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「……バレンタイン家従者の前で失礼した。子爵とはいえ、なったばかりの成り上がりという事だ。子爵としての自覚が足りないのだろう」


 シッコク兄はひとしきり暴走した後、冷静になって俺のよく知る冷徹な表情へと戻った。というかバーントさんとアンバーさんにも礼節は使うんだな。多分バレンタイン公爵家の従者なのだからだろうけど。


「いえ、子供を可愛がるのは親として良い事です」

「はい、シッコク様の素晴らしき一面であるかと」


 俺としては二十年近く見て来たあのシッコク兄が「子供が可愛い!」などと言いだす事に驚きだよ。今だに処理が追い付いていないよ。


「……本当にシッコク兄様なのか……?」

「お前は兄の顔も忘れるような愚か者だったのか」


 処理が追い付いていないせいか、ただただ嫌味が言いたかっただけなのか分からない。けれど、つい思った事を口にしてしまった。

 俺はすぐに言ってしまった事に慌てるが、言ってしまったのならば仕方ないという事で、もう素直に聞いて見る事にした。


「俺の知っているシッコク兄様は、父みたいに子すら爵位昇進の道具としてしか見ていなくて、ユウが産まれた時も、ツルバミさんが産後だというのにシッコク兄様は付き添いしていませんでしたし、従者を二名ほど引き連れただけでしたから……」

「ああ、そうだな。当時の俺はツルバミとの会話は殆ど無かったからな」


 当時シッコク兄は学園卒業と共に実家の方を出て、ツルバミさんの実家の方へ行っていたのでハートフィールド家には居なかった。そしてユウが産まれた時にツルバミさんが一緒に来てくれたのだ。

 シッコク兄について聞くと、ユウが産まれた一週間後に戻って来て性別の状態を聞くと、ツルバミさんになにも声をかけずに、ユウの顔も見ずに再び別の所に行ったと聞いた。……多分、向こうに居ても寂しかったんだろうと思う。

 無理しなくて良いと言ったのだが、ツルバミさんが「お孫さんや姪のお顔は見たいと思って……」と言っていたのを覚えている。だが両親はあまり可愛がらず……ユウが女児であるから貴族の女性としての使い方を教えようとした上に、ツルバミさんに色々とハートフィールド家長兄の妻としての在り方を説いていた。それで気弱なツルバミさんはさらにやつれていたと思う。

 その時の俺はカナリアの夜伽未遂関連で両親には腫物扱いをされ、カラスバ(おとうと)クリ(いもうと)にはあまり見せない姿を見せたせいか避けられていた。

 だから俺が相手をして色々と話して……正直大丈夫なのかと心配もした。


「当時ユウを抱き上げて可愛いと褒めたら、ツルバミさんは喜んでおられましたし。聞けばシッコク兄様はまだ顔すら見て居ないと聞きましたから。それを思うと今との印象が大きく違って見えまして。……なにかあったのでしょうか?」


 本当は泣き出したのだが。

 訳も分からずどうしたのかと聞くと、優しさに触れて嬉しかったと言いだして、兄が迷惑をかけて申し訳ないと本気で謝った。その事を言うと(俺の知っている)シッコク兄だと「貴族の妻として相応しくない」とかいってなにか仕出かしそうだから言わないが。


