門前払い(:菫)
View.ヴァイオレット
私とグレイ、そしてカラスバさんはクロ殿に会うため、あるいは釈放を願いに教会前に来ていた。
ヴェールさんは下手に動けないのと、滞在自体を隠しているので来ていない。
そして私が前に立ち、教会に居た見張りらしき騎士団の一人を相手している訳だが……
「夫に会う事はどうしても叶わないのだろうか」
「申し訳ございません、ヴァイオレット様。貴女の夫は現在勾留中の身。明日の我ら騎士団本体の合流まで、私共以外の接触は禁止されております。例え奥方であろうと、弟君であろうと、使用人の者であろうともです」
「……そうか」
予想はしていたが、会う事すら許されない門前払いのようだ。
見張りの者も初めは私の名前を聞いて驚いてはいたが、その後すぐに落ち着くと冷静にかつにこやかに対応された。
……噂の女が夫のためにすぐに来たのは予想外であったが、強くは出れない事を知った上で余裕がある、と言った所だろうか。
「私自身が言うのもおかしな話ではあるが、家宅捜索は行わないのだろうか。国家転覆の容疑、というならば強制捜査でしてもおかしくは無いと思うのだが」
「私達はあくまでも先遣隊。任意による身柄の確保と見張りを行うのみです。明日の本隊合流後には捜査するかと思われます。その際には不愉快な思いをさせるかもしれませんが、ご容赦頂けると幸いです」
「その間に証拠を隠すとは思わないのか?」
「はは、そのような行動をされれば私共でも動かざるを得ませんね」
「……冗談だ。私も夫も国家転覆など誤解に過ぎないのだからな。後ろめたい事など無い」
「ええ、私共もそれを望んでいますよ」
「…………」
ヴェールさんの話ではリーダー格らしき男は知り合いらしく、身分を鼻にかけた、身分のみで成り上がった男であると聞き、周囲も似た特徴を持った者達ばかりであるらしいので、なにか付け入るスキがあるのではないかと思ったが……この見張り相手になにかするのは難しそうである。
自己紹介をしていないグレイの事を“使用人”と認識している辺りあまり情報が入っていないように思えるが、カラスバさんの事を弟と言っている。
……わざとそうしているのか、本気でそう認識しているのかは分からない。なんと言うべきか、表情が読みにくい男である。
「クロ殿は……夫は無事だろうか」
「ええ、見張りはしておりますが、身体も魔法も拘束はしておりませんよ」
聞くとクロ殿は現在、教会内にある窓もない部屋にいるそうだ。拘束は無いが、明日の事情聴取までは出る事も許されない。
ちなみにだが、神父様不在のため無許可だそうだが。……神父様は今頃デート中だろうな。帰ったら無許可で中に入られていて、楽しいデートを台無しにされたとシアンが荒れなければ良いが。
「では伝言は頼めるだろうか」
「ええ、可能ですよ。なんとお伝えいたしましょうか」
「……待っている、とだけ」
「承知いたしました。後ろに居るお二人はなにかありますか?」
「私めは……その、抜けだす事が出来なくても、抜く事は出来るので、精を溜めすぎないようにしてくださいと!」
「は?」
「部屋に閉じ込められて抜け出せなくても、ゆっくり息を抜く事は出来るから疲れを溜めないでくれ、という意味だ」
「は、はぁ……なるほど。……変に聞こえる俺が汚れているのか……」
……その理屈だと、私も汚れているのだろうか。
別に綺麗だと言うつもりは無いのだが、なにを勘違いしているかはなんとなく分かるからな……
「? 他にどのような意味があるのでしょうか?」
「なんでもないよ、少年。……弟君はなにかありますでしょうか?」
「離れていても愛は不滅です」
「は? そ、それでよろしいのでしょうか?」
「はい」
なんという事だ。カラスバさんは弟として伝えたい事を我慢して、愛は不滅という私が伝えたい事も伝えてくれるとは。うむ、離れていても私達のクロ殿への愛は不滅だ……!
「……畏まりました。御用件はそれだけでよろしかったしょうか」
「ああ。帰ろうか、グレイ、カラスバさん」
私達がここで出来る事は無い。
文句を言おうにも中に入れては貰えない。交渉しようにもリーダー格らしき男とは合わせて貰えない。
であるならば、私達の印象は付けたので、今ここですべきは事は大人しく帰る事だけだ。
後でなにかするにしても、今ここに居る理由は無い。
「……やはり納得いきません、母上。カラスバお――様」
「そう言うな。私とて納得してはいないが、相手の情報は少し得られた。ならば後は私達に出来るのはこちらで出来る事をして、怪しまれないように堂々としているだけだ」
「むぅ……」
しばらく歩き、声が聞こえない距離になってからグレイが私達に告げてきた。
不満を隠さない表情は子供らしくて可愛く、良くは無いのだがつい気が緩んでしまう。さらには頬を膨らませるので、つい頭を撫でてしまう。
「何故撫でるのです。私めは今――むにゅう……」
撫でていると最初不服そうな顔をしていたが、段々と心地良くなったのかされるがままに表情を緩ませた。相変わらず可愛いな、我が息子。
……だが少し背が伸びただろうか。このままだと私の身長を超すかもしれないな。
「これからどうされますか、ヴァイオレット様」
私達の様子を見ながら、カラスバさんは相変わらず私を“ヴァイオレット様”と呼びながらこれからについて問う。
……今日会ったばかりだから仕様が無いが、何処か距離があるな。クロ殿の昔話をして少しは縮まったとは思ったのだが。クロ殿を好きなのは共通していると思うので、仲良く離れるとは思うのだが。
「ああ、これから――」
カラスバさんの心の距離はともかく、問われた質問に答えねばならないと思った所で。
「ヴァイオレットちゃーーーーーん!!」
「ぐふっ!?」
私の身体目掛けて、誰かが飛び込んで来た。
……いや、誰かは分かる。こんな事をする者で、今の声はクリームヒルトだ。そもそもこんな事をするのはシアンかカナリアか……割と居るな。ともかくこの声はクリームヒルトだ。お腹ではなく背中に突撃した辺り気を使っているのだろうか。
「クリームヒルト、丁度よかった。伝えたい事が……」
「うん、その前にお願いがあるんだけど良いかな?」
「お願い?」
「うん。……このまま屋敷まで帰らせて」
このまま……というと、おぶって帰れという事だろうか。
頼みならば聞くし、クリームヒルトは私で持てる範囲なので構わないのだが……急に何故だろうか。
まぁクリームヒルトはこういう時があるし、この方が小声で話しやすいかもしれない。
「では行くぞ、クリームヒルト。しっかり捕まっていろ」
「ありがとう。そしてごめんね」
「気にするな。どうせ目的地は一緒なのだからな」
「うん、ごめん。今の私……服の前が壊れてるから、抑えて無いと丸出しになっちゃうんだ……」
「何故そうなった」
話そうと思ったのだが、予想外の言葉に話している場合ではなくなった。
◆
「……ふ、ふふふふふふ」
「おい、なにか問題があったのか?」
「いえ、先程ハートフィールド家が来て、伝言を預かったのですよ」
「そうか。では俺が伝えに――」
「“いや、俺が伝えるから見張りを変われ”」
「……そうだな。そうしよう。では伝えに行ってくれ」
「はい。後はお任せいたしますね、先輩」
「ああ。………………ん?」
「なるほど、なるほど。ああいう感じか。そういう感じなのか。利用できる、利用できるぞ。ふ、ふふふふふふふふふ」




