綺麗な魔法(:淡黄)
View.クリームヒルト
駆け付けたメアリーちゃんは、キメラを警戒しながら私達の様子を見る。
そして私の左腕とシャル君の怪我の様子を見て、悔しそうに歯ぎしりをした。
「……ごめんなさい、皆さん。遅くなりました。早く倒しましょう」
メアリーちゃんは静かに怒りの感情を含んだ視線でキメラを睨み付ける。
既に手には魔力のようなものを集中させて溜めており、放つ準備をしている。
「毒や魔法で足止めし、弱らせます。その間に最大威力の魔力をぶつける準備をして下さい」
「分かった」
リオン君は初め駆け付けた事に喜びの表情があったが、すぐ様気を引き締めると拘束している魔法を強める。
恐らくはメアリーちゃんが攻撃を仕掛けると同時に解き、その後に魔力を練る準備をしているのだろう。
「だが、俺の最大威力の魔法でも攻撃が通るかは分からん。通っても致命にはならないだろう。クリームヒルト。悪いがお前も魔力を――」
「いえ」
リオン君が私にも援護を頼もうとして、メアリーちゃんがすぐに否定する。
「ヴァーミリオン君なら出来るでしょう。自ら封印していた、魔法ならば」
「――っ、メアリー。それは……」
「……お願いします。それが最も確実な道です」
恐らくはカサスで言う所の自ら封じた王族特有の魔法の事……本来であれば私が意味を知りえぬ会話をし、リオン君は少々躊躇う。
「ヴァーミリオン君。私は、大切な貴方達を傷つけたこのモンスターを許せません」
「メアリー……」
「それに――私も怒っているので、早めに終わらせましょう」
「……分かった」
だけど明確な悲しみと怒りの感情に、リオン君は意を決したかのようにキメラの方を向く。キメラはそろそろ拘束を解き、私達に襲い掛かろうとしている。
……先程から“ヴァーミリオン”と呼んでいるのは、明確にその名前であるからこそ意味があるのだと言っているのだろうね。
後は……
「では行きましょうか。私達で時間を稼ぎます」
私も怒っている。私達で時間を稼ぐ。
それが意味するのは――
「――拘束が解けます!」
「――了解!」
メアリーちゃんの合図で、誰かがキメラの真横から現れた。
素早く、力強く。そして戦い慣れていると素人が見ても分かる動きと、キメラの身体に力が入る様に攻撃を喰らわせるための位置取り。
「強化_加速_付加__開始。――覚悟しろ混ぜ物が。ぶっ飛べ」
流れるような身体強化。しかしそれは元の身体能力が優れているからこそ効果が発揮される身体強化魔法。
そして強化された身体で、拘束が解けた瞬間のキメラの身体を文字通り上に打ち上げた力強さ。
いつもより声が低く、怒っているのが分かる声。
恐らく怒っている理由は、大切な場所に危害を加えられる可能性があるからこその怒り。
自分のためというよりは、大切な存在が傷付くからこその怒り。
その中に私が入ってればいいと思いつつ――
「クリームヒルト、無事か!」
「黒兄!」
大切な存在である、黒兄が駆け付けてくれた。
「あはは、無事だよ! でも流石だね黒兄、狙った乱入!?」
メアリーちゃんもそうだが、こっちがピンチに陥ってからの颯爽とした登場。
まさに主人公とか救世主っぽい登場だ。狙っていないと出来ないのではないかと思うほどである。
「んな余裕あるか――って、クリームヒルト、その腕……!」
「え、これ? 大丈夫、綺麗に折れてるから治せばすぐくっ付くよ!」
黒兄が私の腕を確認し、私が安心させるために笑顔で答えると黒兄は何故か内心で怒っているかのような表情になった。
これは……表面では冷静になろうとしているけど、内心ではかなり怒っている時の顔だ。前世でよく私が向けられたものである。
「【拘束魔法】――【水中級魔法】――「【雷上級魔法】!」
『■■■■!?』
私達がそうしている間に、メアリーちゃんは空中に打ち上げられたキメラの翼を拘束魔法で止め、キメラ付近に水蒸気を漂わせ、
何気なくやってるけど、アレを拘束するってかなりの練度と魔力が必要なような……
「クリームヒルト!」
私がメアリーちゃんの連続した攻撃にちょっと目を奪われていると、黒兄が私の名を呼び――なにか袋のようなものを投げて来た。
「中身はオーキッド特製の毒だ! 狙う所は分かるし、お前なら右腕だけでも狙えるだろう!」
「うん、なにかに塗れば良いんだね!」
「そうだ!」
黒魔術師のオーキッド君特製。それを聞くだけで充分な威力を持つ毒だという事が伝わって来る。
そして狙う場所は足。つまりは隙を見てなにか刃物に毒を仕込んで攻撃しろ。という事だろう。
――怪我人に随分と無理をさせるね。けど……
けれど、黒兄に頼られる事自体は嬉しい事だ。
前世では投擲には自信があったので、今世でも得意だと思ってのあてずっぽうな信頼かどうかは分からないが、ともかく任されたからには事を為そう。
「っ、この刀を使え。刺す程度にはなるはずだ。毒は俺が塗る」
「シャル君……うん、お願い」
シャル君はボロボロの中、今出来る最善を為そうと自身の刀を差し出してくる。
私はその意思を汲み、素直にお願いをした。
これは時間との勝負だ。黒兄とメアリーちゃんが少しでも隙を作ったら私が毒をキメラに喰らわせ、弱った所をリオン君の魔法で仕留めるという――
「メアリーさん!」
「はい、来てください!」
黒兄はキメラがメアリーちゃんの攻撃で少し怯んでいる間に、メアリーちゃんの方へと向かって走り出した。
メアリーちゃんは自身の両手をまるで祈りのポーズかのように握り、少し屈んで膝の前に手を置く。
「行きますよ!」
「いつでもどうぞ!」
そしてその手の上に黒兄が乗った。
――え、ちょっとなにやってんのこの二人。
「せー」
「のっ!」
私の疑問を余所に、メアリーちゃんは黒兄を――天高く飛ばした。
「は?」
急な行動に、シャル君が間の抜けた声をあげる。多分リオン君も魔力の集中をしていなければ同じような声をあげていただろう。
なにせメアリーちゃんは黒兄を空に――キメラをすり抜けて、キメラよりも高くに飛ばしたのだ。見た目より黒兄は重いとかそんな事はどうでもいい。なにしてんのこの二人。
「あはは、さっすが黒兄とメアリーちゃん!」
本当に楽しそうな戦いをする二人だ。流石は黒兄とメアリーちゃん!
