意地(:偽)
View.メアリー
学園の校門から出ると監視の方々に止められるので、錬金魔法で簡易的な布を錬金して制服が見えないように被った後、カサスの情報で知っていた監視の甘い抜け道を通り学園を出ました。
そして一直線に空間歪曲石のある建物に行き、中に入りました。突然息を乱しながら入って来た上、布を被っている私に中に居た何名かが私に注目しますが私はそれを気にせず周囲を見渡します。
「シャル君!」
そして見つけたのは、端の方でいつもより暗い表情で壁を背に立っていたシャル君。
私の呼びかけに私が今来た事に気付いたのか、姿を見るなり驚いた表情をします。
「……メアリーか」
ですがすぐに落ち着いた表情に戻ると、私の名前を呼びます。……今まであれば、恥ずかしがって何度言っても呼ばなかった、私の名を平然と言います。
「どうした、そんなに慌てて」
「慌てて、ではありません。急に学園をやめるなんて聞いて、落ち着いていられませんよ……!」
「……そうか。……これで汗を拭け。私はそろそろ行かなくてはならないから、用件があるならば手短に頼む」
私は息を整えながらシャル君に近付き、詰め寄ります。
ですが私の問いかけに対しても特に慌てる様子はなく、ハンカチを渡す時以外はこちらに視線も合わせてくれず、会話を拒もうとすらしています。
「……理由を。何故急に学園をやめるなんて言いだした理由を教えてください」
ですが私はその程度では引き下がれません。
私は差し出されたハンカチを受け取らず、視線を合わせてくれなくても私は真っ直ぐシャル君を見ました。
「……話せば引き下がるのか」
「理由次第です。ですが話してくださらないと引き下がる事は有りません」
「……確かに、お前は全力で止めるだろうな」
シャル君は少し微笑んでからそう言うと、時計をチラリと見て再び元の表情に戻ります。
「……私は自身の力量不足を知った。だから学園を去る。それだけだ」
そして変わらず視線を合わないまま、何処かに……昔の自身を思うかのように理由を語りました。
力量不足? シャル君の力量は私達の中でもトップクラスです。そんな彼が力量不足を実感するなんてなにが……あ。
「誘拐の時に、なにかあったのですか?」
思い当たる節があるとすれば、先日の誘拐騒動。思い返せばシルバ君の暴走により分断し、再びシャル君達と合流した時からシャル君の様子がおかしかった気がします。その時になにかあったのかと思われもしますが……
「……もしかして、クリームヒルトとクロさんの戦闘を見たからなのでしょうか?」
あの時は、身体強化を除けば魔法を使わないまさしく力と技術のぶつかり合いで、支援も妨害も入れる余裕などない状態の戦いでした。もしかしてそれを見たからなのでしょうか……?
「それもある。だが、私はその前の戦闘で明確な力量差を悟ったんだ。クリームヒルトとのな」
「その前、ですか?」
「お前は見ていなかっただろうが――俺渾身の一閃は指で見切られ、指の力と動きだけで武器を奪われたんだ」
“俺も少しは躊躇したかもしれないが、あちらは問題がないかの様に扱っていた”と。
己の不甲斐なさを恥じ入るとばかりの表情でシャル君は呟きました。……今までの見て来た表情のどれとも違う、自傷とも自嘲とも取れる表情で、爪を血が出るのではないかというほどの力で自身の腕に喰い込ませていました。
……そのような事があったのですね。ですがそれならば――
「力量不足は分かりました。シャル君がそう思ったのならば、それは事実なのかもしれません。ですが学園をやめる理由には――」
「なるんだ、メアリー」
学園をやめる理由にはならず、私達と切磋琢磨して学園で成長して行けばいい、という言葉はシャル君の言葉によって遮られました。
「なるんだよ、メアリー。言霊魔法の影響や、クリームヒルトが前世という経緯を辿っていたなどどうでも良い。俺はあの時点でクリームヒルトには遠く及んでいなかったと知ってしまったんだ」
「シャル君……」
シャル君は悲痛な面持ちで。精神が今にも揺らいで壊れてしまうのではないかと思うほどの震えた声で告げます。
ですが、何故……? 何故シャル君はここまで……
「前回の試験では、メアリーだけでなくクリームヒルトに戦闘試験で負けた。悔しかったさ。だが俺は心の何処かで体術のみによる純粋な技量などでは勝っていると思っていた。試験では錬金魔法を含めて戦闘面では負けた、とな。……だが、その技量ですら俺はクリームヒルトに負けていた」
何故シャル君はここまで辛そうにするのでしょう。
何故独りで悩み、学園をやめるという行動を成したのでしょう。
「……心の何処かで、見下していたのだろうな。俺が力比べで負けるはずが無いのだと。騎士として、女性達は守るべき存在なのだと。それを恥じたから……俺はお前らと一緒に居て気持ちが鈍る前に、学園を去ることにした」
自身の感情で周囲に迷惑を掛けたくない。このような悩みを抱えたまま過ごすくらいならば、学園から離れて己が独りで鍛えたほうが良い。だから未練が残る前に学園を去ろうとした。
ええ、まさにシャル君らしい行動かもしれません。ですが。
