劇的なビフォーでアフター
黒色の髪をさらに黒くしたかのような、深い黒色の髪。俺と同じ碧色の目は鋭く。
俺よりも少し身長が高く、細いが鍛えられた体躯。
どこか冷たくも上品な立ち居振る舞いな男は、シッコク・ハートフィールド。
貴族階級の思想に囚われた父の思想を受け継ぐ、俺の兄で、父のブラック・ハートフィールド家の長兄である。
「相変わらずお前の交友関係は広いようだ。その上色恋じみた話をするなど……俺には到底及びつかない行動だ」
そんなシッコク兄は、瞬間的に俺の背後に周って仕事モードになったバーントさんとアンバーさんを一瞥してからそのような事を言ってくる。
単純に弟の交友関係の広さを褒めているようにも思えるが、この場合の意味は嫌味を含む別の意味なのだろう。
仔細は分からずとも以前より「平民との交友など有り得ない。利用するものだ」と言っているシッコク兄なので、嫌味のつもりなのだろう。
「……それともお前は従者に興奮する質か。カナリアの事も有った上、グレイという息子にも従者の真似事をさせているのは――」
「違います」
別の方面に勘違いされそうであったので、とりあえず否定しておく。
シッコク兄の中で俺はどういう風に思われかけているんだ。……というかグレイの名前は知っているのか。二、三度手紙で書いたくらいだし、シッコク兄の性格上覚えないと思っていたのだが。と、今はそれよりも何故俺に話しかけて来たかを聞かなくては。
「彼らの紹介は……」
「必要ない。俺達の子爵になった推薦をしたバレンタイン家の従者として事前に挨拶は済ませてある」
「左様ですか。……それで、此度はなんの御用で?」
シッコク兄がなんの用事も無しに俺に話しかけるとは思えない。
これがゲン兄辺りであったら時間を作って、久々に会う弟と会話を……的な感じに思うのだが、そんな事を思うような性格では無いし。
「なに、久々に会う弟と会話をしに来たのだよ。お前が学園を退学して以降、一度も会っていないまま先程再会し、会話も無いままだったからな」
「……そうですか。シッコク兄様にそのように思って頂けるとは。愚弟故に既に見切りを付けられているものと思っていましたが」
……嘘だ。
なにが目的かは分からないが、ここに来たという事はシッコク兄になにか利益があるからこそだろう。
そうでなければハートフィールド家を危機に陥れた俺なんかの相手なんかしないはずだ。
「……馬鹿を言うな。俺は認める者は認める」
「はい?」
しかし返答内容は予想外のものであった。
「お前は運動能力が高い以外は、多少は大人びた観察眼はあったとしても子供じみた、貴族という立場を理解しない馬鹿弟という印象だ」
……俺、一応はシッコク兄よりは長く生きているんだけどなー。なんか俺って精神面方面で大人びたって言われること少ないな……
だけど子供じみたとシッコク兄に言われても仕様が無い。シッコク兄は幼少期から完成されたかのような能力と冷静さを持った方であったし。その分あまり好かない面も多かったけど。
「正直独立した男爵という地位もすぐに投げ出すか、納地などできないものと思っていたが……聞く所によると運営自体に問題はないようだな?」
「多少は有りますが……」
「税金や貢献面では滞りないのだろう?」
「ええ。領民は優秀ですから。優秀が故になんとかなっているだけで……」
「優秀でもそれを引き出しているのはお前の統率力故だ。でなければあのような領民の少ない土地でやっていけるものか」
あれ、今の言葉だと、俺はシッコク兄に認められている……事になるのだろうか?
