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兄としての一つの望み


 結果として今回の妹を証明するための戦いは、クリームヒルトの勝利で終わった。

 クリの一撃一撃は強かったのだが、流す事と避ける事が上手く最善手で攻撃を仕掛けるクリームヒルトに対してクリの護身符の耐久が先に切れたのだ。


「あはは、やっぱり予想通りで凄い筋肉しているよね、クリ先輩!」

「……ありがとう。でも、貴女は力で上回っている私を技術で圧倒していた。クロ兄様以外でここまで強いと思えたのは居ないよ」

「あはは、ありがとう! マッスルクイーンに言われると嬉しいよ!」

「……その呼び方はやめて」


 そして現在は勝負前の妹としての立場対立を忘れ、清々しく(?)互いの健闘を称えあっている。

 ……なんだか不良漫画で「良い戦いをしたからもう親友(ダチ)だぜ!」的なノリのようだ。ある程度その世界に居た俺にとってはフィクションの世界と思っていたのだが……まぁ仲良くしているのならば良いか。


「クリームヒルトも先輩も凄いよね。情けないけど僕は勝てそうにないよ。とはいえメアリーさんのためにも勝てるくらいには鍛えないと……スカイはどう?」

「……魔法無し武器無しでは難しい……いえ、今の私では無理でしょうね。ですがこのままいるつもりは有りませんし、良い目標が出来たと思いますよ」

「しかしクリさんがあのような力を持っていたとは……見かけで判断しているつもりは無かったが、私も未熟という事か」

「いや、見た目云々の話じゃないでしょアレは。ロイヤルな私が知る限りでもクリは力が強すぎる。なのにあの冒険者には向いて無さそうな華奢な外見とか詐欺に近いって」


 こちらは戦いの感想を言う観客達。

 戦闘向けじゃない華奢な外見から繰り出された、その辺りの軍や騎士の方々以上の戦闘を見せた事に対し、興味深そうに話し合っている。


――良かった。分かってはいたけど、両親みたいにならなくて。


 そしてそれぞれが才能に嫉妬するのではなく、両親の様に排斥するのでもなく。尊敬の含む超えるべき目標という視点で見ている辺り良かった。

 ……昔力加減が分からなくて色々あったからな、クリは。


「しかしクリ、お前随分と成長したな」

「……そう? どのあたりが?」

「俺と別れる前だとまだ軽くいなせたが、今のお前だと難しいと思うほどには。というか純粋な力だけならお前の方が強いんじゃないか?」

「……ふふ、私もお父様達の目を盗んでこっそり筋肉を調べて、鍛えはしたからね」


 俺がクリに近付き褒めると、クリは自慢するかのように胸を張る。

 その仕草が懐かしく、子供のようでつい微笑ましくなり……


「……クロ兄様。今は運動後だから、あまり髪を触られると困る」

「あ、ゴメンな。つい」


 つい(くろ)色の髪が綺麗な頭を撫でてしまった。

 いけない、クリももう十七歳だ。妹とは言え婚約者もいる上に、年頃の少女だ。

 再会の時に抱き着かれて撫でたから、その時の続きのような感じで撫でてしまった。


「……謝るならもっと撫でて」

「分かった。……分かった?」


 兄をウザがる年齢だと思ったので放そうと思ったのだが、何故かさらに要求された。

 ……まぁ慕ってくれているなら良いか。


「……母指対立筋」


 ん、なんか今クリが呟いたのは気のせいだろうか。

 ……気のせいだな。クリはなんだか心地よさそうに撫でられるがままだし。この心地良さそうな笑みも昔と変わらないな。

 撫でているこっちも嬉しく思える――が、あれ、なんだろう。撫でている時のグレイの様な表情ではなく、なんかヴェールさんが俺の腕とかを触っている時と似た気配を感じるのは……い、いや、気のせいだ。気のせいに違いない。


「あれ、ヴァイオレットの事だから私も撫でられたいとか言うと思ったけど、言わないの?」

「……当然撫でられたいですが、あれは健闘を称えたもの。つまりは素晴らしき行動をした事に対する親しき者への称賛です。なにもしていない私には受ける権利はないのです……!」

