目が離せない
「時にクロ子爵。クリームヒルトとお前はどちらが強い?」
なんだか情緒不安定でよく分からない心配をするヴァーミリオン殿下であったが、そろそろクリームヒルトとシャトルーズの模擬戦が始まろうとしていたので、気持ちを切り替えて俺に聞いて来た。
「どうでしょう。俺は魔法がからっきしなので。錬金魔法を含めれば俺が勝つのは難しいと思いますが」
「今回のような魔法無しであれば?」
「今のクリームヒルトがどこまで強いのか分かりませんから……前世でも本気で喧嘩した事は無かったですし。ですが仮に俺の知る白であればイーブンですよ。文字通り周囲の環境とか武器次第です。ただ……」
「ただ?」
「今のクリームヒルトと白は体格そのものが違いますからね。戦い方も異なるでしょう」
白の頃のアイツは、日本人女性にしては身長は高くヴァイオレットさんより高く170前後であった。今は(自称)150であるので身長も体重も大きく異なる。
後はまぁ胸の大きさも違う。今は身長にあう程度の小ぶりで、白の頃はC程度は有った。女性の胸は抑えでもしない限り、走ったりすると身体の動きが変わって来るからな……
……あれ、なんで俺はそんな事実体験で知っているかのようになっているんだ?
胸の膨らみ……制服スカート……義理の美しき娘……格好良い夫……うっ、頭が……!
「ま、まぁ体格による戦いの変化はともかく、純粋な力では勝ててたんですが、技術とか動体視力系はアイツの方が上でした」
「ほう?」
例えばシャトルーズの最速の攻撃である【一閃】……抜刀術に似た攻撃を防ぐ場合。
俺の場合は【一閃】を放つ前の足運びや腕の動作などの予備動作や周囲の状況を見て、避けられるように自身の態勢を整え、範囲外へ避ける、と言った感じだ。以前メアリーさんの銃撃を視線や動作から避けたようなものである。ようは相手の攻撃にはそもそも乗らないのがスタイルだ。
だが白の場合は、俺よりは予備動作などには疎いが、既に放たれた攻撃に対して対応する。【一閃】であれば放たれたら、“自身が最小の動き”で対応出来る動きを判断し、躱す。受けたりするのではなく、文字通り軌道をズラシて躱したり、武器を抑えて力を無力化する、と言った所だ。
「……ほう」
ん、なんだろう。ヴァーミリオン殿下の表情が僅かに変わった。
どのような感情かは分からないが、なにかを考えているようである……あれ、ヴァイオレットさんもそんな表情をしているような……?
そう思ってはいたが、すぐに表情を戻し、俺の言葉を聞いての感想を言う。
「成程。相手に攻撃を当てさせず、相手に戦いの攻撃を触れさせない悪魔的な部分がある小悪魔受けなクロ子爵に対し、クリームヒルトは受けて捌く事で相手を翻弄するクール攻めという事か……」
「あの、失礼ながらそちらや先程の襲い受け云々の言葉ですが、恐らくですが殿下が考えられている意味と違うと思いますからね? というか誰から聞いたのですその言葉」
「そうなのか? 学園で生徒会の俺達を見て騒いでいた淑女達が言っていたのを聞いて、どういう意味かと彼女達から聞いたのだが……」
「多分迫られて咄嗟に誤魔化したんでしょうね……」
とりあえずグレイのような言葉の勘違いをしているヴァーミリオン殿下に、嫌ではあるがその言葉の意味を教えてあげよう。その淑女には悪いし、意味を知らなければ反応もしないだろう単語だが、一国の王子が使って一般に周知されるとかそんな国嫌だぞ。
……まぁ意味を知っている俺もなんだが。白やその学友の影響で意味はよく知っていたからなぁ……
「そろそろ始めるよー、準備は良い? リムちゃん、シャル君」
「オッケー!」
「……大丈夫だ」
俺がどう説明して良いか悩んでいると、シアンの掛け声で戦いが始まる事に気付き、後で説明すれば良いやとまずは両者の戦闘を見るため俺達は視線を移す。
周囲に居た野次馬達は、あまり戦闘力は知らない両者の戦いに適当な期待の野次を飛ばして楽しんでいる。中にはどっちが勝つか今日の昼食を賭けているようである。まぁ、あの位は良いだろう。
「では――始め!」
◆
「……クロ殿はクリームヒルトと同等程度には戦える、と言っていたな?」
「そうですね」
ある程度クリームヒルトとシャトルーズの戦闘を眺めていると、ふとヴァイオレットさんが尋ねて来た。
「クロ殿もあのように戦えるのだろうか?」
視線は戦闘から逸らさず、それはまるで見逃してはならないと思いながらも聞かずにはいられない、といった声色であった。
「無理ですよ。刀相手は護身符があっても斬られるのではないかと思って怖いですし、そもそもあんな見切れる目も対応できる反射速度も無いです」
