ズッキュン
「(ヴァーミリオン殿下、あの男性を知っています? 宮廷執事とか相談役とかシャトルーズ卿の父君とかだったりします? なんか見た事ある気はするんですが……)」
「(生憎と知らない――と言いたいが、俺も何処かで見た事が……?)」
謎の金髪男性に警戒しながら、ヴァーミリオン殿下に小声で相談する。
ヴァーミリオン殿下の知り合いかとも思ったが、どうも知っているか微妙な所のようだ。
「確かにこの姿で姿を現すのは初めてか……」
「ええと……」
「まったく、クロは私の全裸情報を把握して、下着まで丹念に作ってくれたのに薄情な男だ。隅々まで調べつくしたと言うのに……」
「クロ子爵……?」
「そんな目で見ないでください、誤解です」
なにを言いだすんだこの男性は。
「なにせあの男性のサイズの下着は……うん、覚えが有りません」
「そこなのか」
「別に女性物だけ作っている訳じゃないですし、知っている男性は割と居ますし」
女性よりは重要度は少ないかもしれないが、男性だってフィットする下着は大切だからね。
しかしこの姿、という事は以前は変装していたとかそういう類の男性なのだろうか。あるいはインやハクさんが変身した姿なのだろうか……?
そうでないとしたら特徴的な、角度によって変わる瞳の色は覚えて――あれ、角度によって瞳の色が変わるって、その特徴は確か……
「ゴルドさんですか?」
「その通りだ。やっと気づいたか」
やはりというかなんというか、ゴルドさんであった。
ゴルドさん。
クリームヒルトとメアリーさんの錬金魔法の師匠であり、出会った時は錬金魔法で色々やって性転換し、金髪の美女であった男性。
天才というよりは天災という言葉が似合う(メアリーさん談)、指名手配をくらっている方である。
……いや確かにゴルドさんの身体の情報は知っているし、下着も丹念に調整はしたが、それは女性時のモノであるし、男性時の全裸情報など知らん。……しかし、同一人物に対して男性時とか女性時って言葉を使う日が来ようとはな。
「まったく、私はお前(の下着が)無しではまともに生活も出来ない身体にされたというのに!」
「変な言い方をしないでください」
「私のおっぱいも揉まれて喜んでいたというのに!」
「……揉んだのか?」
「下着を渡す際に“おっと手が滑ったー”とか言いながら足を滑らせて押し当てようとしただけです」
シリコンではない柔らかさを覚えているが、すぐに避けたしちょっと当たった程度である。
あと堂々とおっぱい言うなや。今のゴルドさん(イケオジ)が言うと危うさしか感じない。女性時に言ってもアレだが。
「まったく、お礼としてお前の妻を揉んでいるように揉ませてやると言ったのに……据え膳を喰わん男は大成せんぞ」
「それで決まる器なら壊してやりますよ」
「妻を気持ちよくさせているように、私もして欲しかったのに!」
「いい加減にせんかアンタ!」
「それはそうと無駄な話をするな。私は今の状況について説明したいんだ」
「話を逸らしたのアンタでしょう」
なんなのこの人。破天荒さは知っていたが、言う事が滅茶苦茶である。
メアリーさんが頭を痛め、シキにまだ居る事に対して警戒心を抱いていた事が良く分かるな。
「ともかく、シュイにヴァイオレットに成るように命じたのは私でね。そこの“クロ大好きズッキュンハートなカーマイン”を騙すために化けさせたんだよ」
その呼び方どうにかならないんだろうか。
「ゴルド……ああ、確かお前がゴルドか。錬金魔法の破滅奇人。……成程、知らん女が居て、情報を掴めなかったがお前だったのか。成程、あのゴルドなら納得だ」
「まぁな。弟子達やクロ達には隠すように仕向けていたからな。それにお前は能力は高いようだが、視界が狭く経験も足りなかった。故に撒く方法など多くあったからな」
「…………」
「お、言い返さないのか?」
「なにをいっても言い訳にしかならんからな。ローズ姉様に抑えられかけ、慌てたとは言えこの計画までにお前の素性を把握出来なかったのは俺の能力不足ゆえだ」
「……ったく。お前は本当に嫌になる。わざわざ男に戻ったのは正解であったようだ」
