この世で一番貴方を愛したい
「なにを馬鹿な事を――巫山戯た事をしているんだカーマイン兄さん! なにをしたのか分かっているのか!」
ヴァーミリオン殿下は俺と同じように立ち上がろうとしているが、魔法により立ち上がる事が出来ない状態で、目の前の男に叫んだ。
兄に使う敬語は外れ、ただ非難するように叫んでいる。
「分かっているさ。……だが残念だよ。本当はもっと準備したかったんだがな。クロ・ハートフィールドに子供が生まれたとか、もっと親しくなってからとか。……だが、ローズ姉様に気付かれそうであったから強行したんだよ。少しだけ残念だ」
「ローズ姉さん……? っ、カーマイン兄さん、気付いたローズ姉さんをどうしたんですか!?」
「多分生きているだろう。ヴェール氏がフォローしたからな。まぁそのヴェール氏も怪我は負っているが」
ヴァーミリオン殿下の問いに、実の姉をまるでどうでも良い存在かのようにこの男は語る。
「スパッと腹をな。アレではすぐに動く事は出来ないだろう。いやいや、実に良い血の噴き出しっぷりだった」
「なにを、馬鹿な……」
「馬鹿なと言われても困るぞ愚弟。あのままでは私の計画は台無しだった。だから必要な処置だったんだよ」
「なにを馬鹿な事を言っているんだ!!」
「ん?」
この男の言葉に、ヴァーミリオン殿下は今まで以上に叫ぶ。
「姉に直接手を出し、兄弟も命令をして傷付けている! どう考えても言い逃れできる事では無い! 何故、そんな事が出来るんだ!」
ヴァーミリオン殿下の問いは尤もであり、当然の疑問だ。同時に何故という言葉には兄を思う弟としての最後の望みを含んでいるようにも思えた。
他の兄弟に関しては証拠さえ残さなければなにか言い逃れは出来るかもしれないが、ローズ殿下に対しては直接手を出し、大怪我を負わせたと言った。さらには目撃者にヴェールさんも居る。
他にも帝国内の孤児院全てを襲撃したとなれば証拠なんて残るだろう。
どう考えても正気の沙汰ではなく、例え王族であろうとも、この後どう足掻こうともこの男が罪に問われないはずがない。
「他の殿下である姉弟を全て亡き者にし、王へとなり上がるためか! 邪魔者を消し理想の王国家を作るためか! 共和国、連邦国と通じ、王国を滅ぼすためか! なにを目的としてこんな事をしたんだ!」
「愚弟……いや、ヴァーミリオンよ。この程度で“した”などとは。まだまだ幼いな。流石は成長のイベントが無いまま過ごしただけあるな」
「カーマイン兄さん、貴方は……!」
この男は弟であるヴァーミリオン殿下の叫びに対して、答えはする。
だがヴァーミリオン殿下の方を見てはいるのだが、まるで何処か虚空を見るかのように感じる。
「災害後天的異常者。敬虔たる修道女。茸好きな愛らしい女。妻を愛する黒魔術師。夫を愛する熊猫。怪我治療好きな医者。愛多き求道者。愉快な老人。平凡な五児の母。少年好き鍛冶職人。寝るのが好きな子供。個性的な服職人。殺し愛の夫。殺し愛の妻。半小鬼の愛妻家。元騎士の愛夫家。元主人を愛する、優秀な双子従者。対立を煽る学園長。狂う独り病院。肉体好きの最高魔導士。兄であり親バカ。幸福を得た兄嫁。姉であり悪女。兄でありバカ夫婦。天然な兄嫁。兄夫婦の苦労執事。姉であり絶倫な妻。それに応える姉夫。姉夫婦の苦労侍女。文才に優れた兄バカ。夫を求める強き弟嫁。超人体質の兄バカ。戦闘強者な妹夫。薄汚れた貴族な父。子に狂った母。大切な貴族女友達。大切な貴族男友達。――そして、大切な平民男友達や、大切な平民女友達」
最後の四人……特に最後の二人はわざとらしく名前を言ってくる。