俺も戦いからは視線を逸らさずに、戦闘の感想を言う。
そう、俺であればあんな戦い方は出来ない。
周囲に居た野次馬は段々と野次を飛ばさなくなり、楽しそうに見ていたシアンもまるで観察するように瞬きすら忘れて黙って見ていた。
なにせシャトルーズの攻撃に対し、クリームヒルトには一撃も攻撃が入っていないのだ。防御をさせる事も、掠らせる事も無く。文字通り舞うように戦っている。
「このっ!」
「――――」
「っ、疾ッ!」
「あはは!」
俺であれば範囲内に居ればまず避けられない攻撃を、攻撃の範囲内にいながら筋を見極め右手で摘まみ、持ったまま逆の左手で殴りつける。身長差から身体にではあるが、恐らく以前のような身長であれば顔面を捕えていたろう。
「フッ――! ――?」
「よっ、と!」
「ッ!?」
次にシャトルーズは一時的に刀を離して、殴られながらも拳でクリームヒルトに入れようと放つ。しかしその拳は空を切り、クリームヒルトが視界から消えた事に理解できないかのような表情になる。
クリームヒルトは両膝の力を抜いて滑らかに態勢を倒して、身体全体をシャトルーズの足元に置くと両手を地面に置いて足が地面を蹴り、両腕を足代わりにして身体を支えて足を持ち上げ、蹴りを顎に入れていた。
「ほいっ、と!」
「――!?」
次に腕の力で身体を浮かせると、足がシャトルーズの首を絡め、そのまま締め付けると身体を立てに回転させ、そのまま遠心力を使いシャトルーズの体勢を崩して身体を後ろに倒し――
「あはは!」
「ぐっ、あっ!?」
まるで車輪かのようにシャトルーズを叩きつけた。
「よし、っと」
そしてクリームヒルトは跳ねるように離れ、立ち上がる。
まるで一仕事終えたかのような、やりたい事が上手く嵌って晴れ晴れしているかのような表情だ。
「……さすが」
俺が出来るのは受けても大丈夫なモノと避けなければならないモノを見極めて、安全を確保した上で対応するだけで、あんな力や技術をさらなる技量を持って最小限で対応し反撃を入れるなんて出来ない。
というか出来そうだとしても、まず怖いのでやろうという発想に至らない。例えば前世で“トラックに撥ねられても身体の動きと力の受け流し次第で助かるよ!”と言われてもやろうと思わない感じである。わざわざ挑戦をしない。
……でもアイツは“出来ると思ったからやった”、という事なんだろう。以前は危険なのでやめるようには言っていたが、今は……ではなく、アレはアイツにとって問題無い事なのだろう。今の軽い戦闘……シャトルーズに圧倒した戦闘を持っての感想は、そんな感じの“相変わらずさすがだ”といったものであった。
「シャル君。護身符の耐久はまだあるけど……続ける?」
だが少々落胆しながら放たれた次の言葉は少し予想外であった。
――なにを……?
戦うのならば全力の相手と本気で戦いたいと願うのは、白の頃もそうであったので構わない。
だがなんだろう。今のクリームヒルトの表情はらしくない感じがする。
今世に置いて変わった、と言われればそれまでではあるが、なにかが違うような……?
「まだ、だ……! まだ終わっていない!」
シャトルーズはその言葉にすぐさま起き上がり、先程手放した刀に素早く移動して持ち、構えて不屈の闘志を見せる。
……護身符で怪我はしないとは言え、痛みはある。よく耐えられるものだ。
「……でも今ので力の差は分かったんじゃない? これ以上やっても勝つ見込みは無いのなら、もう少し鍛えてからの方が良さそうだよ?」
……まただ。また違和感がある。
そもそも戦いを望んだのはクリームヒルトの方である。なのにこの煽りは……とてもらしくない。
「まだ戦いは終わっていない。ならば最後までアイツのためにも――」
シャトルーズは力強くクリームヒルトを睨み付け、それに対応してクリームヒルトも軽く、構える。
「――俺は勝つ事を諦めない!」
そしてシャトルーズは地面を蹴り、距離を詰め【一閃】を放つ。
今までの中で一番早い攻撃速度だ。
だが周囲はこれも捌かれるか、もしくは一太刀浴びせられるのではないかと心の中で思っているだろう。
しかし俺は――
「……あの馬鹿」
俺は小さく呟き、攻撃を今から防ぐことは出来ないと歯ぎしりした。
気付くのも遅かったし、「大丈夫」というような表情を見せられたのも腹が立つ。
「はぁああああ!!」
そんな俺達の感情とは余所に攻撃は放たれ――
「うん、とても早いね」
――放たれ、シャトルーズの攻撃はクリームヒルトの腕を縦に切り裂いた。




