今は許せても(:朱)
View.ヴァーミリオン
「うむ、今日は良き日であった。多くの良き者達と会う事が出来たな……!」
「…………」
グレイに案内をして貰っているとすっかり日も暮れ、今日の遅くにクロ子爵に会うよりは明日に回したほうが良いという事で、グレイに明日会う事を伝えて貰うよう頼み別れ、俺達は宿屋兼食事処兼ギルドのレインボーへ戻って来ていた。
後はここで食事を摂りながら領民と接するか、あるいは――
「……ヴァーミリオン。護衛をするのは今日までだからな。後はリオンとして過ごせ」
あるいは、今日の予定が崩れて不機嫌なシャルの話し相手になるか。
他に知り合いが居ないこの場所ならば悩みも聞く事が出来るのではないかとも思ったが……この状態では話そうとしても黙って居そうだ。
「だが今日は付き合って貰うぞ。護衛として一緒に食事を摂るんだ」
「……それにしても楽しそうだな、お前。そんなにシキが気に入ったのか?」
「そうだな。賑やかで少し変わった日常は過ごしていても、皆々が日常を壊さぬようにはしている。良き傾向であるじゃないか。……まぁ、少し変わったが排斥されやすいのも事実という事も理解はしているがな」
「ヴァーミリオン……」
「それに何処かの誰かが勝手に居なくなろうとしたせいで、こうして俺の数少ない日常を過ごす生活が乱れているものでな。こうした街の日常を見るのは楽しいと思っただけだ。メアリーが居ればもっと良いのだが」
「…………」
俺がそう言うと、シャルはなにも言わずにただ黙っていた。
それを見て今はこれ以上言わぬほうが良いと思い、俺はレインボーへと歩を進め、シャルは黙ってついて来る。
「しかし楽しみだな。グレイ曰くここのポトフは美味いと聞く。温まって色々話そうじゃないか。酒でも飲み交わすか? 酒の力を借りれば悩みも色々と話せるかもしれないぞ?」
「護衛がアルコールを摂取してどうする」
「お前は偶には弾けるべきだぞ。メアリーについて語る時以上にな」
「弾けてどうする」
「さてな。ここには学園関係者も居ない。件のクリームヒルトもな。みっともなく叫んでも良いのではないか?」
「…………ふん」
俺はそんな事を言いつつ、好物のポトフが食べられる事に内心楽しみにしつつレインボーの扉を開けると――
「なんで皆私が神父様と付き合う事を疑わしそうにするの!」
「お、落ち着けシアンさん」
「落ち着いていられないよコットちゃん! なに、私が神父様と付き合うのはそんなにおかしい!? なんで言う度に“ついに幻想を……”みたいな表情で哀れまれないといけないの!」
「それはだな……神父様が居ないから荒れているな……む?」
「おろろろろろろろろろろろろ」
「クリームヒルトさん!? だ、誰だ、クリームヒルトさんの飲み物にアルコールを入れたのは! 昨日で散々懲りたであろうが!」
俺はそっと扉を閉めた。
ああいった類に関わると碌な事は無い……だが知らぬ顔では無かったな。というかシャルがこうして学園をやめる原因、と言っては失礼だが、原因であるクリームヒルトも居たな。思いきり吐いていたが。
後は結局今日会えていなかったシスター・シアンとアプリコットも確認した。何故か他の客は居なかったが。
シャルの件もあるので、別の所に行こうかと思っていると――
「あら、お帰りなさい、リオンさん、シャトルーズさん」
「ああ、レモンさん。……なにがあったんだ?」
「元々私が昼に色々やったせいでお客は少なかったんですが、彼女らがあの通りでして……すっかり他の客が居ないんです。ですから今ならすぐに料理を運べますよ」
「そうか。だが時間をズラシてから――」
「すぐに料理を運べますよ。ささ、どうぞどうぞ」
「何故義肢を構える。何故逃げないようにと構える」
「正直彼女達だと分が悪いんです。ささ、どうぞどうぞ」
……ようは彼女らの相手をして欲しいという事だろうか。
下手に逃げようものなら無理に捕まえられた挙句強制連行されそうである。思ったよりも強かであるな、彼女。
