例えば(:杏)
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「アイタッ!? ご、ごめんなさい私よそ見をしていて――」「――お前も周囲の奴らと同じ事を言うのか! やはりお前も――」「すぐに保健室へ行こう! 失礼するよ――」「キャ!? エクル先輩、皆が――」「私、いや俺はお前を守る騎士となろう――」「――騎士がなんですか、私は守られるだけの弱い存在じゃ――」「違う俺は――」「お前が、お前が居るせいで!」「私の実家は没落寸前で――」「呪われた魔力を持つ僕は――」「身分の違いを理解しろ! お前と殿下では――」「殿下のためならば私はいくら犠牲になっても構わない――」「私は生きて、貴方も生きる。明日もまた、火輪を――」
――これは……?
僕が見た光景は、いつかの首都に行った時に見たようなアゼリア学園の光景のようで、全く違うとも思えるアゼリア学園の光景であった。
“そのアゼリア学園”にはヴァーミリオンを始めとして、シャトルーズやアッシュやシルバ、そしてスカイさんが居る。
ヴァイオレットさんもいるが、僕の知るヴァイオレットさんとは少し違う姿であった。髪の一部は編み込んでいるし、目つきが鋭く、なんというか僕の嫌う高慢な貴族のような雰囲気が出ている。
さらにはクリームヒルトさんとエクルも居るのだが……何故かこの二人は、姿形は同じと言えど、違う存在に思えた。雰囲気とかそういうレベルではなく、存在が違うように思える。
そしてそんな存在が違うようなクリームヒルトさんを中心として、謎の光景は進んで行く。
◆
「俺はこの国の王として、己が運命から逃げず背負っていく。――ブリュンヒルデ。共に背負ってくれるか?」
「――はい。貴方となら何処までも」
例えば幸福な結末。
ヴァーミリオン・ランドルフはブリュンヒルデさんと恋を育み、愛が生まれていった。
夫婦として、互いに王として。復興していく王国を共に歩もうという、誰にも引き裂かれない絆と共に二人は幸せそうに微笑み合った。
「エイル。私を苦難の道に歩ませた責任を取ってもらいますよ」
「じゃあ私はその道を一緒に行く事になった責任を取ってもらおっか」
「ええ、取りましょう。一生かけて、ね」
例えば幸福な結末。
アッシュ・オースティンはエイルさんにより、貴族としての在り方を変えられた。
時にぶつかり、酷い目に会おうとも。自身を犠牲にして国のために事を為す生き方をしていた彼を変えた彼女は、どうしても手に入れたかった彼との幸福な結末を迎えたのだ。
「俺は亡き父上と母上の遺志を継ぎ、騎士として国を変えるとこの宝刀とお前に誓おう。だが、それは生半可な事で為す事は出来ない」
「うん、不器用なシャル君じゃ、とても分の悪い勝負だね」
「その通りだ、フリスト。――後悔はしないか」
「……ふふ、互いに命を相手に預けたんだよ。貴方と居る事が出来る勝負に、なんの後悔があるの」
例えば幸福な結末。
シャトルーズ・カルヴィンはクリーム……いや、フリストさんと共に歩む事を選んだ。
守るだけではない。守られるだけではない。互いの強さと弱さを補い、高めあう。恋であり絆であり、伴侶であり相棒である。
今は亡き親から引き継いだ宝刀と共に、彼らは愛する相手と共に幸せに歩んでいくだろう。
「この先なにが有ろうとも、私は確信を持って言える事があります。私はロータと出会い、共に歩めた事を――」
「私は死ぬ時に言う事は決まっているよ! “とても楽しかった!”ってね!」
「……相変わらず意地悪だね。でも私もそう言える気がするよ。ロータと居る一生は、間違いなく楽しくて――幸せだ」
例えば幸福な結末。
エクル・フォーサイスはロータと共に過ごしていく。
互いを想い、互いに楽しみ、互いに乗り越える。とても単純で、とても難しい事。
だが彼らは知っている。この先絶望が待ち構えていようとも、苦難を共にした愛する相手が居れば最期には楽しかったと言えるのだと。薬指につけた指輪がそれを証明しているのだと。
「僕は最初ランドグリーズが嫌いだった。なにも悩みを抱えていなさそうで、世界で一番幸せです、って感じだったから」
「そうだね。私も嫌いだったよ。自分が世界で一番不幸って顔をしているから」
「でも不思議だ。僕の傍にランドグリーズが居ない世界を想像出来ない」
「不思議だね、私もそう思うよ。シルバ君に呪われちゃったかもね?」
「……それが僕の呪いなら、なんて世界一幸せな呪いなんだろうね」