「貴女結構面倒くさいね」

「面倒ですね」

「面倒だね」

「貴女達に言われたくない」


 なんかヴァイオレットさんとスカーレット殿下のそんな会話が聞こえて来た。

 後でヴァイオレットさんを撫でた方が良いのだろうか。でも今の会話を聞く限りでは断られそうである。


「あはは、私はよくやったねと褒めてくれないの黒兄!」

「はいはいよくやったよくやった」

「棒読み! 私が勝者なのに!」


 クリームヒルトが俺達を見て近付き、頭を撫でてくれかと言うように頭を差し出すが、生憎とする気はない。代わりにぺしぺしと頭を軽く叩いた。


「あとゴメンね、クリ先輩。戦うためとはいえ、真の妹とか煽っちゃって」

「……構わないけど……結局なんでクロ兄様を兄呼ばわりしているの……?」

「あはは、それはだね。私が……そうだね、昔黒兄を兄と慕って居た頃があったの。それは本当に昔、ね」

「……だから今もその時の癖で呼んでいる……という事?」

「うん、そうだね――あれ?」


 クリームヒルトが前世の事は話さずに俺を兄呼ばわりしていた事を説明していると、クリームヒルトがなにかに気付いたかのように俺達と違う方向を見る。

 その行動に俺達は疑問を持ち、その視線の方向を見ると……


「あ、ティー殿下にエフちゃんだ。おーい!」


 そこにはバーガンティー殿下とエフさん……もとい、フューシャ殿下が居た。フューシャ殿下の方は変わらずフードを被って認識を阻害しているようだが、ここ数日フューシャ殿下と意識して接しているせいか、表情などが分かるようになって来た。

 そしてここ数日の様子を見ると、二人共クリームヒルトだけではなくグレイとも仲が良くやっているようである。同じ学園に同時入学する者同士で、性格も含め気が合うようである。


「おはようございます、皆さん」

「……おはよう……ございます……」


 そしてクリームヒルトに呼びかけられると、二人共嬉しそうにこちらに近寄って来た。そして俺達も簡単に挨拶をする。


「皆さんお揃いでなにをなさっていたのです?」

「黒兄の妹をかけた戦い!」

「この場に居る皆さんでクロさんの妹の座を賭けたバトルを!?」

「違います」

「……クロさん……女の子なら……誰でも……妹に……したいの……?」

「違います」


 これ以上この場をややこしくしないで欲しい。

 しかもこの二人は冗談などではなく、本気で思っている。ここ数日で分かったのだが、グレイと同じ天然タイプなんだよな。

 そんな二人が我が息子と仲良くしてくれるのは嬉しいのだが、このまま行くと来年度の学園ではグレイ(天然)、アプリコット(中二病)、バーガンティー殿下(天然)、フューシャ殿下(天然)というメンバーで組む機会が多くなる事に――大丈夫かな。王族相手に粗相とか関係無しに不安になる。


「そして私が勝ったんだよ!」

「おお、流石はクリームヒルトさん!」

「あはは、でしょ! でも折角の勝者なのに、黒兄が褒めてくれないの。クリ先輩は頭を撫でて貰えたのに……」


 クリームヒルトは露骨に残念がるが、本気で残念がっていないだろう。

 というかそんな事をバーガンティー殿下に言ってどうする気だ。


「だから代わりにティー殿下が撫でて!」

「えぇ!?」


 なにを言っているんだこの真の妹(仮)。


「クリームヒルト、お前――ん?」

「ヴァイオレットさん……?」

「……しーっ」

『?』


 俺だけでなく、スカイさんも止めようとするが、それよりも早くヴァイオレットさんが俺達に近付いて間に入り、言葉を遮った。

 どうかしたのかと問おうと思ったが、ヴァイオレットさんが仕草で「静かに」と、とても可愛らしく言ってきたので、俺達は疑問を持ちつつも口をつぐむ事にした。しかしヴァイオレットさんは可愛くて綺麗だな。


