紺と雪白と黒の出会い_3(:紺)
View.シアン
私がシキに来てから一ヶ月が経過した。
その間に私が感じた事は、変わらず“思っていたより良い所”である。
住んでいる民は明るく生き生きしているし、荒れている痕跡がある部分も徐々に消えて行っている。
ただ色々慣れない事も有る。
例えば妙な事をする相手に振り回されたり、変な事をする相手の言っている事が分からなかったり。
それでも少しずつ対応できるようにはなってきてはいるのだが……一番の問題はクロ・ハートフィールドである。
派手な生活はせず、領民の声に耳を傾け、自ら行動を起こし、領民に混じって農作業すらする。ハッキリ言って珍しい、善良なる貴族だ。
……まともな領主のように振舞ってはいるが、私はまだアイツを疑っている。
なにせアプリコットとグレイという女児男児を侍らせてお風呂に入ったり色々と興奮しているような男だ。妙な事を疑うなという方が無理である。
さらにはアイツの戦闘の腕前は実戦経験に基づく強さだ。
魔法ではなく素手で戦ったりする事を主体とした、モンスターではない生き物相手に戦う喧嘩技術。騎士としての貴族が習うようなモノではない、私でも分かる経験則だ。
あんなものを使う貴族など、なにかあると思わない方が不思議である。
「おかえり、シスター・シアン。晩御飯の準備は出来て――またクロに挑んだようだな」
「…………」
今日もクロ・ハートフィールドに挑み、勝てずに戻った私を、神父にしては言葉遣いが少々荒いナイト神父は困ったような表情と共に出迎えた。
普段の食事の時間を一時間も過ぎているのに、どうやら私が帰って来るのを待っていたようだ。
会った当初に私の事は構うな、と言ったにも関わらず、このナイト神父はお節介にも私に構うし、料理も作る。
「一応彼も男爵なんだ。本来であれば一回でも喧嘩をしたらマズい相手なんだがな」
「……余計なお世話」
「そうかい。じゃあ、まずは食事の前に手を洗ってきてくれ」
「洗った」
「じゃあ早速食べようか」
「……私なんて無視して食べてればいいのに。それに、私の分は自分で適当に食べるから――」
「駄目だ。放っておくと乾パンとかで済ませるだろう。それに、皆で食べた方が美味しいじゃないか」
「……チッ」
「舌打ちはやめなさい」
私はいつの間にか定位置になった椅子に座り、その対面にナイト神父は座る。そして互いに食事の前の祈りを捧げる。
用意しなくて良いと言っても用意される食事。
無視しても構わないが、それでは食材が勿体無い。食べ物には罪は無いし、粗末に扱うのは私の心情的にも嫌である。
それに……
「どう、美味しいかな?」
「…………うん」
「そうか、良かった」
それに、この男が作る料理はとても美味しい。
シキに来る前の私の食事は、捕まっていたため最低限生きるためだけの味も量も酷い食べ物ばかり。釈放された後や馬車に揺られて居る間も保存食として摘まんだ乾パンだけであった。足りなくはあるが、あの場所のように水や食べ物の中に妙なモノが混じって妙な気にさせるようなものが混じっていないだけそちらの方がマシであった。
だがこの男が作る料理は、食べ物に対して警戒心を抱く私が、つい食べたいと思ってしまうほどに魅力的な料理の数々であった。
そして一口を口に運んだ所、恥ずかしながら私は久々の温かな食事に涙を流した。
「味付けは昨日と今日とだとどっちが好きだ?」
「……今日」
「そうか、良かった。ところで仕事やシキには慣れてきたか?」
「……少しずつ」
「良かった。少しでも早く慣れると良いな」
「……うん」
「そういえば、オーキッドというやつを知っているか? 彼の傍らに居る黒猫だが、色々表情を変えて可愛らしくてな。」
「……ふぅん」
最初の方は会話もあまりしなかったものだけど、こうして食事中は他愛もない話もするようになった。
今日は遅れたが、ナイト神父が料理を作る時は私も素直に戻って食べるのを楽しみに――あれ? 私、餌付けされてる?
い、いや、そんなはずはない。私はそんな軽い女じゃ――あ、このジャガイモ美味しい。ホクホクとして味が染みている。
「あ、それ美味しいか? 肉ジャガという料理なんだが」
「……聞いた事ない。神父の故郷の料理?」
「俺もクロに教わったんだよ。クロもレシピに曖昧な所はあったけど、色々と俺なりに考えて作ったんだ」
「……美味しい」
「そうか、良かったよ」
へぇ、あのクロ・ハートフィールドが。貴族なのに料理に詳しいんだ。なら私も――違う!
美味しいと言ったり、故郷かと聞いたりとなにを考えてる!
この男もこの男だ。拒絶をしているのに、へらへらと可愛らしい笑顔を作って――あれ?