例えば幸福な結末。
シルバ・セイフライドはランドグリーズと手を繋ぎ、慎ましやかに暮らしていた。
王族や貴族の友達が居て偶に遊び、自身の魔力に悩まされない所か上手く活用でき、なによりも愛する相手が傍に居る。それがどんなに幸福かを、彼らは知っていた。
「お前は王族ではない“俺”を愛してくれた。俺もお前を愛している。だから――」
「はい。なんて事のない私達で共に歩みましょう。ふふ、ようこそ平民の世界へ! ……なんてねっ!」
「私は貴方を支えます。どんなことが有ろうと、なにをしていようと私は貴方の味方ですからね」
「ありがとうございます。……貴方が居るお陰で、私は幸せだ」
「私達三人で、誰が一番幸せになるかだね! そっちが騎士だからって負けないよ!」
「傍でイチャイチャを見せつけられる私が不利じゃないですか、その勝負」
「? なんの話だ。よく分からないが……お前もイチャイチャ? 出来る相手を見つければ良いだろう。そうは思わないか?」
「うん、そうだよねシャル君っ!」
「私が居ない所でやってください。……はぁ、これで無自覚ですからね……」
「むむむ……流通って難しいね……」
「はは、私だって時間がかかったんだ。そう簡単にされては困るよ。でも無理しなくて良いんだよ?」
「駄目。だって少しでも覚えて、エクル先輩と……」
「私と?」
「……ううん、なんでもないです! さ、次の交渉に行きますよ!」
「……後悔はしていない? 呪われた力のせいで、定住できない僕と一緒になって」
「うん、していない。シルバ君と一緒に居られない事を選ぶ方が、後悔するからね。それに冒険者も楽しくて良いよ!」
「……ありがとう。僕もお前と一緒に居られて……楽しくて、幸せだ」
それは例えば、幸福ではあるが何処か足りない結末。
相手を想い、無条件で信じ支える事が愛だと言わんばかりの生活。
悪友同士かの様に、三人で仲良く王国で過ごしていく生活。
想いをまだ伝えられずとも、好きな相手と一緒に仕事ができる生活。
旅をし、愛する者が傍に居る事が出来るという幸福がある生活。
壁を乗り越えていない故に欠けてはいるが、こちらを良しとする者も多いと言えるような、そんな結末。
――ぐしゃりと女は潰された。
――女は失意のまま評判の悪い貴族の元へと嫁がされた。
――目が覚めると愛する男は冷たくなっていた。
――胸騒ぎをした男が部屋に行くと、女はもうこの世の存在ではなくなっていた。
――監禁されたまま、助けよりも早く凶刃が彼女の喉元を突き破った。
――復活したモンスターの被害者は、教会に居た神父とシスター二名。
――シュバルツという名の女によって従えられたモンスターに敗北した。
――彼女の太陽のような笑顔は二度と見る事が出来ない。
――呪われた魔力の暴走で、声が届かぬまま彼は。
――女は正気を失い激流に身を投げた。
――処刑された。正義という名の悪によって。
――強大なモンスターの前に、彼女らはあまりにも無力だった。
……それは例えば、不幸な結末。あるいは犠牲になった者達の末路。
監禁。誘拐。犯人不明で殺される。すれ違いの末に死する。力不足。想いが足りない。必要な武器が足りない。名刀程度では聞かない力の前で。
何故かそんな未来もあるのだと、僕達が見た光景は語っていた。
その中でもヴァイオレットさんとよく似た女性は、まるで“そういった役割”かの様に被害者として立ち回りであった。
嫉妬による婚約破棄や、評判の悪い相手に嫁がされる因果応報。乗り越える壁。被害ゼロでは緊張感に欠けるから被害者としてあげられる。
相手の強さを証明するために被害に合わせて相手の箔をつけるような、悪として倒しても気に留めないような、まるで物語のために用意されたかのような“悪役令嬢”であった。
――なんだこれは。
僕はなにを見ている。
僕達はなにを見せられている。
この僕達が生きる世界がまるで、なにかの――
◆
「はい、おしまい」
声が聞こえる。
なにが起きたのか分からない。
そう表現しか出来ない光景を僕達は見せられた。
「今のをどう受け取るかは貴方達の自由だ。だが理解して欲しいのはキミ達は本来あるべき所から変えられてしまった事だ。――では、私達はこれで」
いや、正確には分からないのではない。
起きた現象は分からなくとも、見た情報は理解出来てしまっている。
あれはクリームヒルトさん達が――
「では、さようなら。物語の登場人物さん達」
過ごすはずの運命であり、起こりえなかった世界だ。




