無視はできない
さて、どうしてこういう事になったのだろうか。
先日の誘拐騒動は誰が手紙の送り主なのかなどの根本な問題は不明のままで頭を悩ませ。
メアリーさんとの別れ際に神父様とこの土地について割と重要な予測を告げられて慌て。
療養のためシキに訪れた前世の妹の白と色々話そうとしたが、アプリコットが成人の誕生日で祝いの席を優先したら、水と勘違いしてどこかの変態医者が持ってきていた96度のお酒を前世の妹が誤って飲んで話せる状態ではなくなり。
次の日には話そうとしたのだが、領主の仕事で忙しかったのと、回復するまで時間があったので色々としようとしていた。
その内の一つが、料理を作る事である。
クリームヒルトの好みは白の時とほぼ同じであったようだし、折角なら今日くらいは皆の好みのモノを用意して喜んで貰いたかった。最近は食べるようにはなっては来たヴァイオレットさん。そしてクリームヒルトには昔の好みのお味付けでもして、皆のお腹を大きくしてあげたかったのである。
ヴァイオレットさんも外で仕事があったし、クリームヒルトも回復まで時間がかかるのもあって、折角ならとグレイにも内緒でサプライズで用意をしていた。結局はバレていたようだが。
その後ちょっとした所用が出来たので、外で仕事をこなし、そろそろ戻ろうかと思った所で……何故かヴァーミリオン殿下とシャトルーズと出会った。
何故かヴァーミリオン殿下にヴァイオレットさんを労わる様に言われたが、それはともかくとして現在は――
「クロ、本気を出せ!」
「充分出していますよ!」
「嘘を吐くな! 前に見た時の動きはこんなものじゃ無かっただろう! 疾――!」
「っ、よ、っと!」
そして現在は何故か教会前の開けた所でシャトルーズに稽古をつけている。
稽古というか、護身符を使用した模擬戦闘である。武器は俺が手甲で、シャトルーズはいつもの刀である。……いや、正確にはいつものとは違う刀か。
以前はブライさんにうってもらった刀を使用していたはずだが、今使っているのはブライさんのモノではない刀である。良い刀ではあるのは分かるのだが、ブライさんのと比べると切れ味が違うだろう。切られていないので分からないが。
「ふー、黒兄もシャル君も頑張れー!」
「シャトルーズ、我がライバルとして負けるなよ! クロさんも負けるな!」
「へいへーい、互いにびびってるよー!」
そして模擬戦ではあるが、野次馬が何名かいた。
昨日は殿下達の対応などのごたごたで結局話せなかったクリームヒルトや、今回は魔法を使わない戦闘という事で控えている+護身符の用意をしているアプリコット。戦いの参考にしたいと見ながら野次を飛ばすシアン。
「クロ様! そこです、今こそカップリングでタチとなるのです! そして下剋上されない固定を目指すのです!」
「グレイ、それはどういう意味だ? ……ほう、ようは攻めを崩すなという事か。……そうだ、確か他にも――行けシャル! 横攻めだ! 受けて攻撃する襲い受けを狙え!」
あとなんだかヤバい言葉を口走っているグレイとヴァーミリオン殿下。
誰に教わりやがったんだこの野郎。クリームヒルトか、クリームヒルトなのか?
俺は戦闘をしながらクリームヒルトを見ると、首を横に振った。……よし、信じるからな。流石にその世界の言語を教えて居ないと信じるからな?
あと他にも「なんだなんだ」と興味を引いて見に来ている野次馬多数。全員が興味を持って俺達を見ている。
そしてその中で……
「…………」
その中で、俺を見ているヴァイオレットさん。
野次を飛ばす事も無く、声を出して応援するのでもなく、ただ小さく……
「……頑張れー」
偶に小さく応援の言葉を呟く可愛らしいヴァイオレットさん。
なんでも稽古や模擬戦とはいえ、事故が無いとも限らないので不安なのとか色々あるだろうが、とにかく可愛らしい。うん、昨日の内に仕事を一区切りつけて良かった!