「ですが、独りで決めないでください」
私はシャル君が思いを抱え、なにも相談無しに決めてしまった事が悲しくて悔しくて――憤りを感じました。
「私達は、私はシャル君にとっての重荷なんですか? 悩みも打ち明けて貰えない程弱い存在なんですか?」
カサスのストーリーを無しにしても、私達は生徒会やクラスメイトとして仲間で楽しく過ごし、お互いに不足している部分を補い、高め合ってきたはずです。
それなのに自身の進退を相談もせずに決めた。その事が私は少し腹立たしいと思ってしまいました。
話すと巻きこむので、巻き込まないように話さない。それも大切な事だとは分かっています。
ですが今のシャル君の行動は“お前には関係ない”と、どうでも良い存在と言われているようで……
「女の私には、男性のシャル君の気持ちを全て汲み取ることは出来ないかもしれません。ですが話してくれなければ分かりたくても分かりません。無理ならば無理と言います。出来る事ならば協力を惜しみません」
「…………」
「短くても、今まで一緒に過ごしてきたシャル君だからこうして言えるんです。お願いですから……話してください」
私は思いを告げて、感情が色々と混じった中シャル君に告げます。
辛い時は頼って欲しい。代わりに見返りを求めるとかそういうものではなく、単純にシャル君や皆と過ごしている仲間として話して欲しい。
私はそう願って――
「――メアリーが居るからこそ駄目なんだ」
願いましたが、私の言葉は明確に拒絶されました。
「ヴァーミリオン、アッシュ、シルバ、エクル。俺はアイツらの中で唯一勝っていると言えたのは剣の腕、魔法の無い戦闘だけなものだ。それがクリームヒルトに劣っていると分かった今、俺はお前の傍に立つ資格なんてない」
「勝っていないと駄目なんですか。資格に絶対の優位が必要なんですか。私は貴方と一緒に居ると楽しいです。努力しているシャル君を見て、私は選んで傍に居るんですから資格は有るんですよ」
私が拒絶をしたシャル君を逃がさないために腕を掴み、お願いだからとみっともなく告げます。
……私は拒絶されるのが……私の行動で、私の目の前で誰かが何処か遠くに去ってしまうのが、嫌なのでしょう。それは恐らく前世の無力感と、今世の救えないからと見捨てたヴァイオレットの事があるからなのでしょう。
「……すまない。お前と話すとお前にこうやって重荷を背負わせるから、話したくなかった。お前は時に厳しく言って突き放す事は有っても、基本は優しいからな」
するとシャル君はようやくこちらを真っ直ぐ見て、困ったように微笑むと掴まれた腕とは逆の手で私の手をそっと撫でるように触りました。
「……だが駄目だな、顔を見て、俺のために必死になってくれるお前を見ると、決心が揺らいで要らぬことまで話してしまった」
――胸が痛いです。
今までの私はカサスの知識をもって行動をし、重要な場面では言葉も借り物のもので取り繕って来ました。
クロさんは借りものだとしても“貴女の行動は間違いなく周囲を救っていた”と言ってくださいました。誰かを救いたいという思いは真実なのだと言って下さりました。
「だが勘弁して欲しい。お前といるとその優しさに甘えてしまうんだ。……甘えると、己の弱さに恥を覚えていた事を忘れて、腑抜けたままお前の傍に居ようとしてしまう」
シャル君は私の手を腕から優しく離し、そのまま騎士が女性をエスコートをするような持ち方をした後、そのまま優しく降ろしました。
「腑抜けた俺がお前の傍に居る事が耐えられないんだ。――これだけは譲れない」
――ああ、胸が痛いです。
ですが今は、カサスには全くなかった心情の吐露と精神の不安定さをぶつけられ、私は戸惑い、胸が苦しくなっていました。
これがもしシャトルーズ・カルヴィンという、カサスに関わりのある彼でなければここまで戸惑わなかったかもしれません。もっと違う言葉や行動が思い浮かんだかもしれません。
しかし次の言葉が出るよりも早く、シャル君は荷物を持ち空間歪曲石のある部屋へと歩いて行きました。
「俺の番だ。……ではな、メアリー。ヴァーミリオン達によろしくと言っておいてくれ」
「シャルく――」
「……悪い。今は話しかけないでくれ」
そう言って、シャル君は振り返ることなく去って行きました。
◆
「……メアリー」
「……ふむ、駄目だったようだね」
私が外でボーっとしていると、アッシュ君とヴェールさんが私に話しかけてきました。
私の傍にシャル君はおらず、私の様子からして説得は失敗したと判断し、どう声をかけて良いか悩んでいるように思えます。
「……ヴェールさん。シャル君が何処に行ったか分かりますか?」
「うん? ハッキリとは言っていなかったが……シキにでも行くんじゃないかな? 空間歪曲石の申請先もシキの隣町であったからね。あそこで強さでも学んで、その後武者修行にでも出るんじゃないかな」
「……そうですか」
私が心ここにあらずといった無気力な様子でヴェールさんに尋ねると、ヴェールさんからそのような答えが返ってきます。
そうですか、シキですか……というか今シキには彼女が……?
