浮かび上がる疑惑
ノベルゲームにおける主人公は二種類に分けられる。
個性を出来るだけ無くし、主人公=プレイヤーとして感情移入をさせるタイプ。
個性を強くし、主人公と攻略対象の物語を楽しませることを念頭にしたタイプ。
妹曰く「夢を見るか、崇めるか」の二種類だ。
そして“火輪が差す頃に、朱に染まる”の主人公は後者の個性が強いタイプの主人公だ。
個性が無ければのっぺらぼうになるスチルにもキチンと顔もあるし、選択肢も個が強い。
攻略対象勢はそんな彼女の言葉と行動を持って彼女に惹かれていき、結ばれる。時にはある局面でヴァーミリオン殿下……第三王子と味方同士にも関わらず戦闘をし、
『私は貴方を尊敬している。私は貴方の下じゃない。対等な存在として、私は歩みたい。だから――本気で行くよ』
などとカッコいい台詞を言いながら殴ろうとする時もある。
そんな存在が無個性であったら殆どの主人公が無個性になってしまう。
「――ああ、苦労もあるが、楽しくもある。シキでの暮らしは良いものだ」
「成程、住めば都というヤツだね」
そしてその主人公として濃い女の子は、現在ヴァイオレットさんの話を楽しそうに聞いていた。
もう一名の錬金魔法を使う少女について聞きたいのと、俺の知っている彼女とどう違うのか確かめようかと思ったが、今の状況では話しかけ辛いし聞き出し辛い。
「私ばかり話してしまったな。私の話だけではつまらないだろう?」
「ううん、ヴァイオレットちゃんが楽しそうに話すの聞いていると私も楽しいから大丈夫!」
「そうか? しかし本当にお前は話し上手だけじゃなくて、聞き上手だな……」
「そうかな?」
楽しそうに会話をする両者は、とてもではないが仲が悪いようには見えない。
貴族社会にとって信じられないことをされ、愛しの殿下と仲が良いことに嫉妬をし相容れることなく今生の別れをする。なんてことはなく、傍から見ても仲の良い女友達のようにしか見えない。
「ああ、すまない。ちょっとリバーズの件で手続きがあってな。少し外すがいいか?」
「うん。いいよー」
「すまない。こういった作業は機密が多くてな」
「分かってるって。……でも仕事が出来る女って感じがしてカッコいいね!」
その言葉にヴァイオレットは小さく笑い、クリームヒルトさんはグッ! と親指を立てて見送った。
……よし、クリームヒルトさんの周囲に誰も居なくなったな。今なら話しかけられるだろう――なんだろう。こうやって女性とコソコソと会おうとしている行動は怪しさ満点な気がする。ヴァイオレットさんに見つかったら浮気とか逢瀬とか思われそうだ。早々に終わらせるとしよう。
「クリームヒルトさん、よろしいですか」
「はい? あ、クロさん。こんにちは!」
クリームヒルトさんは俺の姿を確認すると笑顔を作り挨拶をしてくる。
……これでモテないと言っているが本当だろうか。クラスメイトにはこの笑顔を向けられて勘違いする奴も多いのではないのだろうか。シナリオとかでは殿下達が居たのでガード役になっていたが。
ちなみに名前で呼ぶようになったのは、あちらが俺の家名で呼ぶとヴァイオレットさんと被るから名前呼びになり「それなら私も名前で!」ということで名前で呼び合っている。
「改めてになりますが私の妻と仲良くしてくださり、ありがとうございます。妻にも貴女のような御学友が居られたことは嬉しい限りです」
「い、いえいえ! 私みたいな平民が公爵家の方と友達になったなんてこっちが感謝すべきなのに!」
「…………」
「え、えっと……どうしました? 私の顔を見て何故微妙な表情を?」
「……いえ、ヴァイオレットさんに同性の友が居たことに感動しまして。これからも仲良くしてくださいね」
「仲良くするのは勿論ですけど、そんなに感動することですか?」
「学園で友達が誰も居ないと思っていたので」
学園でのヴァイオレットさんは多分キツイ性格だっただろうし。
殿下の他にアッシュやシャトルーズとかとも話はしただろうけど、文字通り話をしただけだろうからなぁ……
「でもいつも多くの同級生が周囲に居ましたよ?」
「多分それ文字にすると取り巻きって書くと思うんです」
「あはは……」
クリームヒルトさんは否定できないのか苦笑いをした。
うん、だから感動しているんです。
決闘の相手とか色々と分からないことが多いのは確かだけれども、学園でも友と言える存在が居たことは嬉しい誤算である。それが予想外の相手ではあったけれども。
「……あの、失礼とは思うんですけど。一つ聞いても良いでしょうか?」
「はい、構いませんが」
するとクリームヒルトさんは俺の顔を見てなにかを思い出したのか、小さな声で問いかけて来た。
