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まだまだこれから(:菫)


View.ヴァイオレット



 大きな荷物は馬車に引かせ、つい最近まで私も袖を通していた制服を着た十数名の団体は、私もよく知る者達ばかりであった。

 特に私とも交流があったのは、先頭に居る二人の男。


「――何故、貴女がここに居るのです、ヴァイオレット・バレンタイン」


 高い身長に細身の身体。茶に青色味が掛かったの男性にしては長い髪に、普段は柔らかい黒い瞳が鋭くこちらを睨みつけていた。後ろの者は数名が似た様に嫌悪を示すようにこちらを見て、残りは困惑したかのように視線が泳いでいる。

 とりわけ私に嫌悪感を示しているのは、今私に攻撃的な言葉をかけている殿下の近侍(バレット)であるアッシュ・オースティン。


「……返事をする気もないのか、バレンタインは」


 そして短めの濃い緑髪に元々鋭い切れ長目で睨むシャトルーズ・カルヴィン。彼の鍛えられ締まった肉体が警戒の意を示して構えを取っていた。以前であれば騎士団長の息子らしく、私の事をレディなどと呼称していたが、今はその気もないようだ。


「――ぁ」


 多くの者に悪意を向けられる。シュバルツとは違う種類の敵意、不快感、嫌悪感。

 ほんの2ヵ月前のあの時と同様に、大勢に向けられる感情に上手く言葉が発せられない。


『二度と俺達の前に現れるな』


 落ち着け。

 落ち着くんだ私。先程クロ殿とお互いに協力し合うと約束し合ったばかりではないか。

 毅然に振舞わなくてはならない。例えあの時、日和見ではなく明確に私に敵対した者が二人居て、こうして敵意を向けていても前を向かなくては――


『お前を好きになれたことは無かったよ』


 ――どうして。毅然に振舞わなければならないのに。

 殿下の言葉が何度も蘇るんだ。

 言葉が出てこない。なにを喋っていいか分からない。身体は小さく震え、受ける視線は身が竦む。

 私はこんなにも……弱い女だったのか?


「失礼、私はこの地を治める領主のクロ・ハートフィールドと申します。アゼリア学園の生徒と見受けられますが、本日はどのようなご用件でシキに来られたのでしょうか」


 クロ殿がなにも言えずにいる私の前に庇うように立ち、悪意の視線から意識を逸らした。

 ……以前から、この背中に守られてばかりだ。


「ああ、これは領主でいられましたか。失礼いたしました」


 私の前に立ったクロ殿に対し、アッシュは私に対する圧を解くと普段の物腰が柔らかい笑顔に戻り、ここにいる経緯を説明しだす。


「アゼリア学園1年、代表アッシュ・オースティン、以下14名。モンスター調査と討伐のため遅ればせながら到着いたしました」


 アッシュが挨拶をすると後ろに控えている残りの学生が背筋を正し、不慣れである為かズレてはいたが軍隊かのように敬礼をした。


「えっと……? つまり軍の方々ではなく、貴方達が調査に来た、と?」

「はい? ええ、訓練を兼ねた実習を行うので、私達が周辺のモンスター調査を行う……と。連絡が来ていないでしょうか」


 アッシュは不思議そうな表情をしつつ、互いの情報を交換する。

 アッシュが言うにはアゼリア学園は生徒に経験を積ませるために、生徒を複数のグループに分け集団での調査と戦闘を行わせるようだ。その際に身分や性の差による連携の崩れを防ぐためにも貴族平民男女混合でチームが組まれる。

 そして彼らが来たのはこのシキの地だということらしい。


「……あぁ、成程。状況は把握しました」


 ――なんだろうか? 一瞬クロ殿が今まで見たことの無い表情になったような。

 疲れや疑問などではない……苛立ちの感情?


「時に」


 情報を交換し終えると、アッシュが改めてクロ殿の後ろに隠れている私の方を見る。

 先程までとは違う、まるで犯罪者を見るかのような侮蔑の感情を向けながら。


「そちらの――」

「ふははははは!」


 だが、視線と言葉よりも早く、バサッというマントを翻す音と、高らかな笑い声がアッシュの言葉を遮った。


「ふふふ、よく来たな蒼の騎士団(ペイルライダー)ならぬ偉人が継承せし(アップル)栄華の学生達(ゲイト)よ! 我が覇道を捨てし闇と()を冠する狂奏曲を目にする覚悟がある者は前に出よ! 我が直々に審判を下してやろう!」


 先程までグレイに魔法を披露しようとしており、アッシュ達が来たら少々後ろの方へと下がっていたアプリコットが前に立ち、よく分からない言葉をまくしたてる。

 だけどいつもの様な分からない言葉だが、いつもの彼女とは違う気がする。


「……すみません、彼女はなにを言っているのでしょう?」


 案の定アッシュを始めとする学生達は困惑の表情で彼女を見て、どう扱っていいモノかとざわついている。

 それを見てアプリコットは呆れたかのように溜息を吐き、やれやれと肩をすくめる。


「ふ、この程度の言葉(マナ)も理解できぬとは……行くぞ、我が眷属達よ。期待に沿ぐわぬ者達に話をしても意味を成さぬ。この場は領主達に任せるとしよう」


 アプリコットはアッシュ達に背を向けて高笑いをしながらこの場を去っていく。

 この場合の眷属とは一体誰の事なのだろうか。


「ヴァイオレットさん、シアン。申し訳ありませんがアプリコットをお願いします。アイツを放っておくとなにを仕出かすか分かりませんから」


 去っていくアプリコットに対し、クロ殿が私達に申し訳なさそうにお願いをした。

 ……あぁ、成程。アプリコットのあの演技もこの場から私を遠ざけるための方便であったのか。普段の彼女からすれば不思議ではない行動であったので疑問は小さかったが、気を使わせてしまったのは事実なようだ。


「了解した、クロ殿」

「承りました。神父様、そしてアゼリア学園の生徒達よ、この場を外すことをお許しください。……行きましょうか、イオちゃん」


 私は軽く頭を下げ、シアンさんは微笑みながら礼をするとこの場を去ろうとする。

 それに対しアッシュとシャトルーズはなにか言いたそうに声を出そうとするが、


「それでは皆様の宿泊所にご案内しましょう」

「宗派に問題が無ければ私が勤める教会にて寝泊まりしていただきますが、よろしいでしょうか」

「……はい、了解いたしました。シャル、宗派に問題がある者は居たか?」

「……いや、居ない。事前の確認は済んである」

「承りました。では皆様こちらへ。馬は私めが専用の馬小屋にひいておきます」


 クロ殿と神父様が私達の間に身体を出し、グレイが横から言葉を掛けることによって視線を逸らし言葉を遮った。

 ……情けない。この場に居る皆の力を借りてしまった。

 しかし私はそれ以上に今日からどうするべきかと頭の中でグルグルと思考が回り続け、吐きそうな気持ちを抑えてシアンさんの後を付いて行った。


 ――本当に、情けない。



「……やっぱり、ヴァイオレットちゃんなんだ」


狂奏曲

誤字に非ず


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