「待て、クロ。つまりお前は俺より先に娘を抱きあげ――」

「うるせぇ質問に答えろ」

「……そうだな。お前と最後に会った時も娘とは片手で数える程度だ」


 なんだかまた面倒くさい事になりそうだったので、一応指を鳴らして脅しを掛けたら引いてくれた。というか抱き上げないシッコク兄が悪いんだ。

 そして最後に会った……ようは俺が学園祭でやらかしたような時まで、そんな興味も無かったのに何故こんな親バカになっているのだろうか。


「ちょっとしたキッカケがあったにすぎん。そのキッカケが俺を娘と息子達を世界一可愛いという認識を抱かせたのだ」


 すごいな。シッコク兄から「子供が世界一可愛い!」なんて言葉が聞けるなんて思えなかった。これだとユウの他の下の()二人も可愛がっているようである。


「どのようなキッカケなのでしょうか。差支えが無ければ聞かせて頂きたいのですが……」

「話す必要はあるか?」

「良いから話せや。今更勿体ぶるな」

「お前、そんな口悪かったか?」


 そりゃ実の兄に冗談とかじゃなく、幼女趣味嫌疑をかけられたら嫌味も言いたくなるよ。


「なに、ある時にとある小柄な少女に言われたにすぎん。“貴方の無能を曝け出して楽しいですか”とな」

「シッコク兄様にですか……」

「“地位を求めるのは結構です。ですが、子供を利用しなければならない地位を得られないのは、貴方の才覚は無いという事ですよね。そんな事をしないと駄目だと、口外しているのですよね”とな」


 それはまた、随分と勇気のある少女だ。シッコク兄は性格はともかく、少なからず無能と呼ばれるような才覚では無いはずだ。アゼリア学園でも首席であったし。

 だが言っては悪いが、その程度ならシッコク兄は受け流すと思うのだが。


「それが思い返すキッカケになった、と?」

「それもあるが……続いて言われた言葉と瞳を見て考えた。初めは子を改めて見ておくか、程度の認識だったのだがな」


 瞳? その子の瞳が特徴的だったのだろうか?

 ともかくその時に思った訳か。


「そして改めて娘を見ると可愛くて仕方なかったと」

「そうだ。俺はその時に改めて思った。子供はこんなに可愛い。だが今まで利用してきた我が両親にそういった方面で可愛がるといった様子はなかった」

「そうですね」

「俺達を利用する父と、己が第二の人生かのように強制をする母。なんという事だ、俺はそんな両親のために努力をして来たのか、と」

「はい、そう思われた訳ですね」

「しかしこのままいけば、ハートフィールド家で実権を握っている父によって娘達が何処かに嫁がされるなど利用される可能性もある」

「一応父は家長ですからね」

「だから利用させないために、父の身分を超える独立の子爵家になる事を目指し、今回相成った訳だ」

「そうですか――え。もしかしてそれが今回の昇進の理由ですか?」

「その通りだ」


 ……え、それが理由で俺とシッコク兄は子爵家になったの?

 つまり……父にシッコク兄様の子供に口出しさせないために、子爵家に?

 身分に偏執的にこだわる父の様に、爵位を上げたかっただけではなく、子供のために?

 多分俺はバレンタイン家の力を借りるにあたって、バレンタイン家であるヴァイオレットさんとの繋がりが深いので一緒になったのだろうが……


「……もしかしてですが、口出し以外にも子供に父として仕事をこなしているという姿を見せたくて頑張った、というのもあるのでしょうか」

「ああ、俺は立派な父であると誇れるためにな。付け足すと子だけではなく妻にもな」

「……成程、素晴らしいですねっ!」


 あ、この(ひと)完全に子煩悩になっている。というか家族大好きな父親になっている。良い事なのだが、受け入れるのに時間がかかりそうだ。

 というかこの話ってバレンタイン家の従者であるバーントさんとアンバーさんに聞かせて良い話なのだろうか。

 俺が色々と悩んでいる中、ふとシッコク兄が一瞬視線を動かしていたように見えた。周囲の様子を伺っている……のだろうか?


「話は変わるが、意外であったぞ。お前が色恋の話題をするなんてな。さらにはバレンタイン家の従者を交えてな」


 あれ、話を蒸し返すのか。シッコク兄にしては話のチョイスが珍しい。

 もしや親バカになってそういった所も性格が変わったのだろうか? ……いや、時間稼ぎをしている……?


「ヴァイオレット様はウィスタリア公爵の命により、従者はつけられず、誰に嫁いだかも秘密とされていると聞いたが……」

「はい。私と妹は以前お嬢様の情報を得てシキを訪れ、クロ様と交流を持ちまして。クロ様は私のような者に対しても親しく話されてくださるので、兄妹ともに仲良くさせて頂いております」

「そうか。弟をよろしく頼む。……時に改めて聞くが、ヴァイオレット様と弟は仲が良いのだろうか?」

「はい、とても仲睦まじく思います」

「そうか。安心した。……弟は異性に興味が無いと思っていたのでな。そう思われる仲の良さでなによりだ」


 シッコク兄、アンタもか。

 ゲン兄やスミ姉に続いてアンタも俺を男色家だと思ってたのか。…………もしかしてカラスバとクリも思っている……なんて事はないよな?


