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気まずい視線


「……ええと、ヴァイオレットさん」

「……どうした、クロ殿」

「仰りたい事は色々あると思いますが、今は――」


 アプリコットの発言に関しては()()置いておき、落ち着いたら改めて話そう。


「父上、母上!」

「っ、おお、グレイ。どうした、挨拶は終わったのか?」

「? はい、一区切りと言いますか、改めて父上達に挨拶をとアプリコット様が」


 ヴァイオレットさんに伝えようとすると、アプリコットと入れ替わるように別れの集団からグレイが出て来た。

 俺達の様子を見て少々不思議そうにしていたグレイであったが、いつものようにあどけない表情で俺達に近付いて来る。


「それでは、改めてになりますが行って参ります。大事な時に父上達から離れる事をお許しください」

「そう言うなグレイ。俺達は俺達で大丈夫だから、自分に出来る事を集中すれば良い」

「うむ、私達よりもグレイは大事な時期なんだ。勉学に励み、色々と経験してくると良い」

「はい、送って頂けるに見合う成長が出来るよう、頑張ってきますね!」

「良い返事だ」


 慣れ親しんだシキを離れる不安よりも、新たな事を学べる期待に満ち溢れた笑顔を浮かべるグレイ。それは大好きなアプリコットが一緒に居るが故だろうか。ともかくこの笑顔を浮かべられるなら大丈夫だろうという安心感はある。……色々と心配なのは確かだが。


「そして運動や実務を父上。勉学や立ち居振る舞いを母上。魔法をアプリコット様に近付けるよう頑張りますね!」

「それは頼もしい。目標が高いのは良いが、目の前の事に注意しなければならんぞ?」

「目の前の事……というと?」

「上を目指しすぎて周囲が見えなくならないようにする、という事だ。さしあたっては学園を辞める事にならない様に気を付ける事だ。そして来年の今頃にも学園生であれば、私やクロ殿を確実に抜く事は出来るぞ」

「え、なにをでしょうか」

「学園の在学期間だ。新年まで学園生で居る事で、私達の中では一番立派に学園生という誇りが出来るぞ」

「おお、確かに! 学園を辞めない様に気を付けます!」


 いや、確かに俺は八ヶ月、ヴァイオレットさんは四ヶ月程度の在学期間だが、その目標はいかがなものか。確かに重要だけど。


「それじゃ、そろそろ馬車の時間だ」


 さて、心配ではあるが、ここで不安な表情を見せてはグレイ……ではなく、俺が離れるのが更に辛くなってしまう。

 だから感情は内心で抑え、表情を表に出さない様にする――が、最後に頭を撫でて別れの挨拶とした。我ながら未練がましい。

 ……次に会う頃には、成長して撫でやすいこの位置から変わるんだろうな。アプリコットも抜いて……場合によってはヴァイオレットさんを超える可能性だってある。卒業する頃には俺を抜く可能性だってある。