「ヴァイオレットちゃんが世間知らずなことを良いことに、変態的なことを常識と言って教えてません?」
「教えてません」
一応貴族の俺に対してこの手の事を言えるとは、分かってはいたが肝の座った子である。
確かにあの乙女ゲームも末路の一つとして変態的な扱いを受けていることを示唆されてはいたけれど、俺はしていないと言いたい。
「ごめんなさい、ヴァイオレットちゃん結構世間知らずで不器用ですから、流されるままに変な扱いを受けていないか心配で……」
やっぱりクリームヒルトさんもそんな評価なんだ。
「いえ、心配するのは当然ですよ。私の良い評判が多くないのは知っていますし、そんな所に友達が嫁げば心配もするでしょう」
王都であれば俺の噂は間違いなく良くないものだろうし、シキも良い評判が多いとは言えない。そこに友達が行ったとなれば心配しても不思議ではない。
だからこそ先程の会話で少しでも不安が和らいでいれば良いのだが。
「ええ、ヴァイオレットちゃんが今度会う時にマントを被って高笑いをしたり、怪我を見て興奮したり、毒物を進んで食べようとしたり、ロボさんみたいに機械の体で覆われていないか心配で」
「………………」
「何故目を逸らすんですか」
くそ、否定し辛い。
シキの空気に染まることが変態的な扱いかと問われれば、否定はできないのが悔しい。……もしかして変態的な扱いってそういうことなのか!? ……違うな。
「あはは、でも幸せそうで良かったです。これからもヴァイオレットちゃんと仲良くしてくださいね」
そう言うとクリームヒルトさんは笑顔になり俺達の幸福を願ってくれた。身長差から来る上目遣いでの満面の笑顔は中々に威力がある。
……でもなんだろう。この笑顔には何処か既視感というか違和感がある。彼女はこのような笑い方をしていただろうか、というような笑顔だ。
あくまでも小さなものなので疑心暗鬼から生まれたものだとは思うのだが。
「あ、そうだ。クロさん、私になにか用があったのでは?」
と、俺がわざわざここに来て話しかけたことを疑問に思ったのか、不思議そうな表情でこちらに問いかけてくる。
俺は一つ咳払いをし、話が聞こえる範囲に誰も居ないことを確認すると、クリームヒルトさんに聞こえる声で決闘について……もとい、俺が知らない決闘の相手について聞いてみた。
「ヴァイオレットちゃんと決闘した相手についてですか……確かに当事者には聞き辛いですね」
するとクリームヒルトさんは、納得したように腕を組み頷く。
どう話すべきかと少し悩むと腕組みをやめ、俺にその子の情報を教えて来た。
「あの子は私と同じ師匠から錬金魔法を教わったらしくて、他の魔法も身体能力も錬金魔法も私より遥かに優れた子ですよ。とっても綺麗で学園でも人気があります」
……やはりと言うべきなのか、おかしくはないが俺にとっては違和感を覚える情報だ。
錬金魔法が希少なのは特異な才能が必要というのもあるが、一度廃れたため学問として教える者が少なくなったからだ。我が王国に至っては錬金魔法を職業として使う者すらいない。
さらにはクリームヒルトさんの師匠は気難しい性格で錬金魔法を教えることは滅多にせず、クリームヒルトさんにも幼少期に基礎を教えた程度だ。それすらも珍しい事として語られ、唯一の弟子なんて評される程度には彼女の師匠の性格は変わっている。
だが、同じ師匠に教わったとなると……やはりあの乙女ゲームとは似ているだけで違うことは起こりうるべきと言うべきなのか。あるいは……
「その女性なのですが、もしかしてヴァーミリオン殿下やアッシュ卿、シャトルーズ卿の他に……フォーサイス家の御子息などとも仲が良かったりしますか?」
「はい。あの子と今クロさんがあげた人達とも仲が良いですね」
「……そうですか」
フォーサイスと言うのは本名エクル・フォーサイスという伯爵家の長男にしてあの乙女ゲームの攻略対象のキャラだった男だ。
今あげた者達は学園でも目立つ存在なので、その子が優秀な存在ならば交流があるのも不思議ではない。だが、話を聞いているだけなので情報は確定していないが、その子の行動と言うべきか、成している事柄はどうしてもある疑念が拭えない。
「……これは学園の関係者から聞いた噂なんですが、その女性は学園の授業中に殿下と学園の湖に落ちたり、学園の少し外れで負傷したB級モンスターに襲われてシャトルーズ卿に救われたり、アッシュ卿をビンタした……ということがあったのは、その女性の事ですか?」
「ええ、その子ですね、ありましたねー。懐かしいです」
もしかしてその子は――俺と同じ転生者なのかもしれない。
個性が強い選択肢例(三択)
・ここは襲うべきだ
・ここは夜這いをするべきだ
・行こう男湯