シッコク兄との最後の言葉が「二度と顔を見せるな」であったから、どんな事があろうと認められないものと思っていたのだが……言葉から読み取れる内容では素直に褒めてくれているように思える。
「それに、バレンタイン家のご息女であるヴァイオレット様とも上手く生活しているようだ。そこの者達が言うには、仲が良いそうではないか」
「ええ、とても」
「お陰で此度の昇進も上手く取り付けられた。感謝しているぞ、クロ。これからも兄弟として仲良くしていこうではないか」
「……もちろんです、シッコク兄様」
……ああ、成程。
先程までの言葉自体は本音かもしれないが、どちらかと言えば公爵家とのつながりを上手く利用できるようになったからこうして話に来ているのか。
今回子爵になったのもバレンタイン家の力かなにかを利用したらしいし……とはいえ、通常であれば公爵家を相手したら逆に利用されるだろうから、こうして子爵家になれている分にはシッコク兄も優秀だからこそなんだろうけど。あるいは裏で利用されているだけかもしれないが。
しかしそれだけのために話しかけたとも思えないが……まぁ良いか。深く考えても変な事に巻き込まれるだけだ。
折角ならば兄弟らしい会話でもしてみるか。シッコク兄の嫌う利益に繋がらない話。
この手の会話をすればシッコク兄も適当に切り上げようとするだろう。
会話、会話……だけどシッコク兄と共通の話題なんて少ないし、貴族としての有り方とか言われても困るし、ここは……
「ああ、そういえば……ユウは元気ですか?」
ユウとはシッコク兄の子供である。
シッコク兄の子供の中では唯一生まれた時に見た事のある、今は確か五歳の女の子だ。
正直シッコク兄の性格を考えると、父の様に子供を利用しようとしているのではないかと不安になる。シッコク兄の妻であるツルバミさんも利用することしか考えていない結婚であったし、姪やツルバミさんを含め、シッコク兄の家族が父とシッコク兄の関係性のような冷たいものになっていないかと不安になっていたのだが……
「……娘がどうかしたか?」
「いえ、赤ん坊の頃に見た事は有るのですが、今は元気で過ごしているのかな、と思いまして」
「クロ」
「え、シ、シッコク兄様?」
なっていたのだが。
何故かシッコク兄は俺に音もなく忍び寄り、俺の肩をガシッと掴んだ。というか顔が近い。目がなんかいつもより感情が無いのは気のせいか。
だがどうしたというのだろう。
シッコク兄は能力は高く無意味な行動を嫌うタイプの男であり、相手に触れてなにかするよりは言葉で追い詰めたり搦手をするような性格で、このように相手の肩を握る事なんてあまり無い。
「クロ。お前、まさか……」
まさか俺がなにか妙な事を言ったのだろうか。
ユウになにかあって、実は存在を伏せているとかいう事すら有り得る。それで俺が不用意に名を口にしたので、脅しをかけようとしているのでは――
「お前まさか、娘を狙っているのではないだろうな」
――え。
「……なんのことでしょう?」
「惚けるな。唐突に娘の名前を出すなど娘に興味があるという事だろう! 許さんぞクロ。いくら血が繋がっている弟と言えど、娘を誘惑しようものなら強硬手段に出るからな!」
「誘惑!?」
え、なに言ってんだこの兄。
興味? 誘惑? ……え、本当になに言ってんだこの兄。
「落ち着いてくださいシッコク兄様。俺は姪が元気かどうか知りたかっただけです。赤ん坊の頃にしか見ていませんから、叔父として気になっただけですよ?」
「嘘ではないだろうな? ヴァイオレット様で年下に目覚めて娘に目を付けたとかは無いだろうな」
「ほ、本当です。というか年下すぎます。まだ子供……幼児じゃ無いですか」
「では叔父としてうちの娘を篭絡する気か!」
「は、何故そうなるのです!?」
「うちの娘の可愛さを前にお前が抑えきれる訳ないだろう! 叔父という立場を利用して、偶に会う優しい叔父さんという印象を付けた後、反抗期で親離れの時期にやって来て娘を篭絡し――」
「なんの話ですか!?」
「現実的な話だ! お前はしないというのか!」
「しません!」
…………あれ、シッコク兄ってこんな男だっけ。
俺の知っているシッコク兄はもっとこう……能力が高くて、結婚相手も身分以外を見ておらず「子供さえ産めれば問題無い」などと宣う、妻も産まれた子供も我が父のように繋がりを持たせる道具としてしか見ていない男で。
両親の影響を多大に受け、今回の昇進だって裏で俺の知らない所でなにかしてきたであろう兄で――
「娘の可愛さの前ではお前が耐えきれるはずがない!」
「耐えれますよ、俺をなんだと思ってんですか!」
「クロ、お前は俺の娘は自身の自制心が勝つ程度の魅力しか無いと言いたいのか!」
「面倒くさいなアンタ!」
……誰だこの兄。
なんだかシキに来てもやっていけそうである。
ツルバミ・ハートフィールド
黒橡色髪黒目
シッコクの妻。
大人し目な性格(変に噛みつかない)というのと、それなりの身分と教養があったので妻として選んだ。
後継者を作る時以外は殆ど会話が無かったのだが、今では少し違うようである。
ユウ・ハートフィールド
黝色髪碧目
シッコクの娘。五歳。三姉弟の長姉。
「世界一可愛い!」(シッコク談)