――いやいや、そんな事は無いはずだ


 俺はふとよぎった嫌な予感を振り払うため首を振る。

 そして一旦リセットすると、周囲の様子がふと目に入る。先程まではシッコク兄の様子にざわついてこちらを見ている者達は居たが、今では落ち着いているためこちらを見ている人は――


「……あれ、メアリーさん?」

「あ、クロさん」


 見ている人は少なかったのだが、一際目立つ存在と目が合った。

 昨日も会った金髪赤眼の、周囲に居る男性だけでなく、女性もつい目で追うような綺麗な女性であるメアリーさん。ただ違うのは一緒に居た他の面子はいない事くらいか。

 メアリーさんは目が合ったので話しかけようとするが、俺と話している相手を見て邪魔しては駄目だと思ったのか礼をして去ろうとするが……


「おや、こんばんはお嬢さん。クロの知り合いかな?」

「あ、はい。はじめまして」


 去ろうとする前に、シッコク兄がメアリーさんに話しかけた。

 俺達に向けていた時よりも感情を込めた、対交渉用の時のような口調になっている。


「俺はクロの兄であるシッコクだ。君は……」

「メアリー・スーと申します。クロさんのお兄様でしたか。クロさんとは仲良くさせて頂いております。ご兄弟の歓談にお邪魔して申し訳ありません」

「気にする事は無いよ。クロに綺麗なお嬢さんの友達がいて兄として嬉しい限りだ」

「ふふ、ありがとうございます」

「だがメアリー・スー……。間違っていたら申し訳ないが、もしや錬金魔法をつかえるという……」

「はい、その認識で間違いないです」

「おお、やはりか。君は――」


 その会話を聞いて、俺はシッコク兄がここで俺に話しかけて来た理由が分かった気がした。


――ああ、成程。メアリーさんと話すキッカケ作りか。


 何処で仕入れたかは知らないが、メアリーさんと俺が知り合い(友達)で、メアリーさんがこの街でここに来る所、あるいは行動を見て先回りで俺を見つけて話しかけ時間を潰し、こうしてメアリーさんと話すのが目的だった訳か。

 とはいえあくまでも予想だし、俺の予想だけだと運に賭けている部分が多いので実際は違うかもしれない。


――だけど、メアリーさんと話したかったのは確かか。


 メアリーさんは平民でありながら間違いなく将来的に国でも重要な役職(ポジション)に就くような能力を持っている。さらにはこの国では二人しかいない、失われた魔法である錬金魔法の使い手(彼女らの師匠は住所不定なので除く)。

 今の内にコネを作っておく価値がある、という事だろう。場合によってはメアリーさん利用しそうだ。メアリーさんなら心配は無いだろうが……警戒はしておこう。


――けれど……


 ……うん、駄目だ。

 今までの印象通りのシッコク兄で、どんなに他者を利用しようとしている腹黒い一面を見せられても、親バカで「子供のために頑張っている!」的な印象しか見えない。

 今後のシッコク兄への認識を改めないとな……


「そういえば先程少し聞こえたのですが……」

「うん、どうしたのかな?」

「はい“続いて言われた言葉と瞳を見て考えた”って言われたのって、シッコクさんでよろしかったでしょうか? 不作法だとは思いますが、聞こえて気になってしまいまして……」

「そうだね。恥ずかしい話だが過去に言われたんだよ、笑わない仏頂面の私に“そんな顔をしては幸せが逃げてしまいます。笑いましょう、笑顔でいる事はとても良い事なのですよね”とな」


――え?


「良い言葉ですね。似たような事を言う友人を知ってはいますが……そのように言われるとは、きっと素晴らしい方なのでしょうね」

「ああ、だが印象的だったんだよ。そのように言う彼女は、作り物のような笑顔だったからな」

「作り物、ですか?」

「ああ、どう表現すべきかは分からないが――“笑うのが人としての良き感情だ”というような、作り物の笑顔に見えたんだよ」


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