「余所見とは余裕だな!」
「馬鹿言わないでください、勝つための精神的高揚です!」
「訳の分からない事を言うな!」
俺は何故シャトルーズと戦っているのは未だによく分からないが、とにかく応援している可愛い嫁が見られただけでも良しとしよう。
そう思って俺は一歩を踏み出し、シャトルーズに接近をした――
◆
「くそっ、勝てない……やはり俺では……!」
護身符の耐久値が俺よりも早くシャトルーズのものが限界を迎え、一先ず模擬戦は俺の勝ちとなった。
まずは今の力量差を知りたいとか言われて本気ではやったけど……なんかシャトルーズのやつ、動きが鈍かった気がする。
鬼気迫る勢いもある。負けてたまるかと言う勝利への渇望もある。
だがいわゆるそれだけで、感情に身体が付いていけていない感があった。俺は今まで直接対決した訳では無いのでハッキリとしたことは言えないのだが……
――以前の方が強かったんじゃないかな……
そう思うほどには、今のシャトルーズの様子はおかしかった。
そもそも今日も学園のはずなのにシキに来ているのもおかしいし、ヴァーミリオン殿下はシキに来た理由はハッキリとは言っていなかった。
やはりなにかあったのだろうか……?
「クロ殿、お疲れさまだ」
「あ、タオルありがとうございます」
と、俺が悩んでいるとヴァイオレットさんがタオルを持って俺に駆け寄り、労いの言葉を掛けて来てくれた。
……渡すために軽く小走りな所も可愛い――と、見惚れるのは当然としても見惚れてはいけない。受け取らないと……
「少しジッとしていてくれ」
「え、ちょ」
受け取ろうとすると、ヴァイオレットさんがそのままタオルを手に持って汗を拭いて来た。
ああ、タオルの洗い立ての香りにヴァイオレットさんの香りが――じゃない、ちょっと背伸びをして髪を拭こうとしているのが可愛い――でもない。
こんな事されては嬉しくない訳では無いが、周囲の目もあるので恥ずかしい……!
「じ、自分で拭けますから!」
「私が拭きたいんだ。……駄目か?」
「…………良いですよ」
くそ、そんな事言われたらなにも言えなくなるじゃないかチクショウ。
嬉しさが恥ずかしさを上回る。ならば嬉しいから俺はなされるがままになってやる! ……まぁ結局は恥ずかしいんだけど。
「成程、アレ良いなぁ……私も神父様にやってみようかな」
「シアンさんの場合はされる側では無いか?」
「……確かに今までそういった事はあったけど。コットちゃんはレイちゃんと互いによくやっていたよね」
「……確かにお風呂上りに互いによくやっていたが……だが、あんな風に見ているこっちも恥ずかしくなるモノではない」
「確かに見ているこっちも恥ずかしくなるモノじゃ無いね」
やかましいぞシスターと中二魔女。こっちも、とかいうんじゃないよ。
「クロ。すまないが休憩が終わったら、もう一戦頼む。今の戦闘の反省点を覚えている内に活かしたい」
「構いませんが……」
俺が顔を赤らめつつも拭かれるがままになっていると、ヴァーミリオン殿下にタオルを頭にかけられ、汗を拭く事も無くブツブツとなにかを呟いていたシャトルーズが俺に再戦を申し込んで来た。
……やはりなにかあったのだろうか。
別に今日は領主の仕事も一休み中なので構わないと言えば構わない。クリームヒルトとの前世を含めた会話がなんだかんだ先延ばしになっているが、この一週間のうちに機会を設ければ良い……というか今日の夜にでも話せば良い。
「クロは見切るのが上手い……アイツと違って見てから対応するのではなく予測を立てての行動だから避けられやすく反撃を受けやすい……つまり俺は後の先を封じるために――」
……それに、なんだか危ういシャトルーズを放っておくのも忍びない。
かつてはヴァイオレットさんと敵対はしていたが、今は別段敵意も向けていないし……それに、こうなってしまっているのは俺も関与してしまっている気がする。
そう、例えば――
「あ、シャル君。強くなりたいんだったら、色々な相手と戦ったほうが良いでしょ? じゃあ次は私と戦わない?」
例えば。今戦闘を申し込んだクリームヒルトにも関わっているような気もするし、この件は下手をすれば、シャトルーズが壊れてしまうのではないか、という不安がある。
……知らない仲でも無く、敵対もしていない。
ヴァーミリオン殿下に任せても良い気もするが、俺は俺でフォローをしようと思う。
「……ふむ」
「どうされました?」
「いや、水も滴る……という言葉を聞いた事があるのだが、今それが事実だと認識しただけだ」
「そう、ですか。えと……」
「運動後で顔が赤いようだが、冷やしたほうが良いかクロ殿?」
「……分かって言っていますね」
「ふふ、なんの事か分からないな」
それはそれとして、運動後とは違う意味で顔が熱かった。
この不敵に微笑む嫁は俺をどうするつもりなのだろうか。俺を羞恥に身悶えさせてなにをさせようと言うのか……!
備考
途中のグレイとヴァーミリオンの言葉の意味が分からないのは、特におかしくは無い事です