確実に俺の反応を楽しんでいる。……落ち着け。落ち着け……。
「他にも自警団や野菜職人などもいるが……さて、ヴァーミリオンよ。彼らの共通点はなんだと思う?」
「……クロ子爵の親しき者」
「正解だ」
パチパチパチ。まるで子供が正解して褒めるかのように、この男はワザとらしく拍手をする。
「皆調べた。全員調べた。全部調べた。どういう性格なのか、なにを好いているのか、なにを怖がるのか、なにを拠り所にしているのか、誰を失うと恐怖するのか、なにを失うと絶望するのか」
この男が語ると同時に、声が届くモノの他にも声が聞こえない多くの画面が視界に入る。
右腕を庇う神父様の周囲で、倒れながら恨みがましくしている者達の姿。
その姿を見て必死に庇おうとするが届かずにいるシアン。
猫状態でぐったりしているウツブシさんを抱えるオーキッド。
倒れるホリゾンブルーさんと、ゴブリンを愛する者は異常者だからお前が消えれば解決するとアップルグリーンさんを責める声。
動きを封じられ、パールホワイトさんが傷付くのを見ている事しか出来ないカラスバ。
死ぬまで攻撃しないと倒れないと言わんばかりに襲い掛かって来る敵を対処し、一歩間違えれば殺してしまうような状況のクリとブラウン。
「全部、全部、ぜーんぶ。――クロ・ハートフィールドと親しいから調べたんだ」
だからこそこの惨状を引き起こせているのだと、誇らしそうにこの男は語った。
「お前が接してきた者達だから。それだけが理由で今彼らは傷付いている。――つまりは、お前のせいなんだよクロ・ハートフィールド」
馬鹿を言うな、俺のせいじゃない。
この男のせいであって、俺が傷を付けている訳では無い。
……だが同時に、俺が居なければ彼らは傷付かなかった、という事でもある。
「さて、ヴァーミリオンよ。何故このような事をしているのかと聞いて来たな。その問いに答えよう」
俺を見た後、そういえばと言わんばかりにヴァーミリオン殿下の方を見ると、この男は先程の問い、この男の今後の進退に関しての問いに答えようとする。
ヴァーミリオン殿下はなにを答えるのか、どう考えているのかを見極めようとする。
「どうでもいい」
どんな答えでも見極めようとしたヴァーミリオン殿下は、その予想外の短い答えに面を喰らう。
「……は?」
「どうでもいいんだよそんな事。王の座とか。我が王国とか。この後の我が身の進退とか。血の分けた姉弟を傷付けるとか。どうだっていいんだよそんな事」
変わらずこの男は、俺達が理解出来ない事を告げる。
「王国をどうにかしたいと思わない。今のシキからなにかを始めようとしている訳でも無い。ただ愛する者のために私は行動している」
だから単純で否定できないだろうと言わんばかりに告げる男の表情は、段々と崩れていく。
「俺はクロを愛している。愛しているんだよ俺は! 俺はあらゆる表情のクロを見たい! 喜びも、怒りも、悲しみも、楽しさも! あらゆる最高の状態のクロを見たい! ああ、特に愛した男が顔を歪ませ、絶望した表情さえ見られればそれだけで良いんだよ! 歪む姿こそ俺は特に愛せるんだ! 愛する男の歪む顔が見る事が出来れば他になにも要らない。それ以上の幸福など無い。そのためには俺がどうなっても良い。死のうと生きようと、その瞬間を見れれば良いんだよ! だから――」
ただ感情を昂らせ、今言っている事が本心であるかのように叫び、俺を歪んだ笑顔で見てくる。
「俺にお前の泣き叫び、怒りで歪んだ表情を愛させてくれ、クロ・ハートフィールド!!」




