デート、灰と杏の場合_1(:杏)
View.アプリコット
デート、というのはなにをすれば良いのだろうか。
この世に生を受け十五年と少し。生憎とそういった類とは縁が遠かったし、興味はあっても自身の事に関する事はさっぱりであった。
シキで愛を語り合う皆々や、シアンさんのような恋を見ていると良いモノだと思う事もあるのだが、夫婦となると僕を売った血の繋がった両親を思い出すと嫌な事しか思い出さないので、自身の恋愛に興味は無かった。
――……それに、我は結婚などには向かないタイプであるからな……
こんな僕は生涯独身になるだろうとぼんやりと思っていた。別に結婚する事のみが幸福であるという訳でも無いし、僕はどちらかと言えば伝説の竜とか秘宝とか、魔法とか不老不死とかの方が興味がある。結婚をするならばそのような事を追い求め、フラフラとは出来ないだろう。だから向いていないと思う。
だけど最近は、クロさん達夫婦の姿を見ていると、良いな、と思う事は多々ある。
ああいった夫婦もあるのだと、身近で見てきて羨ましく思い、だが僕には相手が居ないのだと何処かで諦めていた。
あれは互いに心の底から好き合っているからこそ成り立っている関係だ。僕の場合は恋とか愛とかはよく分からないし、異性を恋愛的な意味で好いた事は無い。
「おお、シキとは違った活気とお店の数々です! 首都とは趣が違って、外に構えているのですね!」
「この辺りは蚤の市をやっているらしいからな。少し歩くと首都のような店並びもあるらしい――あまり離れるではないぞ、弟子よ。初めて来た所で迷子になっては危ないからな」
「はーい、分かりました! あ、アプリコット様、あちらに行きましょう! 調味料らしきものが売っていますよ!」
「こ、こら、引っ張るでない!」
「逸れない様にしないといけません! さぁ、クロ様達のように手を握りましょう!」
「分かったから引っ張る出ないぞ、弟子よ。慌てても店は逃げん。だからゆっくり、な?」
「はい。ですが手は握りましょう。アプリコット様と仲良く握りたいです!」
「う、うむ。逸れるといけないからな」
「はい!」
好いた事は……なかったのだけど。
最近は魔法の弟子であり、従者としての元先輩であり、私より酷い環境で育ってシキに来たグレイ・ハートフィールドの事が気になっている。
僕は彼を好きなのかどうか問われれば、間違いなく好いているし、好ましくは思っている。だが、この感情が恋愛的なモノかは僕の中で整理が付いていない。
彼の事は精神が不安定の頃から見ていたせいかは分からないが、ずっと可愛い弟のように思っていた。
素直で、純粋で。誰かが笑うと自分も嬉しく思うような性格の良い男の子。異性とは分かってはいたけれど、意識はしていなかった子。
……それがちょっとした事で意識し、彼からの接吻でさらに意識してしまった子。
――初めて好意を持たれて、浮かれているだけやもしれんな……
僕は明確に好意を持たれて、そういった良く思っている感情が好意として思っているだけなのかもしれない。
――それでも好いている事には変わりはないが……好意、であるか。
シアンさん曰く、恋愛的な好きかどうかは「相手との間に子供が欲しいか、って事」らしい。……間違っていない。女としての本能と言うべきか、最終的な結論としてと言うべきか、間違ってはいないのであろう。だが僕にはピンとは来ないし、なんと言うべきか……
「見て下さい、知らないモノが色々とありますね! わー、透明でキラキラしている調味料までありますよ! ダイヤ、ダイヤなのですか!?」
「はは、ダイヤは調味料として使えないよ少年。だが取って見てみな。それは面白いやつだからな」
「はい? ……おお、色が変化しました!? ……はっ、まさか時間と共に味と色が変化する伝説の調味料なんですか!」
「ははは! 良い反応するな少年! これはだな――」
……調味料の説明を熱心に聞きながら、新たに知る情報に対してキラキラと目を輝かせるような彼に対して、そのような事を思うのは失礼な気がする。
いくらなんでもそれを考えるのは早いと思うのだ、シアンさん。そもそも貴女も神父様に対して欲しいのかと問い返したら、顔を赤くして思考が乱れる程にはなっていたのだからな。その前の段階から考えるべきだと思うのである。
「あ」
調味料の説明を受けていた彼は、ふとなにかを思い出したかのようなリアクションをとる。その反応に店の方と僕は疑問を持って彼を見た。
「どうしたのだ? なにか思い出した事でも……もしや財布でも落とした、とかであろうか?」
