一周回って冷静に
その紙に書かれていたのは要約すると、
『お前に幸せになる権利は無い』
『あの人を不幸にしようとしたのだから不幸になるべきだ』
『従者に心を許されて笑顔になるのが許せない』
『許せない許せない許せない許せない許せない――』
といった所か。
この場合のあの人というのは直接的な名前は出ていないが、ヴァーミリオン殿下のことだろう。元はお前の婚約者だとしても的なことが書いてある。
そして不幸にするためにも周囲の存在を奪ってやる。といった言葉も書きなぐられてある。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いじゃあるまいし、従者と思い込んでいるグレイに被害が及んだというのか。
「…………」
文字を一通り読み、俺は手紙から顔をあげると手紙が置いてあった机の縁を掴み、縁をそのまま破壊させる。木製でできた机はあっさりとひしゃげ、メキという破壊音が部屋に響く。
――落ち着け。
憤りもある。今すぐグレイを探したい衝動にも駆られている。
だが状況を整理しろ。
この手紙が玄関先や居間などに置いておらず、ヴァイオレットさんの部屋に置いてあった。ということは、犯人は俺に見られることをあまり想定していない。つまり俺が騒げば変に刺激することになる。
こんなお粗末な脅迫文を書くよう人物だ。向こうを刺激すればなにを仕出かすか分からない。
推理小説とは少し違うが、who done itとしてあげられるものを考えなくてはならない。
犯人候補1 アッシュ
理由はアッシュはまだヴァイオレットさんを憎んでいるからだ。そうなるとシャトルーズの方も候補はあげられるが、アイツは……うん。こんな回りくどいことをする位なら直接喧嘩売りに行くタイプだし、除外だ。
アッシュは敵と見做した対象はとことん追い詰めるタイプだ。そしてそれは直接手を下すのではなく間接的に干渉し、自身に累が及ばないようにする。あるいは生かさず殺さず、対象を文字通り飼い殺す、といった類の存在。……俺の記憶の中では、だけど。
これもヴァイオレットさんがシキに居ることを誰か恨んでいる人に伝え、己の手を汚さない計画を成している可能性もあるが……どうも違う気もする。
犯人候補2 ネフライトさん
考えたくはないが、話し合いたいという言葉は嘘で、初めから学園で受けていた嫌がらせの意趣返しをするつもりであった。しかしいつまで経っても会えないことに憤りを感じ、行動に出た。……もしこの予想が当たっていたら、彼女怖すぎるな。あの笑顔も言葉も嘘ということになるのだから。
『毒……でも珍味……一口だけ、一口だけなら……あ、あははは……』
……あの誘惑に負けそうにしていた表情までも嘘であったとしたら、演技力高過ぎである。あれだけは嘘であって欲しくな……いや、嘘であって欲しい気もする。毒を食べて嘔吐する主人公は居ないこともないが、あんな毒草を片手にカタカタと震え息を荒げる姿は嘘であって欲しい。前世の妹が新しいカップリングを発見した時に似た表情をしていた気もするけれど。
犯人候補3 シキに来たアゼリア学園の生徒
恨んでいるのはあの乙女ゲームでいう所のいわゆる名有り生徒だけではない。立場上逆らえなかったり、バレンタイン公爵家に辛酸をなめさせられた生徒が居るかもしれない。
今の状態……つまり“堕ちている存在のヴァイオレット・バレンタイン”が目の前に居て、“今の自分ならば上の立場に居る”と錯覚し、被害者の威を借り行動した可能性もある。
確かに生徒達はヴァイオレットさんを見た時に敵意や悪意を見せていた。だから敵対してもおかしくは無い。
『領主さん、怪我を治してくれたお礼をしたいんですけど、アイボリーって医者の方は何処に居るか分かりますか?』
『ハートフィールド男爵。ここの野菜が美味しいので、土を持って帰って学園でも育てたいんですけど……あと育て方を教えてくれる人を紹介していただければと……いいですか?』
『領主さん!? ち、違うんです。これは温泉にこっそり入ろうとしている訳ではなくて……そ、そう! 温泉卵を作ろうとしたわけでして……え、勝手に入っても良いんですか? やっほう!』
けれど、あの子達の全員が悪意に満ちていたとは思いたくない。
嫌ってはいても、害を及ぼそうとしていないと信じたい。
しかし疑うのならば、全員が容疑者だ。
犯人候補4 シキに来ていないアゼリア学園の生徒
シキで起きたことはまだ学園などで全てを情報共有はしていないが、アッシュが独自の方法で情報を得ていたように、誰かがヴァイオレットさんの情報を得た可能性がある。
そしてシキの内情を知らないが故の暴走……ということもある。
その場合は犯人の確保は土地勘がない事と、突発的な犯行によるツメの甘さで確保は容易ではあるが、感情に身を任せたが故にグレイが無事でない可能性が高い。
犯人候補5 グレイ
自作自演。シアン辺りに相談をした結果。
その場合は全員長時間説教するが、これであるのならばどんなに良いことか。
犯人候補6 シュバルツさん
逆襲するシュバルツさん。とりあえずグレイを攫う。
……落ち着こう。可能性としてはあるが、だったらこんな手紙なんて残さない。
一応グレイが居ないのと手紙がただ同時に起きた別の事柄。という可能性も視野に入れなければならないし、利益目的盗賊なども含めると候補は増えていく。
しかし、グレイが初対面と思わずある程度隙をつける主な可能性はこんな感じか。
「それにしても……」
俺は本当は今すぐにでも破り捨て見なかったことにしたい手紙を見る。
途中からは呪詛を吐き出すかのように荒々しく書き殴ったものになっているが、初めは線が細くどちらかと言えば女性的な特徴の文字。殿下への想いとヴァイオレットさんへの恨みが嫌なほどに分かる文章。
そんなにもヴァイオレットさんの事を許せないというのか。
誰かを恨む感情は好きにすればいい。それを否定するほど俺は人間は出来ていない。けれど。
「あいつらに手を出すというならば、覚悟はしてもらおう」
人を恨むのならば、恨まれても文句は言わないことだ。