誰もが同じ認識を抱いた
「な、成程な。俺やメアリーが言っていた地下と、クロ子爵が行った地下は違った訳なのだな」
「え、ええ。そのようです」
なんとか落ち着こうとしながら互いに説明をし、誤解は解け合った。
どうやらアレは別の地下にあったモノらしく、アレを渡した時に忙しかったヴァーミリオン殿下は、アレを「地下にコレがあるような施設があった」という意味で俺に渡したそうだ。
そしてそれを説明する前に俺が捕まり、その後に俺が既に「地下に行った」という事を話したので、互いの言う地下が違うモノだと気付かずに擦れ違いを起こしていたようだ。
アレがとある部屋の隠し扉を開ける鍵であった、と言った時は本気で心配される表情をされたが、日記に書いてあったバレない云々などを話すととりあえずは納得してくれた。
……しかし、教会に地下があったのか……それこそあの乙女ゲームにおけるあの部屋だったんだろうな。メアリーさんはよく見つけたものである。
――というか、その時のメアリーさんの心情はいかに……
何故その地下にヴァーミリオン殿下を連れて行ったかは分からないが、メアリーさんなりに思う所があって連れて行ったのだろう。
そしてその思う所は重要な事であり、場合によっては今までの関係を壊す覚悟もあったはずだ。
だが地下を開けてみれば、あの鍵が普通に置いてあっても違和感ないような部屋であったのだ。……その時のメアリーさんは大丈夫だったのだろうか。あの人不意の出来事に結構弱いからなぁ……いや、弱く無くてもその状況は対応できにくいだろう。多分クリームヒルト以外の前世持ちは慌てふためきそうだ。
「その件は追々話すとして……どうやら始まるようだぞ」
どうかにかして互いに落ち着くと、ヴァーミリオン殿下はステージの方へと視線を誘導する。
「さぁ諸君! 美しき者を見たいか、そして知りたいか!」
『おー!』
「そうだな、私も知りたいさ! そして私は美しき者達が着飾る姿が大好きだ! 君達もそうだろう!」
『おー!!』
「よし、良い返事だ! ではミス&ミセスコンテストをロイヤルではないがノワールな司会の元、始めるよ観客諸君!」
『イエーイ!!』
そしてそこに居たのはミス&ミセスコンテストの司会であるノワール学園長(非女装)であった。学園生だけでなく、シキや軍、騎士の観客も盛り上げている辺りは流石と言うべきか。
今更だがあの学園長は俺が通っていた頃は気軽だが大人な落ち着きを持っていると思っていたのに、大分印象が違うな。
「審査方法はミスターコンテストと変わらないから省略! 審査員はミスターコンテストにも居たご覧の六名! 第一王子殿下から領主の麗しき子供までよりどりみどりだ!」
ノワール学園長は審査員席に居る俺、グレイ、ヴァーミリオン殿下、オーキッド、神父様、ルーシュ殿下を紹介する。
元々は生徒会メンバーが大半の審査員をする予定だったらしいのだが……なんでもそれだとメアリーさんに注目しかしないので却下されたとか。彼らは恋人関係という訳でも無いので投票できるわけだし。
あとグレイには近付けさせんぞ。
「そういえばクロ子爵」
「なんでしょう」
始まる前の前口上を述べている間に、ヴァーミリオン殿下が俺にこちらを向かずに少しだけ顔を寄せて再び尋ねてくる。
俺もそれに倣い、少しだけ身体を近付けてステージの方を向きながら尋ね返す。
「クリームヒルトが少し問題があったようだが、大丈夫だったのか」
「おや、将来の妹候補が気になりますか?」
「茶化すな。アイツは最終審査に残っていながらも、参加しないという事を言っていたではないか」
クリームヒルトはミス&ミセスコンテストの最終まで残っている。
当の本人は最終まで残るとは思っていなかったようでとても驚いていたが、それはそれとして「出ない」と俺に告げていた。
理由としては「出れば盛り下がっちゃうからね」との事で、今のクリームヒルトの置かれている状況を鑑みて棄権すると俺に告げた。だから俺に協力して辞退を伝えて貰うように言われたのだが……
「大丈夫ですよ。貴方の弟君と妹君が説得しましたから」
「……そうか。なら良い」
クリームヒルトはバーガンティー殿下とフューシャ殿下が説得してくれた。
最終的にクリームヒルトはどうするかは俺に尋ねてはきたのだが、俺が最後の一言で後押しすると参加する事になったのである。
