる……そんなプレイに使われていたのかもしれない。
棘があると拷問器具というよりどちらかというと処刑器具になるし、そういったプレイを楽しむために改良されている……のだろうか。
――……よし、あんまり深く考えるといけない感じになりそうだから、気にしないでさっさと破壊するとしよう!
そう考えた私は、これ以上考えまいとアイアンメイデンの扉を閉めようとして――
「シアン」
「あれ、神父様?」
閉めようとアイアンメイデンの扉に手をかけた所で、神父様の声が響いた。
もしかして帰って来たのだろうか。そう考えると思ったより遅い時間だったりするのだろうか。
「いや、まだ夕食の準備までには時間がある時間だ。けど、思ったよりも薬草が早く取れたんだよ」
「そうですか……それで、急に居なくなった事を謝罪に来たのでしょうか、神父様?」
「う。……ごめん」
「冗談ですよ。大方私達が掃除をしていると聞いて、手伝いに慌ててここに来た、と言う所でしょうか」
「……正解だ」
初めはイオちゃんに言ったように小言を言おうとしたが、言い訳をせずに謝ったのでこれ以上はここでは追及しない事にした。
なにが悪いかは分かっているようだし、人助けなのだから悪い事をした訳でも無い。
それに身なりが若干乱れている所を見ると、帰って薬草をエメちゃん達に渡したら、イオちゃんに会って掃除の話を聞いて慌てて来たのだろう。その神父様らしい行動が想像出来たので、私はつい微笑ましくなってしまう。
「ですが神父様もお疲れでしょうし、今日は大丈夫ですよ」
「いや、しかし……」
「スイ君も手伝ってくれたから結構進みましたし、ここから再開しようとすると結構時間がかかってしまいます。だから日を改めて始めましょうね」
「……分かった」
「言っておきますが、私達のためにこっそり夜に独りで片付ける、なんてしたら本気で怒りますからね」
「うぐ。……分かった」
私が神父様がするだろう行動に釘をさすと、痛い所を突かれたと言うように神父様は目を逸らした。
……まったく、こういう部分では分かりやすいんだからな、神父様は。
「ところでそのシアンが触れているのは……アイアンメイデン、なのか?」
「ああ、これですか。私も疑問に思っていた所なんですよね」
話題を逸らすためなのか、純粋に疑問に思ったのかは分からないが、私に近付きながら聞いて来る神父様。やはり神父様の目から見ても不思議な代物のようだ。
「まぁ、深く考えても仕様が無いですし、エルちゃん的にも重要なモノでないとお墨付きを貰いましたし、深く考えずに処分しましょう」
「そうだな。重そうだから運ぶ時は俺とヴァイスで――カチ?」
「え?」
私達の意見が一致していると、ふとなにか音がした。
カチ、というなにかが作動したような――
「え、ちょ、え!?」
「シアン――うおっ!?」
すると突然触れていた私の手に、“妙なモノ”としか表現できないようなものが巻き付き、そのままアイアンメイデンの中に引っ張られる。抵抗しようにも、掃除で疲れていたせいなのか、この妙なモノに不思議な力があるのか抵抗出来ず、そのまま引き込まれていく。
神父様もそれを見て慌てて私を助けようとするのだが……一緒に中に引き込まれていく。
「…………」
「…………ええと」
そして二人共中に入った所で、アイアンメイデンの扉がバタンと締まり閉じ込められた。
…………。
――近い。
……アイアンメイデンの中は、一人で入ると手足を軽く動かす程度のスペースはある。
だが、今中に入っているのは私達二人であり、当然中に無理矢理入って居る以上は、入るために自然と密着する訳である。
私と神父様の身長差的に、密着する以上は自然と神父様が覆いかぶさる……というよりは私を包み込むような形になっている訳で。
色んな感触がよく感じる訳で。
神父様の熱をよく感じる訳で。
――煩悩が、生まれる。
そしてこんな状況で煩悩が生まれない程、私は出来た女ではない。