――成長していくな。


 出会った頃は今よりも小さくて、触れば折れてしまうのではないかと思うほどに細かったというのに。今では飛び級して学園生だ。

 ……未練がましい別れの挨拶とお年寄りのような感情は置いといて、もう馬車の時間だ。いつまでも引き留める訳にも行かない。


「じゃあ、またな、グレイ。クリームヒルトやスカイさん、メアリーさんにもよろしく伝えてくれ」

「殿下達にもな。貴族や王族の立ち振る舞いや関係は難しいかもしれないが……」

「大丈夫です。私めは父上と母上の子であると、誇りを持って学園生活を送るので!」


 いかん、成長を感じる堂々とした宣言に涙が出そうだ。俺はこんなに涙もろかっただろうか。


「それでは、私めは馬車に行きますので!」

「ああ、いってらっしゃい」

「……いってらっしゃい」

「はい、いってきます!」


 グレイはそう言うと、笑顔で手を振りながらアプリコットの所に行き、一言二言交わすと皆の方を見てまとめて挨拶をしていた。

 あの挨拶が終わり次第馬車の中へと入っていくだろう。


「……結構あっさりといってしまったな」


 グレイとアプリコットを眺めていると、ふとヴァイオレットさんがポツリと呟いた。


「泣いたり、離れたくないと言ったりするとか思いましたか?」

「そんな事は……ない、とは言い切れないな」


 恐らくは先程のアプリコットのように、改めて礼をしたり手を強く握ったり、試験に行く前の時のように家族で抱き合う、なんて事を想像していたのかもしれない。

 けれど実際は色々な受け答えはしたが、グレイは笑顔のまま手を振って馬車に向かっている。それが少々予想外だったようだ。


「別にグレイは俺達の事がどうでもよく、早く親元を離れて学園生活を楽しみたい! ……とかじゃ無いですからね」

「…………。そんな事は思っていない」


 結構間があったな。分かりやすくてつい噴き出してしまいそうだが、噴き出すとヴァイオレットさんに拗ねられそうなので抑えよう。


――しかし、ヴァイオレットさんがこういった反応をするとはな。


 もっと冷静に、俺が先程泣きそうになるのを見逃さずにフォローするか、「子離れ出来ていないようだな?」と揶揄ったりするものと思ったけど。

 だがこのような反応をするのもヴァイオレットさんもグレイを大事に思っている証拠か。分かってはいたが、改めてこういう反応をされると嬉しいものだ。


「学園が楽しみ、というのは確かでしょうが、あれはグレイなりの寂しさの紛らわせですよ」

「……そうなのか?」

「はい。それ所かアプリコットですら寂しいのを誤魔化しているくらいです」

「アプリコットも?」

「ええ、なにせ先程皆と挨拶をしている時に笑い声が妙に多かったり、大きかったりしたのは誤魔化すためですよ」

「そういえば確かにいつもより笑ってはいたが……」

「……グレイもアプリコットが居るとはいえ、初めてシキを長い間離れるんです。これから成長しないといけないのに、不安にさせる姿を見せないようにしているんですよ」


 グレイもこれ以上話すと踏ん切りがつかなくなるから、握手や抱き合う事はせず、気持ちが表に出る前に切り上げたのだろう。……そう考えると頭を撫でるのも良くなかったのかもしれないな。


「グレイの中では、以前一緒に寝た時にこれ以上は甘えまいと誓ったのかもしれません」

「……ふふ、成程な。ならばその気持ちに応えるため、笑顔で送り出すのが母親というものか」

「そうかもしれませんね」


 良かった、ヴァイオレットさんも気持ちを持ち直していつもの調子に戻ってくれた。


「だが、私に気付かない事を気付くんだな、クロ殿は」

「そりゃあそうですよ。ヴァイオレットさんの四倍近く二人とは付き合っているんですから」

「成程、つまり“お前はどう足掻いても俺より息子と娘を理解出来ないんだ!”という事か……辛い事を言うな……」

「そういう意味じゃありませんよ!?」

「冗談だ。そう反応すると分かって言った」

「うぐ。……まったく、ヴァイオレットさんは……」

「拗ねないで欲しい。私はまだ息子と娘をクロ殿よりは理解していないかもしれないが、夫としてのクロ殿は一番好きである自信はあるぞ」

「……それ、比較になります?」

「なるとも。私にとってはどちらも大切な家族だからな」


 そう言うとヴァイオレットさんは俺を慰めるように、少し背伸びをして頭を撫でた。周囲に見られない様にすぐに撫でるのはやめたが、恐らく俺が先程グレイの頭を撫でた様に、つい撫でてしまったという感じだ。


「と、そろそろ馬車が出発するぞ。流石に前で別れの挨拶をせねば。ほら、クロ殿、行くぞ」

「は、はい」


 そしてヴァイオレットさんは馬車の方を向き、俺の手をとって別れの集団の最前列に引っ張っていく。……こういうのって男の役目なんじゃ無いかと思わないでも無いが、ともかく俺はヴァイオレットさんに続いて馬車の一番近くへと陣取った。


「それじゃな、グレイ、アプリコット」

「はい、それでは改めてになりますが、行って参ります! 皆様もまた!」


 馬車に乗ったグレイは俺とヴァイオレットさんに別れの挨拶をした後、俺達の後ろに居る皆にも別れの挨拶をした。アプリコットも同じように挨拶をする。

 グレイとアプリコットの言葉に周囲の皆は代わる代わるの言葉を言い、最後の挨拶をしていく。

 ……ああ、もう時間なんだな。俺も最後まで平常心で居ないと。


「あ、そうです、父上、母上」

「どうした?」


 そして馬車が出発する直前。グレイがなにかを思い出したように、皆の方を向いていた視線を俺達の方へと向ける。

 なにを言うつもりなのかと俺は疑問に思っている中。


「次に帰って来る時は、弟か妹の報告を待っていますからね! それではまた!」


 グレイはそんな、どこかで聞いた事のある発言を言い、馬車は俺達が返事をする前に無情にも去っていく。

 俺達はその馬車をなんとか笑顔を作って見送る。

 ………………。

 ………………。

 ………………。


「……お前ら、そういう目で見るな」


 そしてなんとか笑顔で手を振りながらグレイ達を見送った後。

 俺達を見る周囲に対し、大分間を置いてから弱々しく告げるのであった。


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