後から聞いた話なのだが、あと数日も有ればカーマインにゴルドさんの素性などを知られていただろうとの事だ。その相手の機微に関する才覚に関してはゴルドさんも目を置くほどだと言っていた。
そして動きやすいように、一般男性をわざわざ装う必要があり、男に戻ったそうだ。ゴルドさんがわざわざそうしないと駄目だと判断し、そうさせる程の男がカーマインだったという。
ただ、俺に対してだけはある意味で目が曇っていたので助かったとも言っていた。……あまり嬉しくはなかった。
「ともかく、ズッキュンハートなカーマインの計画を知ってな」
「その呼び方止めて下さい、気が抜けます」
「……カーマインが練る計画。ようはシキで事を起こした後にヴァイオレットの死体を突きつけ、お前を愛する計画だ」
……そこまでして俺を愛したかったて言うのがなぁ。
なんだろう、これはヤンデレというやつなのだろうか。いや、違うな。
「訂正しろ。クロ・ハートフィールドの大切なモノを全て奪う事で生じる絶望顔こそ最も愛する事が出来るから見ようと計画だ」
うん、違うなこれ。
ただの狂った愛。狂愛である。
「時間が無いゆえに詳細は掴めなかったが、ヴァイオレットを殺すだろうという事は掴めた。だからシュイに化けて貰ったんだよ」
「入れ替わりのタイミングが難しかったですけどね。丁度良い魔法の目くらましで代われましたが」
という事は、当然と言えば当然かもしれないが、エメラルドの家に一緒に居たヴァイオレットさんは本物か。そしてこの空間を作る魔法の衝撃などで入れ替わった感じか――ん?
「時間が無かったんですか?」
「ああ。私がこの計画を知ったのは今日の昼。お前らがよく分からんコンテストを開く前だ」
「それまではなんだか変な奴らが居る、ってだけでしたもんね」
「ですが何故計画を知れたんでしょうか」
「……ローズ第一王女の依頼だよ」
ローズ殿下?
ローズ殿下がゴルドさんに依頼を……というか。
「って、よく考えたらここでのんびり話を聞いている余裕はないんでした!」
「っ、そうだ。先程の光景が本物なら、メアリーの所へ! アッシュやシャル、姉さん達や弟達の所にも……!」
「ゴルドさん。すいませんが中に入ったっという事は出入りの方法が分かるんですよね! すみませんが今すぐ脱出方法を! お教えいただけないでしょうか!」
そうだ、ここでヴァイオレットさんが身代わりとかゴルドさん(男の姿)から説明を受けている余裕はないんだ!
グレイやアプリコット。そしてクリームヒルト達は危うい状況だった。今すぐどうにかしないと駄目だ。ヴァーミリオン殿下だって強気ではいたが、やはり不安であったようであるし。それにヴァイオレットさんの安否もきちんと確認しないと……!
「ああ、それは構わないが、出る前にクロに一つの伝えたい事、そして一つの約束をしてもらえないだろうか」
「なんでしょうか」
出来れば早く出たいのだが、伝えたい事を受け、そして一つだけと言うならば早く答えて約束をするとしよう。
余程な事では無い限り、断りはしない。
「まず伝えたい事なのだが、カーマインはここの地脈を利用し、この世界の成り立ちとも言える、“とある物語”の景色を複数見せる魔法を作り上げた」
「……え?」
「仔細はまだ分からんが、世界と共に有り、創造を司るなどと宣うランドルフの魔力の影響だろう。空想上にある【全てを知る本】の一端に触れたようなものだ。難しい事は考えるな」
それはどういう……?
「その魔法を受けたモノの中には、あの魔法使いの少女や、騎士の男女。バーガンティーがいる」
「…………」
「さらには、殺す際に隙を作ろうとしてヴァイオレットに化けたシュイにも、隠れるタイミング的に一緒に魔法を受けた私や、本物のヴァイオレットも魔法を受け、その景色を見た」
言っている意味はよく分からない。
意味というよりはそういう事が出来てしまっている理由が分からない。
「そして、約束して欲しい事なのだが。この一連の事が終わったら――」
……だが、それが事実ならヴァイオレットさんはあの乙女ゲームの、自身の状況を知ってしまったという事で……?
「そのとある物語――ゲームについて、私に話すと約束してもらえるか?」




