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空耳にあらず


 軍の方々が突然来られるという報告を受けた2日後。

 今日の昼過ぎに到着予定であると聞いていたがどうも遅れているらしい。

 こういう時に携帯電話があればどうなっているか確認もできるのだが、生憎とこの世界にそんな便利なモノは無い。魔法による通信手段は存在するが、登録した間柄しかできない仕組みであり、今回の軍の方々とは上手く連絡が取れないでいる。


「暇ですね」

「暇だな」


 ポカポカとした陽気の中、いつ来るか分からない人たちを外で待つというのは思ったよりも退屈だ。どうしてもこちらが下の扱いになってしまう以上は下手に動くことが出来ない以上、待つことしか出来ない。

 一日や二日連絡無しに遅れたのならばこちらからなんらかの行動は起こせるが、数時間程度で動いてはその程度も待てないのかと見下される。

 という事情から今の所は動くことが出来ないので、出迎えの俺達数人は偶に世間話をしながら待ちぼうけていた。


「ところで、シアンさんなのだが」


 待っているとヴァイオレットさんが俺に近付き、他に聞こえないような小声で俺に話しかけて来た。そしてチラリとシアンの方へ視線を向け、俺も追随してシアンの方へ視線を向ける。そこに居たのはいつものハイテンション戦闘系シスター……ではなく、


「軍の方々、途中で問題が起きていなければいいのですが。ふふ」


 慈愛の表情を浮かべる、彼女の普段を知っていると「誰だコイツ」と言いたくなるようなシスターがそこには居た。

 普段であればじっと待つことに不満を漏らし、何処かへ行きそうなものではあるが、今日は背筋が伸びた綺麗な姿勢のまま大人しく待っている。

 何故シアンがそんな大人しい姿なのか。理由は簡単だ。


「そうだね、シアン。でも少しは気を緩めても大丈夫だよ。ずっと張り詰めているのも大変だろう?」


 今日はスノーホワイト神父様が傍にいるからだ。

 シアンは神父様が好きなので、彼の前では猫を被っている……とは少々違うもので、緊張も相まってあのような感じになる。つまりは照れと嬉しさと興奮が混じっている感じだ。

 神父様自身は普段の様子も知っているのだが、特に気にすることなく両方を見たうえで、それがシアンらしさだからと受け入れるような人なので周囲もあまりなにも言わない。だが、


「いえ、そういう訳にもいきません。神を信仰する末端として、清廉でいなければ」


 どの口が言うんだ。この場に居た殆どがそう思っただろう。

 あ、ヴァイオレットさんが一瞬困惑の表情になった。直ぐに持ち直しはしたが、やはりシアンが神父様の前ではああなると知ってはいても、すぐには慣れるものではないだろう。

 だが、今回に限ってはシアンはこの状態の方が良い。以前のようにお客様に殴りかかられても困る。


「神父様が居る限りはシアンも大丈夫でしょう。……まぁシアンは元々大丈夫な部類なんですがね」

「こう言ってはなんだが、いくらあの状態とは言え服装がいつものままでは変に見られるのではないか?」


 服装? 今回は暴れていないし、別にスカートの深いスリット部分はいつもより露出も少なくて特に問題は……


「…………あ、確かに」

「慣れていて普通と認識していたのか……」


 よく考えなくてもあの深いスリットはおかしい。

 普段より大人しいから、一般的なシスターに見えると思っていた俺はどうかしている。


「い、いえ。個性ですよ、個性。今の状態のシアンだったら特に問題は無いです」

「神父様が居なくなったらどうするつもりだ」

「……個性です」

「……そうか、個性だな。私も普段の方が彼女らしいと思うから、個性で良いとも思うが」


 と、ともかく。キレる時はキレるがお勤め自体はちゃんと果たすからシアンに関してはまだ良い。怪我をしなければ変態医者(アイボリー)はただの不愛想な医者だしまだ問題ない。問題は他の人達だ。

 もし軍の方々に女性が居れば問答無用で口説きにかかる変態(カーキー)や、見た目が怪しい黒魔術師(オーキッド)。独時の世界を繰り広げる中二病(アプリコット)、他多数。彼らが軍の滞在中に迷惑を掛けないことを祈ろう。


「ロボさんは心配しなくて良いのか?」

「ロボはロボですから。これ以上の説明は俺達もできません」

「良いのか、それは」


 良いんです。中の人に出てもらうのも酷というものです。

 そしてシキの連中が迷惑を掛けることも心配ではあるが、もっと心配なことがある。それはこれから来る人達が王国の軍人であるということだ。


「しかし大丈夫なのですか? 軍の方々と言うと……」

「昨日からの繰り返しになるが、大丈夫だ。知り合いもいるかもしれないが、向こうも下手に触れようとはしないだろう」


 俺達が元々通っていたアゼリア学園は学問と魔法の教育の他に、戦闘訓練も行い、半分近くは軍(騎士団)へと属する。そんな大半が学園にも直接的に関わっている軍人は2ヵ月ほど前の学園での出来事も知っているだろうし、公爵家の出来事なんて騎士団の中では仔細を知る者も居るかもしれない。

 ヴァイオレットさんに問いかけるが、本人は気にしていないとは口では言う。例えそれが本音だとしても、俺としては彼女が心配だ。


「良いですか、ヴァイオレットさん。いざとなれば貴女は屋敷で通常業務の仕事をして、屋敷から出なくても良いですから」

「しかしそれでは変に勘繰られる可能性もあるのではないか? 毅然に振舞い、耐え忍べば向こうも変に噂を流さないだろう」

「そうかもしれませんが、それ以上に貴女が苦しむ姿は見たくありません。耐えるだけ耐えて、金属疲労の様に突然折れても困ります」

「そうは言うがな、クロ殿。私が数日表立って補助をするだけで評価というものは大きく変わる。大事に思ってくれるのは嬉しいが、私とてクロ殿を大事にしたい。()()の今後のことを考え、協力をして今回の業務を終えよう」

「うっ……でも、本当に無理はしないでくださいね?」

「分かっている。クロ殿も無理はするなよ? 一人で抱え込まず、私にも頼ればいいんだ」


 そう言うとヴァイオレットさんは右手を自身の胸の上に当て、頼っても良いというアピールをした。

 俺の方が年上だが、その自信に溢れた仕草は俺以上に頼れる雰囲気がある。


「いいでしょう、無理はしませんが領主として頼れるところを見せてあげます。ですが、一人でどうにもならなくなった時はよろしくお願いします」

「そうか、それは楽しみだ。私も頼りにさせてもらうし、頼りになろう」

「はい。シキの問題児を多少なりとも纏め、前任たちの不正などを無くした手腕の見せ所です」

「これ以上に無い説得力だ」


 俺が言うと、二人で小さく笑い合った。

 そうだ。別にヴァイオレットさんは精神が弱っている時もあったが、頼れない人ではないんだ。お互いに不足している部分は支え合えばいい。

 最近はヴァイオレットさんの料理も楽しみであるし、楽しみがなくならないようにするためにも今この時を乗り越えよう。


「人前でイチャついているんじゃないですよ、この野郎」


 そして二人で話していると、シアンが慈愛の笑顔を浮かべたまま俺達に注意をしてきた。

 指の骨を鳴らす音が聞こえるのは空耳だろうか。


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