不意打ち
騒つく教会で、周囲の学生が荷物などを整理して部屋に案内される中、俺はとある学生二人と話をしていた。
「――以上がこのシキの主要施設及び周辺の自然状況になります」
「ありがとうございます、ハートフィールド男爵」
黒い制服に袖を通したアッシュという名の生徒代表にシキに関しての情報を伝え終わり、俺は一礼する。
年齢的には俺の方が上ではあり、元は同じ学園の先輩という形ではあるが、身分的には相手の方が上なので敬わなくてはならない。
アッシュ・オースティン。あの乙女ゲームにおいてのメイン攻略対象であるヴァーミリオン殿下の幼馴染にして近侍の、同じく攻略対象の一人。
近侍とはいっても彼自身は侯爵家の人間であり、オースティン家内部でも十分な権力を有している存在だ。
冷静であり物腰が柔らかく、女性に優しくアゼリア学園でも人気がある。だがこの手のキャラに有りがちではあるが、割と腹黒で殿下のためなら手段を選ばない側面もある。あと、親しい間柄の時にだけ出る砕けた口調が人気の一つだった気がする。妹も「よっしゃ!」とか言ってそのイベントを見ていた覚えがある。
「すまない、男爵。この辺りに鍛冶屋……もしくは武器商人などはいるだろうか」
「はい、鍛冶職人でしたら少々外れにおりますが。少々気難しいため、私が紹介しましょうか」
「頼めるか」
同じくシキの情報を聞いていた黒い制服を着ているシャトルーズは、僅かではあるが不安な表情を浮かべて俺に聞いてくる。場所を聞いて明日案内するという俺の言葉を聞くと、そうか、とだけ言い頷いた。
シャトルーズ・カルヴィン。
同じくあの乙女ゲームでは攻略対象の一人。親しい人からはシャルと呼ばれたりする。
剣聖と謳われる現騎士団長の息子。剣聖の父の重圧を抱えながら何故か存在する日本刀で日々鍛錬を行う。不愛想。堅物。何処か精神面に脆い所がある。そして隠れ甘い物好き。なんというか属性が多い人であったはずだ。
あざとい、と評したら妹に「いや、兄がやってるゲームの女の子も大概でしょ」と言われた覚えがある。俺はあの時初めて一言での論破というものを味わった。
「改めてになりますが、遅れたのを平にご容赦を。シャル……彼が愛刀の手入れを行いたがっているのにも関係があるのですが、途中でモンスターに襲われまして」
「いえ、無事であったのならばなによりです」
彼らが遅れた理由は、シキに来る途中にモンスターの大群に襲われたことによるものという。特徴を聴けば周辺にいるモンスターではあったので、異常事態というわけでもないが……最近モンスターが住処を外れて襲い掛かること多すぎじゃないだろうか。
「ところで、他に注意すべき点などありますか? この地特有の習慣や自然災害など……」
「暗闇を歩いていると影から怪しい笑いをしながら見た目悪の魔法使いが現れたり、この教会の頂上に素手で登るシスターが居たり、長刀を携え立ったまま寝てる人が居たり、毒草を好んで食べて良く吐いている人が居ますが気にしないでください」
「……冗談では」
「ないです」
残念ながら本当だ。
二人から見たら先程の中二病少女といい、シキという地は奇妙に映る事だろう。
元より多少はシキについて聞いていたかもしれないが、予想の斜めから切り込まれたかのような表情である。
「……時に、不躾な質問であると承知はしているのですが」
「はい?」
一通りの説明を終え、後は神父様に任せて明日に備えようかと会話を切り上げるタイミングで。アッシュは周囲の状況が俺達3人に注視していないことを確認してから先程よりも真剣さを感じる声で、俺に一つ問いかけをする。
「ヴァイオレット・バレンタイン……あの先程よく分からないことを言う女の子を、修道女と共に追いかけた女性なのですが」
やはりと言うべきなのか、問いかけの内容はヴァイオレットさんに関してだった。
シャトルーズも少々視線が鋭くなった気がする。
「私の妻が、なにか」
「……妻?」
「ええ」
確実に面倒な質問であることは分かったので、とやかく言われる前に僅かに強めの声での確認をとる。すると二人は俺の言葉に不思議そうな表情になる。
この反応……もしかしてヴァイオレットさんが俺と夫婦になっているなど、予想もしていなかったというような反応だ。
「彼女が……妻、ですか。成程、それはご苦労なさっているようですね」
なんだコイツ。その同情を含む苦笑い顔ぶん殴ってやろうか。殴らないけれど。
「いえ、私には勿体無い位の素晴らしい女性ですよ、彼女は」
「……ふむ」
「…………」
俺の台詞にアッシュとシャトルーズは俺の表情を観察する。恐らく俺の言葉が本心かどうか見ているのだろうが、もう少しこっそりと見れないものか。無理か。無理だな。
男性用恋愛ゲームでは女性キャラが「お前自分が優位だと自覚しているだろ」と言うかのようにやけに強気なことが多いように、乙女ゲームでは男性キャラがやけに強気なことが多いからな、うん。
「私の妻がどうかされたのですか?」
「いえ、彼女は修道女になったと聞いていたもので。予想外の出会いに驚いてしまったのですよ」
驚きで瞬時に侮蔑の視線が出るのならば大した胆力だ。……とは思っても口に出さないが。
彼らにすれば、殿下ないしは他の人と敵対して学園をやめていった相手だ。そのような存在が突然研修先に現れたら、なにをしているのかと疑問に思うのも当然かもしれないが。
……いや、場合によっては好きな子の敵なわけか。
「アッシュ様、シャトルーズ様!」
「む、申し訳ありません。呼ばれているので失礼します」
「ええ、それではまた明日に」
会話を終えたタイミングと思ったのか、とある一人の学生に声を掛けられ二人は去っていく。
二人の背を見つつ、明日から面倒なことになりそうだと小さく溜息を吐いていると、
「あの、ごめんなさい。少々よろしいでしょうか」
唐突に後ろから声を掛けられた。
女の子の声であり、シキでは聞かない声なので誰か学生が声をかけて来たのかと思いつつ振り返ると、そこには平民用の白い制服に身を包んだ少々小柄な女の子が居た。
……? 何処かで見たことあるな、この子。
「あの……?」
「いや、失礼。どうかしましたか? なにか分からないことでも」
「あ、はい。お聞きしたいことがあって……ありまして」
俺の視線を不審に思いつつ、女の子はどう言葉にして良いか僅かに躊躇いつつも俺に質問をする。
「彼女……えっと、ヴァイオレットちゃん……じゃなくて」
……やはり彼女は何処かで見たことがある気がする。シュバルツさんの時のように、もしかしてなにやら裏になにかがある女の子……なのだろうか。
赤みのかかった金色に近い色のふわっとした長い髪に、特徴的な透明に近い瞳。
人懐っこく、美人や綺麗ではあるがなによりも“可愛い”という単語が似合う女の子。
守りたいという単語が似合うような――
「バレンタインさん……でも、もうなくて、ええと、そう、ヴァイオレットさんなんですが」
……思い出した。
彼女はある意味魔性の女で、ヴァイオレットさんにとっては悪魔的存在である子。
「彼女にお会いしたいんですけど、駄目でしょうか?」
この子、あの乙女ゲームの主人公じゃないか!?




