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良薬は口に爆発


 仮面の男はそのまま転移の魔法を発動させ、この場から去った。

 結局正体もこれからなにをしようとしているかも分からなかった。分かった事など、メアリーさんのために動いているという事や、こちら側の状況を把握されている事などくらいだ。

 挙句にはスカーレット殿下によく分からない言葉を伝えて去ったのだ。ただでさえ良い状況でないのに、空気が仮面の男が去る前と同じくらいには沈んでいるような感がある。


「…………好きな相手、か」


 当然愉快犯的な面があったので、気にするべきではないのだが、スカーレット殿下は仮面の男に言われた言葉に思い当たる節があるかのように小さく言葉を呟いた。


「スカーレット殿下。私にお聞きになられたい事があるのならばご質問ください。身の潔白を証明するためにも、必要な事はお話します」


 俺は仮面の男の最後の言葉は聞かない方向で話を勧めようとする。

 それに身の潔白を晴らす、というのも重要だ。スカーレット殿下は俺の事を信用はされていたようだが、説明すべき事は説明すべきだろう。彼女の善性に甘えてはいけない。……仮面の男曰く、それは思ってもいない事らしいがそれは気にしないでおこう。


「うん、分かった。でもとりあえず今は戻ろっか。詳しくは色々と片付けてからにしよう」

「お心遣い、ありがとうございます」


 スカーレット殿下は先程までの、何処か真実を突かれて寂しそうな表情から切り替え、いつものような明るい表情で俺に気を使う。

 色々と滅茶苦茶な方ではあるが、こういった所の気は使える方だ。シアンのような見極める能力に長けている訳では無いが、空気を完全に悪くはさせないというか、何処かでラインは引いている。


「ま、あの仮面の男がクロ君と仲が良い、って事はなさそうだからね。クロ君が逃げるってことは無いだろうから。後でゆっくりと話そうか。……密室で、私とクロ君だけで。肌と肌とが触れ合う狭い部屋で……」

「おやめ下さい妻に誤解されます」

「誤解されても良いけど……あ、ごめん冗談。けど、さっきの事はあまり誰かに聞かれたくないだろうからね。私に聞きたい事も有るだろうし、周囲に聞かれない環境で話そっか」

「スカーレット殿下に、でしょうか? 私からは特にありませんが……ああ、怪我や体調の事ならば最後まで対応させて頂きます」


 スカーレット殿下に聞きたい事、など先程の仮面の男の最後の言葉の事だろうが、敢えて俺はとぼけて見せる。内容が内容なので聞いていい内容か分からないし……まぁ下手に気を使う方が悪い場合もあるが。


