息子の相談_7(:菫)
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「甘味?」
「はい、クロ様やクリームヒルトちゃんが大好きな甘味です」
「そ、そうか、ケーキであるからな。そうであるに違いないだろう」
「? どういう意味でしょうか」
「なんでもない、なんでもないぞ、弟子よ……」
結局私がフォローをし、チョコレートに対する誤解を解いた。
グレイ自身はなにに対しての誤解かは理解していないようであるが、ともかく私達は誤解が解けたので少し離れて野次馬に戻る。本来はメアリーの言う所の『後は若い者に任せて……』といった感じに任せたほうが良いのだろうが、今この二人を任せると大変な事になる気もする。……という建前半分で、息子と娘候補がどうなるか見てみたい。私も大分俗世間に染まって来ているのを感じる。
「では、誤解が解けたようですので、どうぞ」
「弟子よ。我は自分で食べられるので、それは……」
「昔もやって頂いた事があったじゃないですか」
「昔?」
「はい、アプリコット様がぼくっ子の時にして頂いた事です」
「メアリーさん。弟子に変な事を吹き込むな」
「え、何故私だと分かったんです?」
メアリーは不思議そうな顔をし私達を見たが、全員が「分かるのは当然だ」みたいな表情をしていたので、メアリーは何故かと言うように困惑していた。こういったよく分からない事を教えるなど、メアリー以外だとクロ殿かクリームヒルトぐらいしか――意外といるな。
「ともかくぼくっ子……ああ、我の昔の事か。気持ちを切り替えるために変えようと思っていて、クロさんの影響で変えたのであったな……」
……やはりクロ殿の影響なのか。クロ殿も実はあのように話したかったりするのだろうか。アプリコットのように話すクロ殿…………うむ、ありだ。
「はい、先程こちらを作っている時に昔話をしまして」
「ふふ、成程な。我が屋敷で召使いをやって居た頃か。……そうだな、頂くとしようか」
む、アプリコットは懐かしむ表情をした後に、あーんをしようとしているグレイの提言を受けた。先程まで恥ずかしがっていたのに、どういう心境の変化だろうか。昔を思い出して、昔の真似をするグレイを微笑ましく思ったのだろうか。
……いや、あれは単純に好きな相手にしてもらえるチャンスを逃すまいとする表情……だろうか。
「……ふむ、美味しいな。未知なる味……そして不思議と我が十全たる脳細胞が癒されるのを感じる。クロさんが好きというのも分かるな」
「ですよねっ!」
「弟子は味見はしたのか?」
「途中で少し。完成したてで来られたので、完成後は味は確認してなかったのですが」
「ほう、そうか。では弟子、口を開けろ。お返しだ」
アプリコットはチョコレートケーキを驚いた表情で美味しそうに食べた後、お返しとばかりに今度はスプーンをそのまま使ってチョコレートケーキをすくい、グレイに差し出した。
エクルとシルバは「おおー」といった表情で見てはいるが……
「はい、ありがとうございます!」
「あっ」
「――もぐ、もぐ……んっ。やはりチョコレートケーキは美味しいですね」
「ふ、ふふ、であろう? 弟子も料理の腕が上がっているようだな――」
「いえ、アプリコット様に食べさせて頂く事により美味しさが数割……いえ、倍は美味しく感じられます。不思議と甘いです……やはり好きな相手に食べさせて頂く、というのは最高の調味料ということなんですね……」
「あ、う……」
だがそれは悪手である。なんだか天然で強いと思える我が息子の前ではカウンターを喰らうのは必定である。
貴族の男子がパーティーなどで口説くような言葉を平然と言う辺りアプリコットも大変である。
というか私もクロ殿に言われたいので羨ましい。息子は親の影響を受けるというので、親もあれ以上の言葉で迫ってはくれないだろうか。
「と、ともかく、懐かしいな! あの時は我はクロさんの事も、弟子の事も勘違いしていたな!」
「勘違い……? あ、私めの事を女性と思われていましたね。一緒にお風呂に入って気付かれましたが。結局普通に一緒に入りましたが」
……何処かで聞いた事がある話だな。
私も去年温泉で……うむ、気にしないでおこう。
「ふふ、あの時から比べると男性寄りにはなったが、まだまだ線が細いな。女装をすれば映えそうだ」
「アプリコット様が望まれるのならば女装しますが……アプリコット様、私めは男児です」
「分かってはいるが、まだまだだな。……だが別に悪くはないと思うし、どんな姿でも我は……」
「まだそのように思われるのならば、身体で分からせます」
アプリコットがなにやら惚気を言おうとした所で――ケーキを置いたグレイに迫られた。
「身体――っ!? ……弟子よ、その表現はやめたほうが良いぞ」
「いいえ、今回ばかりは間違いでないと断言できます。アプリコット様、失礼します」
「――っ!?」
『おおっ!?』
そしてそのままアプリコットの頭を抱えるようにして、抱きしめて胸に押し当てた。
その行動に周囲が良い場面が見れたかと言うように驚き色めき立つ。
「私の身体は男児です。そして強気で迫る事は男児の証とも聞きます。ならば私めは無理にでも」
「む、無理にでも?」
「……そうですね。キスで駄目となると……ヴァイオレット様のように舌を入れるキス、というのをやりましょうか」
『――!?』
その言葉にメアリー達が私を見た。……こっちを見るんじゃない。
「……ですがどう入れるのでしょうか。まぁやってみれば分かりますか」
「ま、待つのだ弟子よ! それは早い。流石に早い! 弟子が男児である事は充分に伝わった! ヴァイオレットさん達のように蠱惑的かつディープなやつは夫婦になってからだ!」
だから私を見るんじゃない。
特にメアリー、この後教えて貰いたそうにしているが、絶対に教えないからな。
「はい、ではそれは夫婦になってからですねっ! では今は普通にキスをしましょうか」
「え、な、何故だ!?」
「私めがしたいからです。……アプリコット様はしたくないのでしょうか」
「……その聞き方はズルいぞ」
…………
「(皆、静かに出るぞ)」
『(……了解)』
なんだか甘い雰囲気を出す息子達に、流石にこれ以上ここに居るのは邪魔だと思い、小さな声で囁き合いながらこの場を去る事にした。宿屋の酒場で二人が出て来るまで待つとしよう。
そしてゆっくりと厨房を去った後、メアリーが私に小さな声で私に尋ねてくる。
「(ヴァイオレット、私思うんですが)」
「(なんだ、メアリー)」
「(グレイ君に相談を受けるというより、私達がアドバイスを受ける立場にあるくらいなんじゃないですか?)」
「(……言うな)」
ハッキリ言うならば、恋愛的強さで言えばグレイが一番強いと思う。
私達もあの強さを見習いたい。というかグレイのようにクロ殿に迫られたい。いや、むしろ迫ろうか。よし、迫ろう。
――そういえば、アプリコットはなにが目的でグレイに会いに来たのだろうか?