って、イツツ……面白くて拳を握ったら左腕が痛い……って、早く毒を準備しないと。
…………それよりも打ち上げてどうするのだろう。
「【地下級魔法】!」
メアリーちゃんは地属性の魔法を発動し、空中に岩のようなものを生成する。
「ありがとうございます――集中_無視_起動__開始」
そして空中で回転し体勢を変えた黒兄は、生成した岩を足場にして力を溜める。
溜めながら魔法(多分身体強化)を唱え、身体に力を入れる。
『■■■!』
「させません。【氷上級魔法】――【強化補助】」
『■■■■!!』
黒兄の動きに気付いたキメラが攻撃を放とうと口を開こうとするが、メアリーちゃんがピンポイントで先程の霧で湿った口部分を氷魔法で狙い、凍らせる事によって口を開かせるのを一瞬封じた。さらには黒兄の強化魔法の補助まで行う
「ふっ――――――!」
『■■■■■■■■!!』
そして黒兄は足場の岩にキメラの頭に、踵落としを喰らわせた。
単純威力な攻撃。だがキメラには充分利いていて、
「らぁ!」
『■、■■!』
追撃の攻撃は、キメラの飛翔している体勢を崩すのに充分な威力であった。
――流石。相変わらず力では勝てないね。
今の攻撃は、あくまでも体勢を崩すものであり、キメラに致命を与える程の攻撃ではない。ただ、私が同じ強化魔法をかけても同じ結果にはならないだろう。
それを黒兄はメアリーちゃんと共にやってのけている。
『■――!』
「【最大浄化魔法】――【光の勝利魔法】!」
そしてキメラが黒兄の攻撃で地面に落ちた瞬間、起き上がろうとした所をメアリーちゃんは最上級魔法を二つ繰り出し。
『■■――!』
「させるか!」
闇雲に攻撃を放とうとするキメラに対し、少々遅く落ちてきた黒兄が頭に再び踵落としを食らわせ、そのまま口が開かないようにする。
「クリームヒルト、狙え!」
そして私に向かってそう叫び、私はシャル君から毒を塗った刀を受け取る。
受け取り、左足を軸に右足を身体事時計回り回転させ、大きくしなを作って一瞬溜める。
「――ハッ!」
一秒とかからず溜め終わり、そのまま射るように投げつける。
『■■!』
毒を仕組んだ刀は、真っ直ぐキメラの足に向かい、そのまま深々と刺さった。
「ストラーイク!」
「ストライク? だが何故足には刺さったんだ……?」
「さっき言ったでしょ、足は神的要素がないって」
「……初めて見るキメラなのに、よく分かったな。だが……利いてはいるようだ」
『■■! ――■――■!』
シャル君は私の言葉に疑問を持ちつつ、苦しんでいるキメラを見てシャル君は警戒しつつも少し希望が見えたかのような表情になる。
というより利くの早すぎない? どんだけ凄い毒だったんだろう。そしてそれを用意できるオーキッド君って何者なんだろう……。
「ヴァーミリオン殿下! このキメラは毒に侵されると、毒の抗体を作り出そうとして僅かですが覆っている防御が弱まります!」
「今の状態なら、ヴァーミリオン君の攻撃で行けますよ!」
黒兄は暴れ出すキメラから離れ、メアリーちゃんは暴れる範囲を抑えようと足元を氷で凍らせたりしながらリオン君に告げる。
「――分かった。後は任せろ。そして皆下がっていろ」
そしてそれを聞いたリオン君は静かに返事をする。
先程とは違うその声はまさに王族と思えるような、頼れる声色であった。
私達は言われたとおりにリオン君とキメラから離れ、衝撃に備える。
「我が身体に流れる気高き王族たる血を持って顕現される、この一撃を手向けとして受け取れ」
その文言は他にない魔法の詠唱であり。
特別な者の中でもさらに特別な者しか発動できない、王族特有の魔法。
「【珠玉の星】」
それは弱ったキメラを滅するには充分な威力を持つ魔法であった。
――綺麗。