「あー、気にしなくて良いよ。仮面の変態が言った最後の言葉は気になるだろうし、聞きたかったら聞けば良いから」

「……そうですか。では、私の疑いが晴れましたら聞く事にします」


 一応はそう言うが、俺としては聞くつもりはあまりない。

 まずは先程の会話について説明しないといけないのも確かだし、余程の事で無ければあまり踏みこんで良い話でもない。

 スカーレット殿下は良くはしてくれるが、あまり長い期間を過ごした間柄でも無いので心の内を読み取れる訳でもない――


「あっははー。別に気を使う事なんてないんだよ! あの程度の事言われ慣れてるし、それにロイヤルな私だからね、大丈夫!」


 バチッ、と。

 スカーレット殿下の笑い顔を見て。ある記憶が蘇える。


『あははははっ! 気にする事なんてないんですよ! 無視されるのは慣れてますし、それに兄さんの妹ですから、大丈夫です!』


 それは前世での一番大切な存在の記憶。

 彼女の笑顔と、今のスカーレット殿下の笑顔が被って見えた。


「…………そうですね。スカーレット殿下。貴女は強い方ですから、私が気を使うのもおかしな話なのでしょう」

「クロ君、どうしたの?」

「いいえ、なんでもありません。貴女は――」


 と、俺が懐かしい気持ちになり、このままでは良くないと思った時に。


「見つけたぞこの迷惑女!」

「げ」


 エメラルドが俺達の所にやって来た。

 スカーレット殿下はエメラルドを見るなり、露骨に嫌そうな表情をする。


「まだ処方中であるというのに勝手に居なくなるとはどういう事だ!」

「いや、だってさー。処方もしたし包帯も巻いたし傷は塞がった。だったらもうする事はないでしょ?」

「馬鹿者が! 毒というものはな、正しく摂取しないと毒のままなんだよ! もっと毒を摂取しないと毒のまま体に残るだろうが!」

「貴女はなにを言っているの」


 ……察するに、治療の途中であったけれどスカーレット殿下が逃げ出した感じか。

 エメラルドの薬(毒)は場合によってはとても痛い塗り薬であったりするし、逃げたくなるのも分かるが。その分回復も早かったりはするが。


「という訳でこれを飲め。特別に処方した私特製の薬だ」

「まってエメラルド。私の目にはその薬がコポコポと泡を立てている危ない毒にしか見えないんだけど」

「安心しろ。効果は保障する。良薬は口に苦しと言うから味は保障できんが……アドバイスとして、吐くな。とだけ言っておく」

「絶対マズイヤツじゃん! い、嫌だ、さっきの薬ですら“苦いだけ”と言われて飲んで吐きそうだったのに、貴女が吐く心配をするって相当じゃない!」

「大丈夫、マズいだけで効果は抜群だ! なにせ先程の裂傷も跡形もなくなる回復効果を持つ薬だからな! ただこの世のモノとは思えない味なだけだ!」

「それが嫌って言っているの! ク、クロ君、エメラルドを止めて!」


 スカーレット殿下が狼狽えた様子で、俺に助けを求めてくる。

 しかし……エメラルドが持っているヤツ、アレかぁ。味は酷いけど、効果はあるんだよな、アレ。

 それに俺にとっては嫁入り前の王女様の身体に傷が残っては大変であるから、飲んでもらわないとな。


「大丈夫ですよ。確かにマズいですが、飲むと怪我が治る以外にもメリットがあるんですよ」

「え、そうなの? メリットって……?」

「飲むと他の大抵のモノは美味しいってなります。極限状態で好き嫌いが無くなります」

「そんなの嫌!」

「あ、逃げるなレット!」


 珍しく駄々をこねるような言葉を言い、スカーレット殿下は逃げ出した。


「残念です、回り込みます」

「くっ!?」


 そして俺は回り込んだ。


「クロ君めこんな時に身体能力を発揮しなくても――あ、やめて羽交い絞めしないで! 嫁入り前の王女にこんな扱いして良いと思っているの!? 不敬罪で捕まるよ!」

「申し訳ありません、お怪我をされた王女様のためなのです」

「それに大丈夫だ。私は怪我を治したいだけだし、ただこのドロドロとした液体を流し込むだけだ。感触は液軟体種族(スライム)的な感触だから、ネバーッとした味が後を引いて喉を通るだけだから大丈夫だ」

「薬に関する安心する要素が少ない!」

「大丈夫、大丈夫……ふ、ふふふふふ。私の最高傑作、受け取るが良い……!」

「なんで興奮しているの!?」


 なんかヤバい絵面だ。

 男が王女を羽交い絞めにして。薬剤師がドロドロの濃い緑色の泡立つ液体を持ちながら怪しげな笑いをし、近付く。そしてそれを無理矢理飲まそうとしている。……捕まってもおかしくないな。


「エ、エメラルド? お願いだから、ね? 貴女達を助けたロイヤルな私に慈悲を――」

「慈悲だ、受け取れ。……ゆっくり飲ますから、吐くなよ。効果は確かなんだから、私達を助けて負った傷くらい治させてくれ」

「……うぅ、そう言われると反対出来ないじゃない。……それにそんな顔をされると……」

「ん? まぁとにかく飲め」

「……少しずつ、ね?」


 だけどなんだろう、この感覚。先程までスカーレット殿下に感じていた感覚が無くなっている。前世での一番大切な存在の幼少期と似た、このまま放っておいては駄目だと思う感覚。

 エメラルドが来てからだろうか? スカーレット殿下があまり見せない表情……ヴァイオレットさんと似たなにかを持った表情を見せた気がする。


「……………………まずっ」


 ……単純に嫌な事から逃げるという、弱さが見えただけだからかもしれないが。


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