「それは、その、付き合っても居ない男女が淫らに触れ合うなど良くは有りません!」

「ティー殿下、私の事を好きと言った言葉は嘘だったの?」

「その言葉に嘘偽りなどあるはずないじゃないですか!」

「そっか、ありがとう」


 バーガンティー殿下の否定の言葉に、クリームヒルトは嬉しそうな表情をする。


――その表情は……


 クリームヒルトは今見せた表情は、俺がよく見た表情であった。

 前世で新しい楽しみにしているゲームを買った時や、新しい服を縫って着た時と同じような、誰かに気を使うのではない表情で、本当に嬉しかったり楽しかったりするような表情だ。

 クリームヒルトは今、シルバやスカイさんが今まで見た事がないかと言うように面を喰らっている、その喜を含む表情を浮かべている。


「ティー殿下、私は他人の感情には疎い方なの。そうかな? とは思っても、実際は違ったり、上手く理解しきれなかったり。ようはズレているんだよ」

「そのような事は――」

「あるんだよ! なにせ私はバカでアホだからね!」

「えぇ!?」


 自分で言うのか。

 恐らくその場に居たクリームヒルト以外の全員が思っただろう。あるいは本人もそう思っているかもしれない。


「つまりは私はいくら口で言葉を紡がれても、行動で示さなければ分からない面倒な女! だったら――言いたい事は、分かる?」

「ええと、それは……」

「……ティー兄様……ふぁいとっ」

「うぐ……ク、クリームヒルトさん」

「なにかな?」


 バーガンティー殿下はそこまで言われてなにを言いたいかを理解し、躊躇う。

 しかしフューシャ殿下に応援され、覚悟を決めると名前を呼び、クリームヒルトに一歩近付く。


「勝利、おめでとうございます。貴女を好きな一人の男として、貴女が勝利した事を喜ばしく思いますよ」


 そして先程言われたように、バーガンティー殿下はクリームヒルトの頭を撫でた。

 どうしたらいいかと分からない様にぎこちなく。

 しかし好きな女性に触れる事がどことなく嬉しそうに。

 だが触れてしまっている事に対する羞恥が大部分を占めているかのように、顔が赤い。

 俺達に見られているという点も、彼の羞恥を増幅させているのだろう。

 それでも撫で続けるのは、好きである事を証明するために、嫌われない様にするために撫でているのか。あるいは――


「――あはは!」


 あるいは、撫でられる事に本当に嬉しそうに笑うクリームヒルトを見続けたいがためか。

 今までにない微笑みは、まるで……まるで、好きな人に撫でられて嬉しがっているような、少女の様な微笑みであった。


「ありがとうね、ティー殿下。お陰で気持ちは伝わったよ!」

「そ、それはよかったです」

「でもエフちゃんに応援されないと出来なかったのがマイナスかな?」

「う……次は精進いたします……」

「冗談だよ。でも本当にこんな面倒な私で良いの?」

「なにを言いますか。貴女の全てが素晴らしいですよ」

「あはは、ありがとう!」

「……クリームちゃん……次は私も……撫でて良い……?」

「おー、良いよ! ロイヤル撫でだね!」

「その言い方……スカーレット姉様みたい……」


 クリームヒルト次はフューシャ殿下に撫でられる。

 そして暫く撫でられるとお返しとばかりに二人を同時に撫でようとして、身長差から手が届かない事に気付き、ジャンプして撫でる事に成功していた。それを撫でるという行為に値するのかは微妙な所であったが。


――良かったな、クリームヒルト。


 その一連の出来事を見て、俺は長年見てきて長年望んでいた事がようやく叶うかもしれないという嬉しさと、妹の成長を喜ぶ感情が沸き上がっていた。

 何故そのような心境の変化が起きたかは分からない。だが、叶うなら拍手を送りたいし、祝いの服でも縫いたい気分だ。

 先程ヴァイオレットさんが止めた理由は分からなかったが、今ならその理由が分かる。

 恐らくクリームヒルトはまだ本当での自覚には至っていないとは思う。

 だが、いずれは俺が昔望んだことも叶うかもしれない。そう思わずにはいられない出来事であった。


「…………」


 そしてその一連の行動を見て、スカーレット殿下はなにかを言いたそうにしていたが、ただ黙って見ていた。


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