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インザスカイ(:菫)

View.ヴァイオレット



 空を、飛んでいた。


 比喩表現などではなく、実際に大空をこの身は飛翔していたのだ。

 風が撫でるように私の肌を刺激する。

 振り落とされまいと腕に必要以上の力が入る。

 ああ、どうしてこうなってしまったのだ。


「ロ、ロボ……さ、ん……! もう、少しゆっく、り飛べない、か……!」

「無理デス。コレデモ、ユックリ飛ンデマス」


 私はロボさんの背に抱き着く形で空を飛んでいた。

 本当は手を放しても、よく分からない力(ロボさんもよく分かってない)で落ちることは無いらしく、風も速度の割にはあまり強い刺激は無い。曰く古代(ロスト)技術(テクノロジー)の力でロボさんの周囲一帯の空間が守られているとのことだ。要はよく分からない力なのだが。

 何故私はこうしてロボさんと空を飛んでいるのか。理由は数刻前の唐突な出来事が原因だ。

 領主としての仕事は学園の生徒が来る前に終わらせてしまっていたため、屋敷で資料整理や掃除をしていると、唐突に空から現れたロボさんが、


『ヨシ、一緒ニ飛ビマショウ』


 などと言って私を連れだした。

 急にどうしたのかと問うと、私がまだロボさんと一緒に空を飛んでないから誘いに来たとのことだ。さらにはある生徒が私の所に来る可能性があったらしく、クロ殿が誤魔化すためにロボさんと哨戒している扱いになったらしい。

 実際に飛ぶ必要はないのでは……と思いはしたが、私も空を飛ぶ、という感覚は味わってみたかったのでその誘いに乗った、までは良いのだが。

 ロボさんは割と容赦なく空を滑空していくのだ。落ちる心配は無いらしいが、怖すぎる。


「ム、申し訳ありませんヴァイオレットクン。緊急招致がかかりました。時間が無いのでこのまま目的地に向かわせていただきます!」

「え、ロボさん、何処へ行くつもりだ!?」

「ダイジョウブ、オ昼マデニハ、着キマスヨ」

「そういう話では無い! あとロボさん普通に喋れるな!? 何故そんな片言なんだ!」

「普通、トハナンデショウカ。生物ハミナ、個、トイウ普通ヲ持ッテマス」

「そんな哲学的なことを言われても!?」


 そしてロボさんは加速をする。どういう原理で加速しているのかとかそんなことを考える余裕は無くなっていた。

 ……私の為に誤魔化したとはいえ、少し恨むぞクロ殿。







「……疲れた」


 お昼前。私はシキの隣町(馬で1日くらい)の少し外れでぐったりしていた。

 ロボさんがなんの用でここに来たのかはよく分からないが、緊急招致というからには緊急招致なのだろう、と、深く考えるのはやめることにした。

 ちなみに何故少し外れに居るのかと言うと、ロボさんがここで着陸したからだ。町中で着陸すると偶にモンスターと勘違いされて攻撃されるからだとか。ここからならステルスモードとやらで町中に静かに入れるらしい。


「空が青いな……」


 この町中にも学園の生徒がおり、会う可能性があると考えると私は町中に入る気にもなれず、ただボーっと空を眺めていた。

 あの青い空に居たんだな……としみじみ思うが、正直あまり体験したくはない。何度も経験すれば楽しめるかもしれないが、しばらくは遠慮願いたい。……帰りにまた飛ぶことにはなるのだろうが。


「…………ふぅ」


 ゆっくりと息を吐き、身体を思い切り伸ばしてみる。普段なら人の視線を気にしてやらなかったようなことだ。だけどこの良い天気の中、町の喧騒が遠くから聞こえ、鳥の囀りを聞いていると少しリラックスしたくなった。

 時間を気にせず、評価を気にせず、なにより視線を気にしなくていい。数ヵ月前ならば見られなくても毅然と振舞おうとしていたが。


「一人で戦う必要はない……か」


 別に堕落しようとは考えていない。

 過去の過ちを忘れようと(無かったことに)しているわけでもない。

 ただ敵が居ても、今の私には味方がいて。その味方を利用するのではなく、失いたくないと思い始めていて。この心境の変化を私は嬉しく――


『今のお前を味方する奴が居ると思ったのか』


 ――あぁ、本当に。私の弱さが嫌になる。心の傷が癒えるのはもう少し先になりそうだ。

 だけど今を大切にして、前を向いて行こう。

 逃避による依存ではなく、妥協による諦めでなく。今を生きるための私として。

 ……というか私、よく考えればアッシュやシャトルーズに会うと心が折れると言った結果ここに居るのであった。クロ殿は笑って受け入れてはくれたが、情けないにも程がある。

 今の私ならあの二人にも対面して――止めよう。決闘の時に直接ではないがボコボコにされた記憶がフラッシュバックする。あげくには殿下と彼女に敗れて、決闘場の生徒や教師達から浴びる嘲笑と哀れみの視線――うっ、吐き気が……


「ダイジョウブ、デスカ?」

「あ、ああロボさんか。大丈夫だ」

「ワタシニ、乗ッタコトニヨル、酔イデスカ?」

「いや、違う。過去を思い出して気分が悪くなっただけだ」

「駄目ジャナイデスカ」


 うん、駄目だな。

 しかしロボさんの緊急招致とやらは終わったのだろうか。だとしたら今度はゆっくり帰ってもらうようにお願いしようか。昼食が遅くなるが、昼食を食べると更に吐きそうになるだろう。


「……ヴァイオレットクン」

「うん? どうかしたのか?」


 するとロボさんは私をじっと見て、なにかを尋ねたそうにしたかと思うと、


「ワタシト、一緒ニオ昼ヲ食ベマセンカ」


 そのように、提案したのであった。


ステルスモード

見え難くなるだけで透明になるわけではない。

町の人は分かっても、「あの人(?)か」とスルーしている。

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