「ナイト神父。肩、怪我してる?」
「え? そんな事は――」
「嘘。怪我をしている。見せて」
「だ、大丈夫だから!」
私はナイト神父の動きが妙な事に気付き、よく観察すると右肩をかばっている事に気付いた。
ナイト神父は大丈夫だと言うが、そうは思えないので私は無理矢理近づいてナイト神父の上着をめくる。するとそこには……やはり、青痣になっている箇所があった。
「うわ、青痣になっていたか……」
「……なにがあったの」
「ええと……」
「……どうせまた誰かをかばったとかなんでしょ。それで打ったけど痛いだけで動くから問題無いとか思って、そのまま放置した、とか」
「うぐ……何故分かるんだ」
「貴方はそういう性格だと、短い付き合いでも分かる。……はぁ。治療するから、動かないで」
私は呆れて溜息を吐き、治療魔法をかける。
青痣は下手をすれば回復が妙な方向に働き、悪化するので気をつけて治療せねばならない。
「悪いな、シスター・シアン」
「悪いと思うなら怪我をしない」
「う……でも危険だったから、つい身体が先に動いてしまって……」
「それで貴方が怪我をしては本末転倒」
「うぅ……後、恥ずかしいから早めに頼む」
「?」
私が治療をしていると、ナイト神父は恥ずかしがっているような表情をしていた。回復の副次効果で痛いとかならともかく、何故恥ずかしがっているのだろう。
「その、女の子に肌をまじまじと見られるのは……」
ああ、成程。確かに今のナイト神父は大分私に肌を晒している。
それが恥ずかしいのだろうが……この男の外見や性格なら今まで女と付き合ってもおかしく無く、異性に見られるのも触られるのも慣れているだろうに、なにを照れているんだか。
「別に見られても減るもんじゃないんだから良いじゃない」
「そうかもしれないが……」
「……陥没してるんだ」
「治療に集中してくれ!」
「動かないで、治療に集中出来ない」
「ぐ、納得いかない……」
私はそう言われると、再び治療に集中する。
――この男は、酷く鈍い。
痛みに対してもそうだが、精神的な面の話だ。
拒絶しても、敵意を向けてもこの男は困ったような表情をするだけで私に対する態度を変えない。
お人好し……ではない。いや、お人好しなのだろうがこの男は“鈍い”のだ。
相手の感情、悪意にも敵意にも鈍い。好意にも善意にも鈍い。
そして自分の感情にも鈍い。恐らくだが怪我に対する恐怖や嫌悪にも鈍い。だから――
「……なんで、そこまで出来るの?」
「ん?」
「以前も困っていると言って、シキの外れに行ってモンスターに立ち向かって、子供を庇って怪我をする。……馬鹿じゃない?」
「馬鹿って……」
だからこそ、何故そこまでするのかが気になる。
誰かのために戦ったり、助けたりするのにはそれなりの理由が必要だ。
命や怪我の危険性があれば、まず自身の身大切さに委縮してしまう。それは生き物として当然の事だ。勇気と無謀は別物なのだから。
だけどこの男は困っていたら自分の損得関係無しに助けようとする。悪人に対しては厳しく接するようではあるが……
ともかく、それを鈍いという言葉だけで片付けたくはなかった。……何故かは、私でも分からない。
「別に、誰かが悲しむ姿を見たくない。見るなら笑ったり楽しかったりする姿を見たい。そう思うのはおかしいかな?」
おかしくはない。だが、そこに自分の身の可愛さがないのがおかしいんだ。
「なに、俺はそこまで頭が良くないからな。ヒトは泣いて産まれるからね。死ぬときは笑って穏やかに神の待つ場所に行きたいと思う。そのためには振り返って良い事をして来たと、自己満足で良いから思いたい。誰かの記憶に良い人であったと少しでも思われたい。そんな、俺の我が儘があるから出来るだけだ」
……本当に、この神父はなんなのだろう。
嘘は吐いていない事も分かる。他者を助けたいという心意気は立派なモノだ。
だけど……
「……そう。それで上に疎まれて飛ばされて、私以外が居ない教会に居ては、本末転倒じゃない? このままじゃ教会で身近に居るのは私しか居なくなる」
「ははは……そこを突かれると参るな」
だけど、なんとなく腹が立つ。
……自分でも、何故そう思うかは分からない。
◆
昨日は結局、自分が何故腹が立っていたかも分からないまま終わった。
寝て起きると、昨日の私の対応が悪かったと反省する。不機嫌な私に対してどう接して良いか分からないナイト神父を困らせてしまった。……いや、あの男が困ろうと知った事ではない。どうでも良い話のはずだ。
「……はぁ、なにやってんだか」
私は自分の行動や心情に対して、誰に対して言い訳しているのかと溜息を吐く。
朝の務めも終わり、昨日の不機嫌な私に気遣っているナイト神父に今日の仕事は無いと気を使われ、私は適当にシキを歩いている。
――雨、降りそう。
私は空を見上げ、天気が悪いと思いつつ歩く。
いっそのこと雨でも降らないだろうか。濡れた中歩けば、気持ちもある意味切り替えられるかもしれない。
――……やめておこう。修道服が張り付いて気持ち悪くなりそうだし。
私は馬鹿な思考を振り払い、適当なシキの住民と触れ合おうかと誰かを探す。
だが天気が悪いのか、場所が悪いのか誰かの姿は見えない――っと、誰か居た。
遠くて誰かは分からないが、会話をしてこの気持ちを紛らわせよう。
そう思いつつ、遠くに居る男と複数の女性に近付き――
――あれは、奴隷商……!?
