内助の功(:菫)
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――心地良い。
物を書く音も、外の騒ぎも無い。
同じ香油を使っているはずなのに、私のとは違う甘い香りがすぐ後ろから感じられる。
ぬくもりに甘えていると、安堵感からそのまま眠ってしまいそうな心地良さがある。
「グレイは道中大丈夫だろうか」
「アプリコットも居ますし、大丈夫でしょう」
「そのアプリコットの状態が不安でもあるのだがな」
「確かにそうですね。あいつらが一緒に学園に行くとなる前に、もっと仲良くなるキッカケでもあれば良いんですが」
しかし眠ってしまえば勿体無い気がする。ので、私達はお互いに聞こえる小さな声で、会話をしていた。
ゆっくりと、結論を出さず。昔の私であれば存在すら忌避していた会話。私にとってこの時間は、何事にも代えがたい時間であった。
「しかし、グレイとアプリコットが結ばれれば一歳下の義娘か……」
「俺もアプリコットにお義父さんと呼ばれるんですね……いえ、義父上と呼ばれるのだろうか」
「畏まった場では言いそうだが、普段はいつも通り名前にさん付けではないだろうか」
「かもしれないですね」
「いや、待てよ……一歳下所か、もしかしたら――」
「ああ、そうだ。晩御飯はなににしますか?」
「む? そうだな、先程の野菜を使った……クロ殿が以前作ってくれた鍋料理が良いな」
「分かりました」
と、息子と娘候補について考えていると、クロ殿が急に話題を変えた。
何故、とも思うが今の私は別に結論を持たなくても良い気分であるので、気にしない事にした。
しかしこのままでは会話が途切れてしまう。なにもせずこのまま……というのも良いが、後ろのすぐ近くでクロ殿が喋ってくれる事も更に心地良いので、話題を振ろうとして……ふと、先程の事を思い出し質問をしてみた。
「クロ殿聞きたいのだが……何故、先程はスカーレット殿下のために行動した?」
「はい、どういう意味です?」
「王族の懇願であるから……というのもあるだろうが、先程の合コン? とやらのために男性陣を説得するのも積極的だったと聞く」
「まぁ合コンをするとは思いませんでしたけどね」
「ともかく、あの時のクロ殿は王族の命令だから聞いているのとは違う感情があるように思えて……」
クロ殿が先程スカーレット殿下のために行動した件に関して。それは王族の命令という逆らえない立場だから行動した、というのもあるだろうがクロ殿の表情は違う感情を主として置いているように思えた。
詳細は分からないが、まるでグレイやアプリコット、そしてカナリアを見る時に偶に見せる、保護者のような暖かな視線で……
「そうですね……昔の知っている子と同じ感じがしたんです」
私の疑問に対し、言い辛いのならば質問を変えようかと思っていたが、クロ殿は答えてくれた。
「その子は周囲から少し浮いていまして。才能に溢れていたけれども加減が分からず。他者の感情に疎くて。善い行動をするのは思考ではなく知識で判断しているような子です」
自分がしたいと思ったからするのではなく、一般的に定義されている善悪に沿って行動しているだけ、という事だろか。多少ならばそれはおかしくないのだろうが、わざわざ言うという事は余程行き過ぎていたのだろうか?
「その子は昔面倒を見ていたので。少しずつですがその子も誰かと気持ちを共感できるようになっていったんです。笑い方も自然と笑えるようになっていました」
「つまり……今のスカーレット殿下が自然と笑う前のその子と同じ感じがした、と?」
「はい、そうなります。……それを思うと、放っておけない感じがしまして」
私はまだ会ってはいないが、弟と妹が居る影響だろうかクロ殿は元々面倒見の良い方ではある。なので放っておけないという気持ちに関しては人一倍強いのだが……クロ殿の声色からは、少し違う誰かを思い出すかのような声色が見えた。
「その子は今はどうしているんだ?」
「どうしているんでしょうか。最後に会った時はいつも通りの楽しそうな笑顔で俺を見送って以降会っていませんし、元気でやっていると良いんですが。好きな相手でも見つけていれば祝福もあげてやりたいんですがね」
なんだろう。クロ殿の今の声色は……不思議ともう叶わない夢を語るような、大切な誰かを思う声色のようである。
分かる事と言えば……
「詳しくは分からないが、クロ殿にとって大切な子なんだな」
という事だろうか。
不思議と嫉妬もしないような、その子がいるからこそ今のクロ殿が居るような……カナリアのような、大切な子であったという事は分かった。
「ええ、大切な子でした。あの子が居なければ母さんに反抗して道を違えたままだったかもしれない程には」
“母さん”? クロ殿は母君である……ランプ義母様に関しては“母”と呼んでいた気がするのだが……普段はそう呼んでいるのだろうか。
それに“でした”か。先程は祝うと言っていたので生きているとはおもったのだが……やはりなにか事情があるのかもしれない。
「その子のお陰で今のクロ殿が居るのならば、感謝しなくては」
「喜ぶと思いますので感謝してあげてください。会えば仲良くなると思いますよ。クリームヒルトさんとかメアリーさんみたいな誰とでも接することが出来る子なので」
「楽しみだ。それに、聞く限りでは家族のような子であったのだな」
「……そうですね。家族のようでした」
「ふむ、つまりクロ殿とその子の関係は……ええと」
「?」
家族のような間柄で、クロ殿がその子を助け、その子にクロ殿が助けられた。
つまりお互いが支え合った状況を、言葉に表すとなると――
『「内助の功」』
つい先日思い出した言葉を告げる。
「……という関係性なのだな。その子とクロ殿は」
偶に不思議な事を知っていたり、口にする事が多いクロ殿であるがこの言葉は知らないだろう。
後ろに居るので表情は見えないが、「どういう意味ですか」と聞いて来る表情が目に浮かんで――
「…………その言葉は、誰から教わったのですか?」
しかしクロ殿から返って来た台詞は先程までの緩んだ状態ではなく、どこか緊張感めいた声色であり。意味ではなく、誰から教わったかと聞いて来た。
「幼少の頃、母に連れて来られたパーティー会場で、私と同じ年齢か上程の男の子に教わったのだが」
私は疑問に思いつつも、質問に答えた。
誰か、と問われれば幼少期の頃での話であるからあまり覚えていない。ただ見た目の年齢よりも何処か大人びていた男の子であり、つい呟いてしまった、という表情をしていたのだけは覚えているが……
「……そう、ですか」
「クロ殿、なにか気になる事でも?」
「……いいえ、珍しい言葉だな、と思っただけですよ」
クロ殿は気になる事があるようであったが、それ以上の説明はしなかった。
私は説明を求めたかったが、話したくないのならば追及するのも憚られる。
それに……
「……グレイとアプリコット、大丈夫かな……」
――踏み入ってしまえば、戻れなくなる。
何故かは分からないが、そう思えてしまった。
次話はシキから少し離れます。