「しかし大丈夫か? 俺やメアリーが出来る限りフォローはしているが、アイツの心配は事実として空気として蔓延しているだろう」
ヴァーミリオン殿下の心配も事実であり、目を逸らしてはならない事だ。
周囲でのフォローではどうにもならないし、ヴァーミリオン殿下のような立場の者がフォローをしても逆効果という事も有る。だから歯痒い思いをしているのだろう。
……なんだかんだ優しくはあるんだよな、ヴァーミリオン殿下。
「ま、我が妹は大丈夫ですよ。強くはありますし、こういった場所は慣れていますから」
「慣れている?」
「昔の話ですが、俺が作った服を着て、もっと大人数の人に見られた事も有りますから。それに服を着こなして見られる、という事に関しては一級品ですよ」
「ほう」
もう俺達の認識では二十年以上前の話になるが、クリームヒルトにはよくモデルになってもらった。そしてその時の着こなしぶりは専属契約としてモデル会社からスカウトがあったほどだ。
あの時と姿形も違うし、経験も古ぼけているかもしれないが持ち前の着こなし術に関しては心配は無用と言えるだろう。
……まぁ何処かの眼鏡フェチのようにネタに走らなければ、だけど。
「――という訳で始めるよ! 美しき者達による美しき者のための――!」
と、気が付けばコンテストの開始されそうであったため、俺達は会話をやめる。
不安もあるけれど、楽しみもあるし、審査員をする事による対価もある。
とにかく俺はこの場で出来る俺らしい事しようと思いつつ、コンテストの開始の――
「ミス&ミセスコンテスト、インシキ! 開始!」
合図を受け、俺は歓声の中拍手をするのであった。
しかしそれにしても、クリームヒルトとかアプリコットとかシアンとか楽しみではあるが……
――ヴァイオレットさんが楽しみだな!
俺は彼女を見た時、正気を保てるだろうか。
それが心配である。
「ではエントリーナンバー01! 男ならば彼女が動くたびに目で追ってしまう、そんな魔性な魅力を持つ敬虔なる美しき戦闘系シスター、シアン・シアーズの登場です!」
今更だが戦闘系シスターってなんなんだろうな。
シスターは浄化とかで戦闘に駆り出される事は有るため戦闘自体は珍しい事では無いのだが、戦闘系シスターというのが物凄くしっくり来るんだよな、シアンの場合。
というかスカーレット殿下といい、司会になるとなんで敬語になるのだろうか。
「い、いきなりシアン……!」
そしてシアンの登場に審査員の騎士服を着ている神父様が緊張していた。
多分アレは自分が出る時より緊張しているな。
シアンと正式に付き合うようになってからよく見るようになった表情ではあるが、ああいうのを見ると微笑ましくなると同時に付き合えて本当に良かったなと思うな。
――シアン、大丈夫かな。
というかシアンはなんの服を着るのだろうか。
神父様が指定した服なのか、それとも別の指定の服か。どちらにせよ……動きにくそうであったらスリットを入れていそうな気がするのは見ている者達の共通認識で――
「皆さん、こんにちは。斯様な場所に立てる事を誇りに思います」
そして現れたシアンを見た瞬間、観客は今までシアンの姿に集めていた注目とは違う意味で文字通り目を奪われた。
シアンが来ている服はドレスのような、サテン生地のレースが施された柔らかな印象を持つ黒のフレアワンピース。神父様が選んだ服でもある。
普段着ているシスター服と同じ系統の色にも関わらず、違う印象を持たせる……いや、今のシアンの姿は祈りを捧げている時と同じような神秘性を纏っていた。
『――綺麗』
そう言ったのは誰であったか。
普段の様子しか知らない者にとっては正に綺麗と称する事しか出来ない立ち姿であり、表情はまさに慈愛に満ちた表情で――
『シアンがマトモに服を着ている!』『あのシスターが破廉恥な服じゃない!』『シアンちゃんが』『マトモに服を』『スリットを入れてない』『服を着て』『マトモに』『服を着ている!』『服を着て――』
『シアンがマトモに服を着ているぞー!!』
「よしお前達、喧嘩売っているならかかって来なさい! ステージの上で相手になるよ!」
そして観客達の怒涛の言葉にシアンはいつものような表情と仕草に戻ったのであった。