紛らわせようと近付こうとした男女。その内の唯一の男は嫌でも忘れない“あの場所”に居た男であった。
修道女の一部を奴隷として売買しようとしていた、あの大司教とも深いつながりがあったであろう男。
――あの外面だけを良くしようとしている男が、何故このシキに……!?
私は咄嗟に身を隠し、男を観察する。
何処へ行こうとしているのだろうか。この王国では奴隷の売買は禁止だ。
“所持”は認められているので、居ても問題無いと言えば問題無い。例えば犯罪奴隷を引き取る場合に来る事は有る。
だが、わざわざこの王国に来る理由はほぼ無いはずだ。なにせ違法にしかならないのだから、他の国に行った方が早い。
ならば考えられる事は……
――ここで奴隷の違法売買を……!
そもそもあの男はあの場所に居た奴隷商。ならば王国で違法行為を行っている可能性が高い。
そしてここに居るという事は、儲けがあると踏んでいるから来ているという事だ。
儲けが有り、ここに居る。そしてあの男と共に居る女達と向かう方向からすると……
――領主を相手に……!
そう領主、クロ・ハートフィールドを相手にしようとしている可能性が高い。
やはりあの男、裏で違法行為をしているという事なの……だろうか。あの広い屋敷だ。あの無垢な少年少女も知らないような部屋があって、そこで己が欲求を奴隷にぶつけている可能性もある。
――決定的証拠を掴んでやる。
しかしあくまでも可能性の話。確定した訳では無い。
ならば私は証拠を掴んで見せようと私はあの男をこっそりと付いて行こうと決め、身を隠しながら付いて行く。
以前のクロ・ハートフィールドに気付かれたようなヘマはしない。私は出来うる限り息を潜めて付いて行った。
◆
「やっぱり領主邸……」
男が向かい、招かれた中に入った先は、やはりと言うべきか領主邸であった。
私はその事に良い貴族では無いかと心のどこかで思い始めていた自分の見る目の無さを少し呪うが、そんな事をしていても始まらない。
まだ違法奴隷売買を今日始めて持ちかけ、断られるという可能性もあるのだ。その可能性を否定したくはない。
――申し訳ありません、我が神よ。……侵入、あるいは聞き耳を立てられるような場所は……
私は心の中で謝罪をしつつ、あの男との話が聞こえる部屋に近付けないかと屋敷の外を周り、侵入する場所を探す。
それと……後で誤解であれば、素直にクロ・ハートフィールドに謝ろう。
そう思いつつ、私は侵入できそうな窓などを探して――
――居た!
あの男とクロ・ハートフィールド居る部屋を見つけた。運よく外から見える場所にあった。不用心ではあるが、今は好機だと思って私は窓に顔を近付け、バレないように中の様子を伺う。
「ほう――奴隷ですか――」
「ええ――労働をさせる――良し。――性奴隷もそろえて――」
「興味深いですね――」
なんとか声も聞き取れる。
そして奴隷に対して話をし、クロ・ハートフィールドも興味深そうにしているのが分かる。
……いや、まだだ。まだ奴隷商の情報を引き出そうとしている可能性もある。その可能性を捨てたくない。
もう少し声が聞こえないかと、バレないようにする範囲で顔を近付ける。
「――の女性が居る?」
「ええ、珍しいですよ! 混血が進むこの王国でも混じりが少ない珍しき女奴隷です! 見ての通り、森妖精族が見目麗しき者が多く、私共も森妖精族を中心に扱ってはいますが、その中でも――」
よし、会話もハッキリと聞こえるようになって来た。
表情も見えるし、これならどのような目的かがよく分かる。
中の様子は……クロ・ハートフィールドと男が並び立って会話をしていて、男の後ろに先程の女性が居る。まるで商品を紹介するかのようだ。そしてアプリコットとグレイは居ない。
そして女性の見た目からは奴隷の様に思えない辺り、最初の方は奴隷に興味を持つかどうかを判断し、興味を持ったので奴隷として紹介している……といった辺りだろうか。
「見た目も美しく、金色の髪と瞳が綺麗です! こちらがその奴隷の特徴です!」
「……痩せ型、見た目人族の二十代。名前は……」
「ええ! さらには手付かずになります。興味があるならばお買いになる前に仕込ませますが、どうです――ぐっ!?」
そして目的を知ろうと部屋の様子を見た所で。
「今すぐテメェの、その奴隷達がいる場所を教えろ!」
今まで見た事のない形相で、奴隷商の男の胸倉を掴み大声をあげるクロ・ハートフィールドの姿を見た。




