空回り
ここ数日、ヴァイオレットさんの様子がおかしい。
なんというか挙動が変だ。初めはアゼリア学園の生徒が居ることにより落ち着いていないのでは――と思ってはいたが、どうも違う。
「ク、クロ殿。今日も良い天気だな」
「そうですね、こういう雨の日はいつもと違うジャンルの読書をしたくなりますよね」
「えっ……あ、今日は雨か……」
「はい?」
そう言うと、ヴァイオレットさんは何故か悩み始めた。まるで今日の天気が晴れであったとしか考えていなかったように見えるのは気のせいだろうか。
おかしい。
「ヴァイオレット様、どちらへ? お出掛けになるのならば雨具を用意致しますが」
「大丈夫だ、グレイ。必要ない」
「そうですか? ――お待ちください、何故そのまま出掛けようとするのですか」
「放してくれ、グレイ。白い服で“ヌレスケ”をすると良いと聞いたんだ。出掛けさせてくれ」
「よく分かりませんが、間違っていると私めは思います」
グレイにこのような事があったのだと聞いた。ヌレスケ……って、どういう意味だろうか。よく分からないが……濡れ透けって意味じゃないだろうし。わざわざするもんじゃないし。違う意味だろう。
おかしい。
「い、いやー。暑いなークロ殿」
「今日は大分涼しいかと。……何故夏物の薄手の服を着ているんです?」
「えっと、この方が男性は喜ぶと……」
「? 風邪ひきますよ? あ、そうだ。今度冬物のコートを着てもらえますか。微調整するんで」
「あ、ああ。そうか。……ふぅ」
「何故このタイミングでボタンを一個外したんです」
「……暑いからだ」
ぷち、と胸元のボタンを外すヴァイオレットさん。しかし寒かったのか身震いをしたので、近くにあった羽織るモノを着せてあげる。すると感謝の言葉の後に、これはこれで……などと呟いていた気がした。
……おかしい。
「ヴァイオレットさん、何故学園の制服を?」
「あの者らを見たら懐かしく思ってな。一度着てみたのだが……どうだ?」
「前見た時も思いましたが、お似合いかと。同じ学園に通えていたらと思えてしまいます」
「そうか。……ふふっ、そうか」
「ですがスカート短いですね? 以前はもっと長かったような……」
「そうか? だが、すまない。膝上40cmが良いと聞いたが流石に恥ずかしくてな……ここまでしか短く出来なかった」
「膝上40は只の痴女です。ドン引きです」
「なに……!?」
「何故驚いているんですか」
余程高身長でなければ下着が見えるレベルじゃないか。そんなスカートで闊歩する女性が居たら、いくら好みの相手だったとしても嬉しいどころか「えっ、なにあれ……」ってなるぞ。
というか誰から聞いたんだ。色情魔か、色情魔だな? え、違う? マジですか。
誰に聞いたかはともかく、とりあえず言えることは――
「グレイ、最近のヴァイオレットさんがおかしい」
「ええ、明らかにおかしいです」
ヴァイオレットさんが居ない時を見計らって相談すると、やはりグレイもおかしいと思っていたようだ。不安そうな表情で俺の相談に応じてくれる。
「学園の生徒関連かと思いましたが……特に会った様子や嫌がらせを受けた様子は見受けられないのですよね」
「ああ、そうだ」
真っ先にヴァイオレットさんが陰で嫌がらせを受けていることを考えた。
だがその様子は無く、ネフライトさんが接触した形跡もない。昨日も「ヴァイオレットちゃんに会わせてください!」って迫られたし。新たなことを試すとかで調査の方が忙しくなっているのと、アッシュ達の監視が厳しいのかこっそりと抜け出すのは難しいようである。
「新種の病気でしょうか」
だとしたらすごい病気である。だけど熱もないし、精神が不安定という訳でもない。
料理はキチンとしているし、領主の仕事がないからと屋敷の整理整頓を行う様子を見ても特に変わった所は見受けられない。
学園の生徒と会うかもしれないのに外に出ると言った時に付いて行った時があったが、生徒に会うことに怯えている様子はなく、むしろ嬉しそうな表情で俺と一緒に歩いていた。偶々学園の生徒とは合わなかったから、大丈夫だった、という可能性も否定はできないけれど。
「ヴァイオレット様は意外と思い込みが激しいですから、なにか勘違いしている可能性もあります」
「お前が言うのか」
「私めを女性と勘違いしていた時もありましたし」
……それを言われると強くは言えない。どうも以前はグレイを執事の格好をした中性的な子だと思っていたみたいだし。
「そういえば最近、ヴァイオレット様の衣類を私めに洗濯させてもらえないのですが、それと理由が重なる可能性も……」
いや、それは単純に異性に下着類を洗わせるのが恥ずかしいだけだと思う。以前は同性と思っていたから大丈夫であったようだが。
……ん? 洗濯を一緒にさせてもらえない……どこかで聞いたことのあるフレーズだ。確かそれは――
「なるほど、思春期か」
「つまり女性特有の悩みのため、私め達では解決には難しいと」
ヴァイオレットさんも15だ。異性の俺達には打ち明けられない悩みもあるのだろう。
となると今度年の近い同性に相談に乗ってもらえないかこっそりとお願いしよう。一番近い年の同性となると……
「では私めはアプリコット様に相談に乗れないか聞いてみます」
「それしか……ないのか……!?」
「物凄い葛藤ですね」
確かに一番近い同性となると14歳のアプリコットだ。
だがアイツに相談が出来るのだろうか。確かに真面目な時は意外と真面目にするのは認めるが……ヴァイオレットさんが唐突に俺の事を【♰漆黒の心臓♰】とか呼ばなきゃ良いが。
あるいはシアンが適役かもしれない。懺悔の時は真面目だし、ヴァイオレットさんとは仲いいし。
ともかく、誰かにそれとなくヴァイオレットさんがなにか悩んでいないか、相談を
――
「む、ここに居たのか。クロ殿、グレイ。湯の準備が出来たのだが、家族水入らずで一緒に入らないか?」
『…………』
なんだろう、同性に相談させた方が良いとかそういう問題じゃない気がしてきた。
ストレスで変な方向に向かっていないか確認しよう。とりあえず休んでいてもらおうとグレイと目を合わせ、お互いに頷いた。