「い、いえ、そのような事ではないのですが……申し訳ありません、アプリコット様。私めは少々外れても良いでしょうか」
「外れる?」
その言葉に僕は疑問を持つ。そしてなにやらモジモジしているのと、持っている調味料が銀色に光っていて――ああ、そういう事か。
「ええと……その、雉を乱獲してきます」
「……トイレか。行ってくると良い。我はここで待っているからな」
「雉の狩猟です。で、では失礼しますね!」
「うむ、気をつけるのだぞ。」
彼はそう言うと、調味料を置いて雑踏の中に消えていく。
……一応逸れない様に追跡用の護符を持たせてはあるので、大丈夫ではあろう。
そう思うと、僕は珍しい調味料が並んでいるバザールの店(各国の素材店らしい)を見る。……色々あるな、興味深い。
「お嬢ちゃん良いのかい? あんな子供を独りにして。逸れたら大変だぞ」
僕は彼を調味料を見ながら待っていると、店の主人に心配そうな声で尋ねられた。
成人はしているので、お嬢ちゃんと呼ばれる年齢でも無いのだが……まぁわざわざ否定する程の事でも無い。
「構わぬさ。子供ながらの可愛いサプライズというやつだ」
「サプライズ?」
「ああ」
僕は先程彼が持っていた調味料の瓶を持ち、銀色に輝かせた。
「先程彼が少し離れた店で銀色の魔道具に興味を持っていたからな。我に内緒で買って、渡すつもりなのだろうな」
「ほう、なんで分かるんだ?」
彼はプレゼントをサプライズで渡す傾向にある。
彼の父と母であるクロさん達の誕生日にも似たような事をした。理由は昔、クロさんに対して珈琲を自らの意志で淹れたら喜ばれた事が起因しているのだろう。
それに先程彼が僕に対して“ああいうのを貰ったら嬉しいですか?”と、聞いて来た。僕は嬉しいと答えたが、その後はまるで話を逸らすかのように話題を変え、歩を先に進めたのだ。明らかにその魔道具の事を気にしながら。
「はは、なるほど可愛らしいな。じゃあ買うまで待ってやらねぇとな。ゆっくりと見ていくと良い」
「感謝する」
その事を話すと、店の主人は軽快に笑った。どうやら気の良い人のようだ。
それにしても興味深い調味料がある。いくつか買って帰ろうか。
「そういやお嬢ちゃんを様付けで呼んでいたが、どういう関係だ?」
「……一応魔法においての師匠と弟子の関係だ」
「一応?」
「我もよく分からぬのだよ。……そうだ、店主。いくつか買うから、彼が帰って来るまでの間に、我の質問に答えてはくれぬか?」
「別に構わねぇが……今会ったばかりの俺で良いのか?」
「会ったばかりの相手だからこそ素直な回答が聞けると思ってな」
「おう、経験は豊富とは言えねぇが、年齢は重ねているからな。その年数で答えられると良いのだが」
急な僕の質問に対しても、嫌な顔をせずに質問に答えようとしてくれた。
……さて、そんなにも時間は無いだろうし、なにから質問をしようか。
あ、それよりも……
「この並んでいる調味料を全てくれ。どれもこれも興味深いのでな」
「おう――って全部!? か、金はあんのかい、嬢ちゃん」
「一応魔道具を作ったり、冒険者として依頼をこなしているのでお金は充分にあるぞ」
「おお、充分に買えるな……最近の子供は金持ちだねぇ。……そういえばさっきの少年は金はあんのかい? 魔道具はピンからキリだろうが、安くは無いだろう?」
「彼は貴族の家で秘書として働いているから、結構持っているぞ。自由に使える訳では無いが、今持っているお金は我より多いのではないか?」
「はぁ……最近の子はすげぇなぁ」
クロさんは彼に対し、息子とはいえ秘書として働いているので給料を彼に支給している。
しかしあくまでも将来のための貯金という名目なので、自由には使えないのだが、いざという時や今日のような出かける際の彼が使えるお金は意外と多かったりする。
僕が働いていた時も充分と言えるほど貰ったお陰で、自立できている訳であるからな……本当にクロさんには感謝してもしきれまい。
「ふふふ……これだけあれば、新たな料理の味付けに挑戦できる……!」
「……まぁ、でも好きなモノに対する感情だけは変わらねぇか」
備考 メインキャラ貯金(資金)額順位
ヴァイオレット(実家含む)>クロ>グレイ>アプリコット>シアン(神父含む)>クリームヒルト
神父は損得勘定が疎く、下手をすれば身を削るので、シアンがお金の管理をしている。
ヴァイオレットは公爵家としての自由に使えるお金は少ないので、現在はクロとほぼ同じ財産扱いである。




