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追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活   作者: ヒーター
13章:この世で一番貴方を愛している
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キェェアァ


――手応えあり。


 左拳に感じる、肉と骨の感触。

 その感触を懐かしく思うと同時に、手応えがあるとも感じ取った。

 今の拳は良い角度、タイミング、場所、スピードと力で入れる事が出来た。カーマインの頭部越しに感じた地面にあたる感触で、充分なモノが入ったという実感がわく。

 念のためにもう一発。折れた右手でさらに一発。

 でもコイツの事だ、愛とやらを発揮して再び目覚めるかもしれない。

 ついでに腹部への踏みつけ。震脚をうつ要領でもう一発。カーマインごと地面が揺れ、血が周囲に飛び散る。


――……後ついでに掴まれたら困るし、腕も潰そうか。


 立たれると困るし足を潰そうか。

 喋られると腹立つし喉を潰そうか。

 効率よく潰すために関節を壊そうか。

 考える思考を潰すため、痛みを与えるために神経が多い骨を壊そうか。


「いや、そもそも……」


 それをされない方法があるじゃないか。

 潰す必要も復活する心配もしなくて良いような、単純明快な解決策。

 この戦いを始める時にも言った、カーマインを■■ば良い。

 カーマインはヴァイオレットさんを二度と笑えなくし、声も聞こえないようにした。同じようにすればカーマインも――


「――クロ子爵!」


 首の骨を目掛けて足を打ち下ろそうか悩んでいると、背後から誰かに――ヴァーミリオン殿下に止められた。

 羽交い絞めにされ、カーマインから距離をとらされる。


「……なんですか。お兄さんの命が大切なのは分かりますが、止めるのなら貴方も……敵です」


 羽交い絞めにされた状態で、特に抵抗する事無く、俺が暴れる前にこの言葉で引き下がって欲しいという通告を俺はヴァーミリオン殿下に告げる。

 トドメを……トドメをささないとカーマインは何度でも起き上がって来る。そして魔法を唱えるかもしれない。逃がせば再び計画を立ててくるかもしれない。

 だからトドメをささないと駄目なんだ。ヴァイオレットさんをあのような状態にした報いを受けさせないと……


「敵で良い。だが止まってくれクロ子爵。……頼むから、止まってくれ……」


 ……いや、分かっている。

 魔法による拘束で動けなかったのもあるだろうが、何故ヴァーミリオン殿下がこのタイミングで俺を止めたのかは分かっているんだ。


「俺に言う資格はないだろうが、ヴァイオレットのためにも止まってくれ。……貴方がその手を汚すのは、ヴァイオレットも望まないんだ」

「……綺麗事ですね。愛する相手が殺され、殺した相手がのうのうと生きるのを耐えろというのですか? 許す事が大切なんて、先程この男が言ったような事を言うのですか?」

「言う。そして耐えろ。……貴方がまだ躊躇っているならば、越えさせないのがヴァイオレットの元婚約者としての、数少ない責務になる」


 ……分かっている。

 もしヴァイオレットさんがここで俺に声をかける事が出来るとしたら、間違いなく俺を止める。

 復讐はなにも生まない。復讐した所で死んだ相手は戻らないし、喜ばない。復讐に対する綺麗すぎる常套句としてよく聞く言葉だ。

 それに反して復讐は終わらせるためにあるとか、私刑こそが因果応報として成り立つとか、そういった反骨じみたエンターテインメントとして気持ちの良い言葉もよく聞く。

 物語などで好まれるのは後者の方だろうか。俺も後者の方が好ましく思う事も有る。


「……離してください。もう、殺しませんから」

「……すまない」


 だが分かっているんだ。

 ここでカーマインを殺してしまえば、まだ残っている俺の大切なモノも壊れてしまう。

 息子も娘も、親友も友人も悪友も、戻りかけている関係の兄弟も。

 再会した前世の妹に関しても、なんだかんだ悪くない関係を築き始めているメアリーさんやヴァーミリオン殿下周りの関係も。

 先程見た光景が解決し、復興し、以前のように笑い合うようになったとしても、殺せば俺がその中に居る事は出来なくなるという事も。


「なんだ、殺さないのか? ……くそ、ヴァーミリオンを入れたのは失敗だった。ここで殺されれば、クロ・ハートフィールドの中で俺という存在がより深く傷つく所だったのに」


 そして、カーマインを殺してしまえば、カーマインの思い通りになる事も分かっているんだ。

 先程の顔や腹部、足などへの追撃により、仰向け状態で動けはしないが喋れはするカーマインが俺達を見て憎々しげに吐き捨てる。


「ああ、でも良かった。良かったぞ……! この怒りに満ちた攻撃は、クロ・ハートフィールドの中で二度俺に向けられた。クロ・ハートフィールドが二度としない、初めての体験を俺に向け、今も味わえる。ああ、実に素晴らしい……!」


 だがすぐに恍惚の表情となり、興奮したまま言葉を発する。

 わざわざ言う辺り、この言葉を聞いて俺が反応する様も楽しもうとしているのかもしれない。


「……ヴァーミリオン殿下。この男を縛ってください。俺じゃなにをするか分かりませんから」

「……分かった。魔法を発しない様にもしておこう」

「お願いします。……俺には出来ませんから」


 俺はそう言うと、カーマインから顔を背け視界に入れないようにした。

 ヴァーミリオン殿下から離れ、あちこちが痛む身体に鞭を入れながらこの場所から距離をとるために歩いていく。

 ……それにしても今日は色々あった。朝のスカーレット殿下の爆弾発言&抱いて宣言から始まり、コンテストに、スカーレット殿下の告白に、皆で食事に、教会の地下であの乙女ゲームについて話そうとした事に、今のこの空間での出来事。