「……メアリー。良ければ何処かへ行きますか? 気晴らしに付き合いますよ?」
私の様子を見てアッシュ君は私に視線を合わせるように少し屈み、いつもより優しい声色で私に聞いてきました。
何処かへ……ですか。そして気晴らし……
「気晴らしですか。それも良いかもしれませね。ふふ」
「メアリー?」
私がアッシュ君の提案に、空を見上げながら頷くと心配そうに名前を呼びます。
そうですね、気晴らし。良いものです。気晴らしとは要は気分転換や、気持ちを正方面に向けるために行う事柄です。
ならば私も正方面に気持ちを向けてみましょうか。
「ねぇ、アッシュ君。シャル君は私に言ったんです。クリームヒルトに負けた俺では傍には居られない、と。腑抜けた俺がお前の傍に居る事が耐えられない。と」
「シャルがそのような事を……」
「あれはいわゆる意地というやつなんでしょうね。譲れない想いで意地で、誇り。女の私にはよく分からない事なんでしょう。シャル君も男の子なんですねぇ。ふふ、格好良かったです」
ええ、とてもとても格好良かったです。
少なくとも誇るべき所で負けて、それをしょうがないと事だと言って諦めるような男性と比べればとても格好良いと思います。
ですが――ふふ。
「ねぇ、アッシュ君。私が今から申請しても、空間歪曲石を使えるのは先の話ですよね?」
「え、ええ。そうですね。もしも必要ならば私が申請しますが……そうすれば早く済みますが……」
「お願いできますか? ふ、ふふふふふふ」
「メ、メアリー?」
平民の私では今から申請していては数日はかかります。申し訳ありませんがここはアッシュ君の力を借りるとしましょう。そのアッシュ君は私の言葉に戸惑っているようですが。
「我が息子を追いかける気かい? 追い駆けても説得には今失敗したんだろう? ……なにか策はあるのかい?」
「ふふ、ある訳ないじゃ無いですか」
「……はい?」
いいでしょう。追い駆けてあげようじゃありませんか。しつこいと思われるかもしれない? 譲れない事がある? 男の意地というやつですかそうですか。
ああ、そういえば前世で好きであったゲームの中に“女が男の意地と誇りを奪おうとするな”的な話があったのを覚えています。シャル君もそういったやつなのでしょうね、意地を貫き通す方は格好良いですね。
「そちらが意地を貫くと言うならば――私だって貫いてみせますからね……! ふふ、ふふふふふふふふふ!」
ですが私にだって譲れない所はあるんです。
そちらが貫こうとするならば、私だって貫いて意地でも連れ戻して見せますからね……!
「うわー……よく分からない状態になっているね……。アッシュ君、アレは流石に止めたほうが良いんじゃ……」
なんだかヴェールさんが言っているような気がしますが、そんな事は気にしてはいられません。私は今燃えているのです。燃え盛っているのです。
意地でも連れ戻しますからね!
「私はメアリーのやりたい事を止める気は有りませんよ」
「いや、あの状態で息子の所に行かれても困る。あれではムキになっているだけではないか」
「ご安心ください。私がサポートしますし……それに、これが男の醍醐味というやつではないでしょうか?」
「うん?」
それに……
「……シャル君が居ないと、寂しいですから」
これは私のそんな我が儘だ。
こんな思いのために一度拒絶された相手を連れ戻そうとするのは自分勝手なのでしょう。非難される事なのでしょう。
けれどこのままじゃ納得いきません。もっととことんまで話し合ってみせます。連れ戻すのが無理だとしても、寂しくないと思うほど言いたい事を言えるような言い争いをしてみせます。
……今では言いたい事も言えていませんから。
「……成程ね。女の子の我が儘を聞いてあげたい、という事かな」
「ええ。……いつも誰かを救おうとして、自身を蔑ろにいる時がありますから。ああやって自身の我が儘を言いだした時くらいは、想いを叶えるくらいはしても良いでしょう?」
「しっかりやってくれたまえよ。あれでも可愛い息子なんだからな」
「ええ、任されました。私にとっても大切な幼馴染ですから」
「……今息子と一緒に居るだろう彼にとってもかな?」
「なんの事でしょうかね?」
「なんの事だろうね?」




