くっ恋(:灰)
View.グレイ
仔細は分からないが、私は攫われたらしい。
攫われた場所は先日クロ様が私の母を増やそうとしていた洞窟であり、その奥で魔法封じの手錠をつけられ、簡易の魔法牢が展開されてその中に閉じ込められている。
攫ったのは身長がクロ様より高め程度で、クロ様よりは細身の森妖精族の特徴が一部見受けられるアゼリア学園の制服に身を包んだ方。
初めは調査関連で別の町から報告に来た方かと思って油断した所をやられた。今後は制服を着ているからと言って気を緩めないようにしようと思う。とりあえずは今後が活かされるようにこの状況を打破しなくては。
「ふふ、やった、やってやったぞ。手紙も置き、秘書も捕まえた。これであの女を陥れたという報告がヴァーミリオン様に伝わればどんな表情をするだろう。ふ、うふふふふふふ」
目の前でよく分からないことを呟く男は、先程から繰り返し似たような内容の言葉を呟く。
ヴァーミリオン……確か第三王子でヴァイオレット様の元婚約者だった王子のことだろうか。よく分からないがこの方は第三王子関連で私を攫ったようだ。そうなると攫った理由として考えられるのは……
「私めを攫ったのは、そのヴァーミリオン様関連でしょうか」
一通り自身の状況を確認できたため、寝たふりをしていた身体を起こし私を攫った方へと質問をする。
すると私が起きていたことに一瞬身体を震わせ、少々慌てた様にこちらを見る。初めは私の様子を確認したが、私が抜け出せないでいることが分かると安心しこちらの問いに答えてくる。
「ああ悪いね、少年。突然攫ってしまって。お詫びと言ってはなんだが、その問いの答えにはイエスでありノーであると言っておこう」
思いの外親しく接してくる姿に戸惑いはするが、油断してはならない。
感情を昂らせれば抵抗が出来ないこちらはあっさりと負けてしまう。魔法も使えず、身体能力がクロ様と比べると遥かに劣る私では最悪命を落としてしまうだろう。
まずは情報を整理して利用しなくてはならない。抵抗できないのならば出来ないで、やれることが無いわけではない。ただなにもせず助けを待つよりは、私の出来ることをやろう。
「どういうことなのでしょうか?」
「ふふふふふ、少年は随分と落ち着いた子だ。親御さんの教育が良かったのだろう。ならばその態度に免じて教えてあげよう」
私を攫った方は牢の前に立ち、腕を大きく広げ天を仰ぐ。
まるで大いなる存在を崇め奉るかのようなその仕草から繰り広げられる言葉を待つ私は、不思議と緊張してしまう。
私を攫ってまでこの方の成し遂げたいこととは一体――
「僕はヴァーミリオン様を愛しているのさ!」
答えになっていないのは気のせいか。
「あの全てが煌めく赤い髪! 宝石など霞む美しい紫の瞳! 声も手も足も筋肉も骨格も仕草も溜息も学力も運動能力も魔法も魔力もどれをとってもあの方は唯一にして無二の孤高の存在! ああ、思い出すだけで昂る、昂るぞぉ!」
だから答えになっていないのは気のせいだろうか。
「僕は影から見守っているだけで良かった。偶に声をお掛けになり、優秀な成績を納めた時に名前を意識されたり手紙を送って僕の愛を知ってもらう程度で良かったのさ。今はまだ届かずとも、いずれヴァーミリオン様の傍にいるためにね。だから今はその過程の一つに過ぎないのさ」
だから答えに……待て、この方はヴァーミリオン様を愛していると言ったのだろうか。
ヴァーミリオン様は第三王子で、クロ様以前のヴァイオレット様の夫となる予定だったお方だ。つまりは男性。愛しているということは……つまり私を攫ったこの方はヴァーミリオン様と恋愛関係になりたいということだ。……男同士で、恋愛。
「な、なんですって! 愛する、つまり恋愛とは生物学的における男性と女性で行われるものではないのですか!?」
「ふっ、甘いぞ少年! 真の愛の前では些事にすぎん! 僕のヴァーミリオン様への愛の前では性差など乗り越えてしまうのだ!」
なんということだ。私は今まで知らなかった衝撃的事実を知ってしまった。
そうか、愛さえあれば年の差どころか性差すら飛び越えてしまうのか。確かに相手を愛するのに種族が関係ないように、性差など関係ないモノかもしれない。
事実私の目の前にいる方は男性であるにも関わらず男性を愛しているようだ。こうして目の前に生き証人が居る以上否定はできないだろう。
いや、待て。そうなると気になることがある。恋愛に性差が関係ないということは――まさか!
「まさか私めもクロ様と恋愛関係になる可能性が……!?」
「クロ様……ああ、少年の御主人様か。可能性としては大いにありえるぞ少年。なに、初めの一歩は誰も怖いモノだ。恐れることは無い、さぁ、一歩を踏み出そう!」
なんということだ。私はあの場所から救ってもらい、子として扱ってくれているクロ様を慕っているだけだと思っていたが、まさかあの家族として好いているという感情は恋愛としての好きであったというのか。
駄目です私。クロ様には既にヴァイオレット様という妻であり私の母でもある方がいらっしゃる。ネトリはいけないものだとグリーン様も言っていた。私の気持ちは封じなければ!
「私めの感情は封じるべきモノ。あってはならぬモノなのです。クロ様は妻帯者でありご主人様。あってはならない感情です!」
「恐れることは無いよ、少年。好きという感情に貴賤は無い、さぁ共に歩もう。真の愛の物語を――」
なんだというのだ、この方の言葉は。不思議なほどに耳の奥まで届いてくる。
まるでこの方の言う言葉がすべて正しいかのように錯覚する。いえ、これは本で読んだストックホルム症候群という症例なのだろう。私がクロ様を恋愛関係として好きで……えっと手籠めにされたい……であっていただろうか? ともかく、恋愛するなどあってはならない!
「くっ、私めは決してクロ様と恋愛関係になんてなったりはしない!」
「ふふふふふ、いいだろう、その意地が何処まで通用するかな!」




