世界の認識(:菫)
View.ヴァイオレット
「……見たんですよね。俺が――俺達が、この世界をどう認識しているかを」
今日一日多くの事があり疲れているだろうクロ殿は、私に対して恐る恐ると言った様子で聞いて来た。
その様子は数時間前の教会地下で話そうとしていた時のように恐れているようであり、同時にこちらを心配するような表情だった。
――まったく、もう少し自身の事を心配すれば良いモノを。
右手の指は折れ、あばらにはひびが入り、左足は筋線維が多く裂かれ違和感があるだろう。他にも多くの箇所に怪我やひびが入っている、
それらの治療は行い、キチンと療養すれば後遺症はないだろうが、今は無理をして領主としての仕事にあたっている。
ようは痛い事には変わりないはずなのに、その痛さを表に出さずに怪我をしていない私を心配しているのだ。
――とはいえ、不安になる理由も分かりはするが。
クロ殿が心配をし、恐れる理由は分かっている。
私がカーマイン殿下……カーマインに受けた一連の事についてだろう。
詳しくは聞いてはいないが、私は“クロ殿を嫌う”カーマインに、殺されるはずであった。妻の首をクロ殿の前に置く事で、クロ殿を絶望させるつもりであったらしい。
しかしそれも操られたシルバが魔法を唱え、私達の周囲が魔法による煙によって視界が隠れている時にゴルドが私と共に隠れ、シュイが身代わりになる事で事なきを得た。
それだけならばクロ殿もここまで心配はしないだろう。だが問題はカーマインが私を殺すために隙を作ろうと唱えた魔法に問題があったのである。
――偶然隠れていた場所まで、魔法の効果が届いたのだろうな。
カーマインが私達にかけた魔法。方法も理屈も分からない。ゴルド曰く「ナニカに繋がったんだろう」との事だが、私にとってそこはどうでもよかった。
その魔法は実害はなく、ただ“ある物”を受けた者に見せたのであった。
「私達が……私が見た光景は、ある物語だったよ」
「…………」
私が見た光景。
それはクリームヒルトと外見はよく似てはいるが、全く似つかない女が主人公の物語。
時にヴァーミリオン殿下と恋を育み。
時にアッシュと同じ道を歩み。
時にシャトルーズと互いを高め合い。
時にエクルと似てはいるが似ていない男と夫婦となり。
時にシルバと壊されぬ絆を結んだ。
それをまるで体験したかのように、目の前で光景が流れて行ったのである。
その中には私の知る者が多く居た。
今言った六名の他にも、スカイやシュバルツ、ローシェンナやレッド国王陛下。ノワール学園長やグリーネリー先生。学園に居た頃に私の近くによく居た者達――は、何故か顔がぼんやりしていたな。
後はヴェールさんやバーガンティー殿下も居たような気はしたが、何故か居たという記憶だけで具体的な光景は思い出せない。
そしてその中にメアリーはおらず。なによりも――
「その物語には私が居たよ。学園に居た頃の醜い私が、そのままの姿で居た。……その時の私ならば、そうするだろうという事を、そのまましていたよ」
「…………」
なによりもその物語には“私”が居た。
ヴァイオレット・バレンタイン公爵家令嬢。クリームヒルトの“時に”を阻む邪魔な役割……いわゆる情緒解放するための“悪役”であった。
――同時に、違和感が無かった。
悪役である事に違和感がないなど悲劇でも気取っているのかと言いたくはなるが、本当に違和感が無かった。
クロ殿と会っていなければそうしていただろう行動を“あの私”はやっていたのだ。……そして、“あの私”は、クロ殿と会う事は無かったのである。
「ハッキリ言うなら混乱している。処理するのには大変だったよ。なにせ多くの一生を見せられた気分だからな」
「聞いています。ゴルドさん達もそのせいでしばらく動けなかったとか……」
ゴルド達は元々現場を抑えたらすぐにカーマインを取り押さえる予定だったのだが、あの光景の処理のせいで復活に時間がかかったのである。
……つまりは私は、今回の件はほとんどなにもしていなかったりする。ある程度片が付くまで隠れて、処理をするのにボーっとしていた訳である。……我ながら情けない。
――いや、そこではなく。
情けない話は後で反省するとして、今重要な事は、私が見せられた光景がただの独創性に溢れたカーマインによる作り物ではなく、情報元があっての光景であろうという事。
「……クロ殿は……いや、クリームヒルト、メアリー、そしてエクル。彼らはあの魔法を受けていなくても、あの光景を知っている。……そうだな?」
「……ええ」
そしてその情報源は、クロ殿達が居た世界で物語であったという事だ。
どういう形態の物語かは分からない。が、確実にあの光景はクロ殿達がどのように私達を認識していたかを分かる光景でもある。
――そしてそれは今日……ではなく、昨日の夜に話そうとしていた事なのだろうな。
クロ殿達はあの光景について口頭で話すつもりはあっても、私が具体的にどのような末路を辿るはずだったかまでは話すつもりではなかったのだろう。
……いや、話したかもしれないな。だからこそクロ殿もあの時不安になっていたのかもしれない。
ともかくクロ殿としては、あの光景を見せた魔法が何処まで見せたかは分からず、万が一クロ殿達の認識通りの末路を全て見せたとしたら、私がどうなるか分からないから不安であり心配しているのだろう。
「クロ殿、私があの光景を見て思った事を率直に言おう」
「……はい」
私が言うと、クロ殿は不安そうな表情から、背筋を伸ばしどんな言葉でも受けようという真剣な表情になる。
その姿勢からは私がどのような事を言おうとも受け止め、内心を決して外に出さない様にしようとする気持ちが垣間見えた。つまりは悲しい思いをしても表情に出さない様に心に力を入れているのだろう。
――気にしていない、とは言えそうにないな。
罵詈雑言を浴びせる……とまでは思っていないだろうが、私がクロ殿に対する認識が変わったとは思っているのだろう。
だからこそ「気にしていない」という言葉を言えばクロ殿は「そうですか。……ありがとうございます」と言い微笑んでくれるだろうが、私達の間には小さな溝が産まれるだろうと、そのように感じられた。
――しかし。“アレ”は……
だが、私もあの光景を見て、なにも思わない事は無い。
気にしていないという言葉は嘘であるとクロ殿に分かられてしまい、優しさ故に傷を付けると言うならば私はあの光景で思った事を率直に言わせてもらおう。
「私が思う事は……」
私があの光景で思う事。それは、
「“私”がひどい目にあってばかりだが、作者は私に恨みでもあるのか!」
「え!?」
という事である。




