注意喚起
「……シッコク兄様。彼女の笑顔を見てどう思われたのです?」
「む、クロも気になるのか?」
「ええ、とても」
「……そうか? ともかく、彼女の笑顔を見た時、私は思ったんだよ」
シッコク兄曰く、それはまるで鏡を見せられているようであったのだという。
自身もこのような笑顔なのではないか、と。そして不安に思った。私自身もこの笑顔を浮かべるために生きてきて、同じ女の子であるユウもこういった顔をするのではないか、と。
それが一度改めて子供の姿を見るキッカケになり、娘の可愛らしさに気付いたのだという。
「――と申し訳ない。会ったばかりの君に話す事でも無いな」
「いいえ、私が聞いた話ですしこういった家族の話は聞くだけでも楽しいものですから」
「そう言って貰えると助かるよ」
ともかくシッコク兄は、彼女の笑顔を見て結果今の親バカになっているらしい。
爵位を上げるのに俺も巻き込んだのは複雑な気分ではあるが、以前よりは今の方が俺的には好ましいので、それ自体は良いのだが……
「どうかされましたか、クロ様?」
俺が別の事を考えていると、後ろに控えていたバーントさんがまだ会話を続けるシッコク兄とメアリーさんに聞こえぬよう小さな声で尋ねて来た。
「……いえ、シッコク兄様を変えた女の子が気になっただけですよ。どんな子だったのか、とね」
「……左様ですか」
「ええ、それだけです」
それだけだ。
笑顔を見て思った事があった、と言った時にシッコク兄が一瞬こちらを見たような気がしたとか。
小柄な少女は、白い髪に黒い瞳であったとか。
他にも気になる事は多かったけれども、結局はシッコク兄を変えたキッカケになった女の子が気になる。それだけの事だ。
……それだけの話なんだ。
「……もしやクロ様は小柄な女の子に興味が? お嬢様に手を出されないのも、そういった理由で――」
「ええ、小柄なその少女に興味があります。とても会ってみたいです」
「……左様、ですか……?」
バーントさんが冗談交じりな言葉に対し、俺は素直に答える。
会いたい。会いたいが――名前も知らぬ少女であるらしいので、探しようがない。小柄で白い髪に黒い瞳の少女なんて探せば多く居るだろうから、探す手がかりなんてほとんどない。
――そうだよな。多く居るんだから気にしても仕方ないよな。
自分の考えに対して、自分で結論を付けた。
俺が気になっている言葉は受け売りの可能性もあるだろうし、外見も用意は必要だが魔法で瞳の色とかを変えられる世界だ。引っかかっても仕方ない。……仕方ないんだ。
「それでは私はこれで失礼するよ。メアリー嬢、また会う時があれば弟共々よろしく頼む」
「あ、はい。こちらこそご兄弟の会話を邪魔してしまって、申し訳ありませんでした」
「気にする事は無いよ。若い世代の生きる声というは貴重だ。私こそ時間を取らせて済まないね」
俺が心の中でぐるぐると思考が巡り、嫌な汗もかいてシャツを変えたいと思っていると、シッコク兄とメアリーさんの会話が終わっていた。
シッコク兄はどうやらこの場を去るようだ。
「大丈夫か、クロ?」
「え、ええ。大丈夫ですよ。またいずれ会う時を楽しみにしていますね」
「ああ、そうだな……だが顔色が悪いぞ?」
「は、はは……シッコク兄様が俺の心配をするという異常事態を目の当たりにしているからですよ」
「……そうか。無理はするなよ」
いけない。まずは落ち着かなくては。
“笑顔でいる事はとても良い事”……別に不思議な事ではない。心配する必要はない。
「いくら弱っているからとは言え、ユウは渡さんぞ」
「渡されても困りますよ。俺には愛する妻も子も居るんですよ」
それよりもシッコク兄の将来が心配だ。
子供が嫁や婿に行くとなったら「欲しかったら俺を超えろ!」的な一悶着ありそうだな。頑張れ、将来の夫&嫁候補。貴方の義父は才覚を有しているので、越えるのはとても難しいぞ。
「ああ、そうだ。写真くらいは見せてやる。というかやる」
「え。あ、ありがとうございます?」
シッコク兄はそう言うと、懐に手を入れ、取り出した物を俺に渡した。
この世界で写真って、確か失われた古代技術でかなり高価だったはずだけど……。一度写真にすれば魔法で複写は出来るのだが……まぁ今のシッコク兄にはそのくらいの出費は大丈夫という事か。……あれ、もう写真の他にもうひとつ……?
「ではな、クロ。次会う時は伯爵候補だぞ」
「勘弁してください」
伯爵ってかなり面倒と言うべきか……というか現役騎士団長と大魔導士のカルヴィン家ですら子爵なのに、そう簡単になれてたまるか。カサスのシャトルーズルートでは伯爵とかになっているけど気にしてはいけない。……いや、シッコク兄の実力とかならなれそうだけどさ。
ともかく、シッコク兄は写真などを渡して去って行った。……目的は達成した、という所か。
「写真ですか。そういえばあまり見た事ないですね、見せて頂くことは出来ますか?」
「ああ、はいどうぞ。というか俺も赤ん坊の時以来見ていないので」
「じゃあ一緒に見ましょう。ほら、バーントさんにアンバーさんも」
「お言葉に甘えさせて頂きます」
「……ほほう、可愛らしいですね」
「ええ、シッコクさんが可愛がるのもよく分かります」
確かに可愛らしい子達だ。
ユウも大きくなったあ……目元はシッコク兄似で鋭いが、可愛らしさもちゃんとある。なんというかイケメンに育ちそうだな、俺の姪。子供の成長は早いから、気付けば大きくなるんだろうなぁ。
……というかこの思考ってオッサンぽいんだろうか。実年齢的にはそうだけど、ちょっと複雑だ。
――まぁ、それよりも。
可愛らしい我が姪と甥も気になるが、先程シッコク兄に渡された紙も気になる。
俺は未だに可愛らしいと言ったり、学園祭ぶりにお互いに会ったので話したりしているメアリーさん達に写真を渡して、こっそりと会話の輪から外れて、誰にも見られていない事を確認してから写真と一緒に渡された紙に視線を落とす。
その紙には簡潔に、
“危険対象。不審な動き有り。注意しろ”
と書かれていた。
俺はその文字を見ると、紙を懐に仕舞った。他にも続くが、今はその文字だけで充分だ。
……シッコク兄がこのような形で伝えるという事は、危険対象が近くに居て“なにかがある”という事か。誰が対象かは分からないし、シッコク兄の目論見は分からない。
だがあのシッコク兄が無意味にこんな事するとは思えない。
もう既に去ったので、事情を聴くことは出来ないが――
「…………」
「…………」
「…………あの、シッコク兄様。何故そこに?」
何故か、去ったはずのシッコク兄と目が合った。
眼がなんか獲物を見定めるモンスターかのような目つきをしている。ハッキリ言って怖い。というか何故居るんだ。
「クロ」
シッコク兄はこちらに来て欲しいかのような仕草をしたので、俺はメアリーさん達に気付かれぬようにこっそりと近づく。まさかこの紙についてなにか伝えたい事があるのだろうか?
「……メアリー嬢だが。我が世界一可愛い息子達を狙っている気配はないか? 殿下を始め多くの男に気が――」
「帰れや」
なんなのこの兄。




