交換条件(:杏)
View.アプリコット
「生憎と私はエクルでは無いよ。この仮面は破棄されたモノを拾ったに過ぎない」
仮面を被り、全体像をローブで隠し体格が分からない男……男? なのだろか。ローブがやけに大きく体格が分からない上に、声も男とも女とも取れるような声であり、男女が分からない。
ともかくその……男は、自身の仮面を白い指でコンコンと叩きながらスカイさんの質問に答えた。
その僅かに見えた手は男とも女とも取れる様な手であり、その手には僕の帽子も掴まれている。
「むぅ、その仮面はセンスがあったから我も欲しく、被りたかったのだが……貴方もその口だろうか」
「えっ」
「うん、この仮面は良い。顔を隠しながらも確かな格好良さ。不思議と高揚する代物だ」
「えっ」
「不法侵入については褒められた事ではないが、美的感覚は確かなようだな」
「お褒めに預かり恐悦至極。私もこの仮面を見た時には“これだ!”と思ったものさ。まさに顔を隠すお洒落なマストアイテムさ」
「ええー……」
会話で時間を稼ぎながらバーガンティー殿下を守る様に僕達は戦闘準備を整える。その際に何故かスカイさんから会話に呆気にとられるような声が聞こえた気がしたが、気のせいだろう。おかしな会話は無かったからな。
「それで、貴方は何者だろうか。不法侵入をした、姿を隠さなければならない不審者、という事で良いのだろうか?」
「はは、そうなるとこの家に住んでいない君達も不法侵入という事にならないかい。お仲間同士仲良くしようじゃないか」
「一緒にしないでください変態」
「それと下手に動かない方が良い。こちらにも事情があるのでな。それ以上近寄ると問答無用で取り押さえねばならん」
「おお、怖い怖い」
まるで演者のような仕草と言葉で僕達に近寄ろうとしたマスクマンを僕達は牽制する。
本当は今すぐにでも取り押さえたいので、僕の言う言葉はただのハッタリなのだが、マスクマンはどうもこちらの間合いを理解しているようで、こちらが近付こうにも絶妙に距離をとって来る。
「さて、私が何者かと問われれば、答えは……そうだね。……じゃあ、どうしようもなく幸福になるのが妬ましい存在が居て、それを壊しに来た、ただのXさ」
X。つまりは自身を未知の存在とでも言いたいのだろうか。
格好良いので僕も使いたいと思うのだが、使うとこの謎の男を思い出してしまうので使えないな、残念だ。
しかし幸福になるのが妬ましい存在か。
それはこの男が例の火事を起こした黒幕だとするならば、この騙されやすくて真っ直ぐな、恨まれる事が少なそうなバーガンティー殿下がその妬ましい存在なのか。
あるいは王族そのモノに恨み妬みを持つ存在か。
後はスカイさんのシニストラ家か……僕が生きている事を知れば妨害するかもしれない、僕の実家からの刺客か。
もしくは――
「そしてここに来た理由はね、アプリコットちゃん。スカイちゃん。キミ達にあるんだよ」
「我に?」
「……私に?」
もしかしてこのXは“あの男”なのではないかと予想を立てたが、Xは僕やスカイさんの名を気安く呼んでくる。
仮面で顔が見えないはずなのに、不思議とその仮面の下は笑って僕を見ている様な気がした。
「主な目的はアプリコットちゃんなんだけど、まぁスカイちゃんにも効くだろうからね」
「なにを言って――」
「“コレ”なーんだ」
「――い、る……!?」
Xが“コレ”と言いながらローブの中から僕達に見せて来たのは――
「弟子!?」
「グレイ君!?」
自室でカナリアさんと寝ていたはずの弟子であった。
猫を掴むかのように襟を掴んでぶら下げている。意識は無く、眠っているのか気絶させられているのかも分からない。
「せいかーい。あ、正真正銘のグレイ君だよ。偽物じゃ無いから安心してね!」
Xはまるでサプライズに成功したように、嬉しそうな声で僕達の反応を楽しんだ
先程まで男か女かも分からない声で妙な気分であったが、今はその声がひどく不快なモノへと成り下がる。
「貴様、弟子をどうするつもりだ! それに弟子はカナリアさんといたはずだ、彼女はどうした!」
感情を荒ぶらせれば相手の思うつぼだと分かりつつも、抑えきれない感情を言葉に乗せつつXに質問を投げかける。
本当は魔法で今すぐXを拘束、攻撃をしたいのだが、弟子を楯にしている以上は先程よりも動く事が出来ない。
そして質問にほとんど意味が無いのは分かっているのだが、どうしても聞かずにはいられず、Xに聞き。
「カナリア? ああ、彼女なら抵抗したから適当にあしらったよ。生きてはいるだろうから気にする必要は無いよ」
その言葉に僕は、奴隷商人に売られた時の実の家族に対する感情と同じ感情をXに抱いた。
「女の子にしては体格がデカいし、人質には不向きだし。ここの領主相手なら効果は覿面だろうけど、こっちの方がキミ達には効くだろう?」
「この……!」
カナリアさん。ドジで、森妖精族だからとよく分からない自信を持つ、シキのこの屋敷で一緒に働いていた大切な家族。
僕の料理をいつも美味しそうに食べてくれて、褒め言葉が裏表が無いからより嬉しくて、クロさんの家を互いに出てからも仲良くしていたカナリアさん。
クロさんや弟子を含めた四名で格好良い台詞とか格好を考えたのは、間違いなく家族としての良い思い出だと、今後一生抱えていくと確信を持てる。
弟子をこうして人質に取るだけではなく、そのカナリアさんをこのXは……!
「……うん、良い表情だ」
先程は実の家族に対する感情と同じ感情、と思ったが、今は明確にその時以上の感情がXに対して芽生え始めている。
今すぐにでもXを最大火力の魔法をぶつけたいが、弟子が人質に取られている以上は下手に動く事も出来ない。
「……貴方は私達になにを望むのですか」
「む?」
「貴方はティー殿下を暗殺しに来たのではないのですか。その交渉としてグレイ君を人質に……」
「ああ、違うよ。バーガンティー・ランドルフはまだどうでも良い。この人質は別件だよ」
スカイさんの質問に“まだ”どうでも良いと言ったX。
僕達はどうにかして弟子を奪い、Xを無力化できないかと会話をしつつ隙を伺うが……仮面やローブで相手の情報が少ないせいなのか、隙が見当たらない。
「では私達になにを望むのです」
「そうだね、アプリコットちゃんの行動次第でこのグレイ君は返してあげよう」
「……我の行動?」
Xは弟子を持つ手とは逆の手に持つ帽子を弟子に被せ。
「この子が大好きであり、キミが誇りに持つ眼と髪。眼は一つ、髪は首の辺りから」
Xはまるで妙案だと言わんばかりに明るい声で。
「今からこの子を起こすから、その両方をこの子の目の前で犠牲にして貰おっか!」
ただ楽しそうに、僕に交換条件を付きつけたのであった。