 さらにこの後はこの空間を出て皆の所に行き、俺が出来る事をしなくては。


「……疲れた」


 だけど疲れた。

 そんな言葉を口にしてしまうほど、精神的にも肉体的にも疲れてしまった。

 少し前ならば癒される存在が居たので、多少なりとも頑張れたが、今のその存在は――


「……ごめんなさい。なにも為せない夫で、ごめんなさい。――っ、ぅ……!」


 今のヴァイオレットさんは、もう物言わぬ存在として首から上がこの場にあるだけだ。

 込み上げてくる涙を抑えられず、俺はその場に蹲ったのであった。







「クロ子爵、拘束は終わった。だがこの空間はまだ解けないようだ、が……」

「……そうですか。ありがとうございます」

「……クロ子爵。その、ヴァイオレットの近くに寄らなくて……良いのか?」


 カーマインの魔法による拘束が終わったヴァーミリオン殿下が、俺に報告をしつつ心配して俺に尋ねてくる。

 恐らく俺がヴァイオレットさんの近くに寄る事無く、ただ一定の距離を置いてただ見ているだけの状況が異様であったのだろう。


「……ごめんなさい。あの男だと、俺がヴァイオレットさんの頭を抱えた瞬間、頭を爆ぜさせて絶望させる、くらいやりかねなくて……確かめようにも、俺は魔法は不得意ですし、あまり魔力も……」

「……そうか。俺が確認しよう」

「ありがとうございます……」


 本当は今すぐ近寄り、少しでもヴァイオレットさんを放置はしておきたくない。

 だが“慣れは絶望を鈍化させる”というカーマインであれば、そのくらいの仕掛けをしていてもおかしくはないのだ。

 だから俺は近付けずにいた。……今の俺の手で、あまり汚したくなかったというのもあるが。


「……大丈夫だ、クロ子爵。魔法の痕跡はない」

「そうですか、ありがとうございます……あの、すみませんが、起きるのに手を貸して貰えますか。力が上手く入らなくて……」

「構わない。それと手も拭いておけ。返さなくて良いからな」

「重ね重ねすみません……」


 俺は直接触れずに状態を調べ終わったヴァーミリオン殿下の手を借り、なんとか立ち上がる。

 そして半分が水に濡れたハンカチを渡され、手などを軽く拭き血を拭い取った。


「……ヴァイオレットさん」


 そしてよろよろと、置いてある状態のヴァイオレットさんに近づく。

 とても綺麗な菫色の髪に、白い肌。長いまつ毛に色っぽかった唇。

 彼女を抱える前に一瞬躊躇い手が止まるが、このまま地面に放置もしておきたくない。そう思うと俺はヴァイオレットさんを抱えたのであった。


「……軽いや。……はは、とても軽くて小さい」

「…………」

「知ってますかヴァーミリオン殿下。ヴァイオレットさんって、シキに来た時凄く痩せていたんですよ。アバラが浮いて、心配になるほどには」

「……そうか」


 懐かしく思う、ヴァイオレットさんと出会った初日。下着姿で迫られたっけ。

 凄く痩せていて、それなのに女性らしい柔らかさや美しさを感じ、所作もとても綺麗だと思ったのを覚えている。

 シキで生活するにあたって、段々と健康的になって来て体力も付いて来たのをよく覚えている。

 ああ、本当に懐かしくて……涙が、出てきてしまう。


「う、ぅ――……ごめんなさい、泣くつもりなんて、なかったのに……すぐにこの場所を出ないと駄目なのに……殿下もメアリーさんの所へ……」

「……気にするな。クロ子爵が先程言ったように、アイツらは強いからな」


 そうは言うが、ヴァーミリオン殿下とてすぐに出てメアリーさんの所へ行きたいはずだ。

 今のヴァイオレットさんのような状況になっていないとも限らないし、愛しの女性を想う気持ちは本物なのだから。


「……綺麗な菫色の髪で、綺麗な蒼色の瞳で、所作がとても綺麗で、声も……」

「声も?」

「色んな声を聴けて、聞き惚れていたんですよね。……人って誰かを忘れる時、まずは声から忘れるそうなんですよね」

「……聞いた事は有るな」

「もうヴァイオレットさんは喋りませんし、呼んだら返事もしてくれません。……声を聞く事はもうないんですね」

「…………」


 なにを言っているんだろう、俺。

 こんな事を言ってもヴァーミリオン殿下は困るだけなのに。

 こんな事を言うつもりは無かったのに。

 こんな事を言わずに早く出るべきなのに。

 こんな事を――


「――っ、ぅ……!」


 こんな事に、なるはずなかったのに。

 グレイと一緒に家族であの屋敷で過ごすはずだったのに。

 シキの皆と一緒に苦労しながらも、楽しく過ごすはずだったのに。

 もう、それは叶わない。


「……叶う事はない。喋る事も……ないんですね」


 そう、叶わない。

 叶う事は無いんだ。

 分かってはいるが割り切れない。

 そんな精神状態の中――


「ところがどっこい、喋るかもしれませんよ?」


 生首状態のヴァイオレットさんが目を見開いて喋った。

 喋るための空気を送る肺もないのに、首だけの状態でヴァイオレットさんが喋ったのであった。


『…………』


 唐突な出来事に、俺とヴァーミリオン殿下はヴァイオレットさんの方へと顔を向け、数秒固まり。


『喋ったぁあああ!?』


 同時に、叫んだのであった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 口調はメアリーに近いけど、誰なんだヴァイオレット!
[一言] 辛い……辛い……と涙ぐみながら読んでいたら最後の最後で……。サブタイトルでちょっと不穏?さは感じていましたが……ww
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