「……良いか? シャル」
「……今日は護衛だ。お前に従うさ」
◆
レモンさんに(無理矢理)連れられ中に入ると、初めは俺達を見るなり驚いていた三者であったが、すぐに机に誘って一緒に飲む事になった。
話を聞くとシスターと神父が両想いになったそうなのだが、両想いになった事を皆に告げると、祝われるのではなく虚言だと哀れまれた上に、神父が早速療養を無視して仕事で教会を後にしたので愚痴をアプリコットに聞いて貰っているらしい。
そしてクリームヒルトに関しては療養で一週間休みなのを良い事に、前世の兄であるクロ子爵が居るシキに遊びに来たそうだ。兄妹で積もる話があるようだが今はクロ子爵が所用(恐らく夫婦の取り込み)で今日は忙しかったため、夕食の時間までこうして時間を潰すためにみんなで飲んでいたようだ。……クリームヒルトは飲めずに吐いているのだが。
「というかアプリコット。お前は未成年では無かったのか?」
「昨日に成人したばかりだ。だからこうして飲めている。……まぁ昨日はクリームヒルトさんが大変だったのだが」
「そうか、誕生日おめでとうと言うべきか」
「ふむ、素直に受け取ろう。……なにかあったのか?」
「……何故そう思う?」
「いや、少し気になっただけだ。我を素直に名前で呼べている辺り、どういう心象の変化だと思ってな」
「……私とて成長する」
「ふむ?」
そしてシャルはアプリコットと会話をし、不思議そうな表情で覗きこまれていた。突然の来訪と様子の変化が気がかりではあるが、深く突っ込めはしないという所だろうか。
「ねぇ、付き合うってどういう事なの」
「……俺に聞くのか」
そして俺はシスター・シアンに絡まれていた。
常に禁欲をして清廉であれ、とは言わないが、シスターがこのように絡んで良いのだろうか。
「両想いになったのは良いよ。嬉しいよ。今すぐやったー! って叫びたいよ。というか叫んだよ」
「叫んだのか」
「でも付き合った所で恥ずかしくて上手く接せないのは変わらないし、元々同じ建物内に住んでいたわけだし……今更変わらないと言うか、神父様も相変わらず人助けに忙しいし……でもそういう所が格好良いんだよね……あの方が私の……ふふ」
「自慢か」
「自慢!」
「そうか。自慢できることは良い事だ」
そもそも俺はこの手の話題は降られても困るのだが。
メアリーとはまだ付き合えていないし、王族である以上は通常の付き合うとは違うモノになるだろう。……話を聞く程度に留めておくか。
それに話している分には意外と幸せそうに微笑んでいるので、別に解決して欲しい問題でも無いのだろうから。
「うーん、いつものクロだったら“やかましい!”って返すけど、ヴァー……リオン君だと反応が新鮮-」
「そうか。それは良かった」
「飲みが足りないんじゃない? ほらほら、もっと飲みなさいー。そしてテンションをあげなさいー」
「生憎と俺はどれだけ飲んでも酔わん体質でな。ご期待に添えることは出来ない」
「えー」
母さんの血を引いている影響か俺はアルコールには滅法強い。成人の際に一度自身の酔う体質を学んだほうが良いという事で飲んだが、いくら飲んでも酔わなかったのである。 ただ同じ血を引いているスカーレット姉さんは、父様と同じで人並み程度しか飲めないが。
「リオン君のお母さんの影響かなー。確か酒豪って見た記憶あるけど……いてて、羨ましい」
「クリームヒルト。お前酔いは大丈夫なのか?」
「あはは、間違って飲んじゃっただけだからねー。そんなに飲んでいないから大丈夫だと思うんだけど、痛みがまだ少しあるね。そろそろ黒兄の所に行くから酔いというか痛み治らないかな……」
「無理をするな。お前はアルコールに滅法弱いようだからな」
「ありがとうー。……あれ、リオン君の髪の色って銀色だっけ?」
「駄目だな、これは」
クリームヒルトが頭を抑えながら飲みの場に戻って来た。恐らく一通り吐いて戻って来たのだろうが、まだ酔っているようで――む? 今クリームヒルトは妙な事を……?
「ところでリオン君はなんでシキに? 私みたいに療養って訳じゃないでしょ」
なにか引っかかったが、クリームヒルトが水を飲みながらの質問のせいで思考は遮られた。……酔った最中の言葉であるし、表現の間違いが引っかかったのだろう。
「ああ、クロ子爵に少し用があってな」
俺はシャルの件については言わずに、一応の目的を話す。
ここに居る者達は相談をすればそれなりの回答は返ってきそうであるが、話すにしてもシャルが話すべきであろう――
「黒兄に……はっ、もしやヴァイオレットちゃんの魅力を再認識して奪いに来た!?」
「待て、それは無い」
だがクリームヒルトがなんだか別の方向に勘違いをした。……酔っているのか素なのかが分かりにくいな、これは。
「えー、ほらヴァイオレットちゃん笑うようになったでしょ? 今までにない笑顔にドキッとして逃した魚の大きさに気付いて――」
「成程、略奪しに参ったのか。王族が元婚約者を略奪する……うむ、本でありそうな物語であるな」
「メアリーちゃんも魅力的だとは思うけど、イオちゃんも段々可愛くなっているからねー」
「うんうん、悪役令嬢じみていたけど、今じゃ黒兄と良き夫婦だもんね!」
「リムちゃん、悪役令嬢って言い方は酷くない?」
「あはは、でも今は初心令嬢だね!」
「初心はシアンさんでは無いか? まぁヴァイオレットさんも初心ではあろうが」
「コットちゃんに言われたくはないよ」
「シアンさんに言われたくはない」
……女子達が騒ぎ始めたな。止めたいが、こうなっては止めるのも難しい。
「で、どうなのリオン君!」
「どうなのとはなんだ」
「昔は色々あったけど、今は魅力的になったヴァイオレットちゃんをどう思うの?」
……ふと思い出したが、クリームヒルトは俺達がした仕打ちに関しては許していなかったな。
ヴァイオレットのした事を擁護する訳では無いが、それはそれとしてもう少し別のやり方が合ったのではないか。直接口にしてはいないが、そういったスタンスで俺達を睨んでいたはずだ。
「言っておくが、俺はヴァイオレットが学園でした事は今だに許してはいない。そして俺が決闘でした事だが、別のやり方は有ったかもしれないが、特別に間違っているとも思っていない」
だが俺としても譲れない所はある。
クロ子爵にも学園祭で言われたが、確かに俺はヴァイオレットを深くは理解しきろうとはしなかった。しかし俺も歩み寄ろうとした時期は有ったが、馴れ合いを良しとしなかったのは向こうである。
俺も悪い部分は有っただろうが、向こうも悪い部分はあった。
今は落ち着いているかもしれないが、あの時のヴァイオレットを俺はまだ許してはいない。
「……今のヴァイオレットが変わったのは認めるがな。学園生の時と比べると魅力が上がった事は認めよう。メアリーには及ばんが」
「あ、認めるんだ」
「だがメアリーさんとは比較するのだな」
「そこは譲れないからな。……それに、今のアイツを奪っても意味無いだろうが」
「どういう事?」
今のヴァイオレットが昔と変わったのは認める。俺も話し合いの場できちんとした話し合いをすれば、一区切りをつけて良いとは思っている。
だが仮に今のヴァイオレットに魅力を感じても、俺がそれを手に入れようとする事は無い。
「今のアイツの魅力はクロ子爵の隣にいるからこそ得られているものだ。俺の隣に居た所で引き出せるものではない」
学園祭のパーティーの事を思い出す。
俺はヴァイオレットのドレスを褒めると、ヴァイオレットは嬉しそうに微笑んだ。
自身が褒められた事ではなく、作成したドレスを褒められた事に嬉しそうにしたのだ。恐らくそれはその時に心の底から好きな誰かが、自分のために作ってくれたドレスであったから、好きな誰かを褒められて嬉しかったのだろう。
……俺はその時、ヴァイオレットの笑顔を見ていなかった事に気付いたのだ。つまりそれは、俺では引き出せない魅力であった。
「だから今更アイツを欲しがったところで意味はない。仮に俺が無理に奪って手に入れたとしても、その時には欲しかったものは無いのだからな」
手に入れれば俺では引き出す事が出来なかった魅力が失われる。その事になんの意味があるのだろうか――と、俺はなんて事を語っているのだろうか。
「……話しすぎた。今の話は忘れてくれ」
「ええー、絶対に忘れないよー。……なんかごめんね」
「気にするな。今の話を忘れてくれればそれでいい」
「忘れないよ! ……ふふ」
「何故笑う」
「なんでもー。……やっぱり私の知っているヴァーミリオン君と違うんだな、って」
「? ……酔っているのか」
どうやら酒には酔わない体質だと思ってはいたが、全く酔わないという事は無いらしい。
俺はそう思いつつ、クリームヒルトのよく分からない酔った言葉を流しつつ、手に持っていたコップを口に近付けて傾かせ中の残りを全て飲み込んだ。
「……まぁ、メアリーの方が魅力的であるから奪おうとする事は無いのだがな!」
「台無しだよ」




