予兆
「あっ――!」
夕食の用意をしていると、皿を一枚落として割ってしまった。
「あぁ……勿体無い。気をつけないと」
俺は破片が刺さらないようにしつつ、細かな破片が残ら無いように気を付けながら回収していく。
……注意力散漫だったかな。周囲がよく分からない事をして注意が削がれた訳でも無いのに、ただ皿を落として割るなんて注意力散漫であった証拠だろう。偶々怪我が無かったから良かったが、今後怪我をしないように注意をしないと。
「クロ殿! 割れる音がしたが大丈夫か!」
破片を回収していると、凄い勢いでヴァイオレットさんがキッチンへと入って来た。
一応は状況を確認して迂闊に近付かないようにしているが、やけに慌てた様子である。
「大丈夫です、皿を落として割っただけで怪我とかはしていないですから」
「そうか。ならば良いのだが……ああ、私も拾おう」
「大丈夫で――いえ、お願いします」
ヴァイオレットさんはホッと胸を撫で下ろしつつ、俺の所へと近づいていき破片を拾う手伝いを申し出た。初めは断ろうとしたが、断る前にヴァイオレットさんは箒とちり取りを手にして気を付けつつ破片を回収していたので、素直にお願いする事にした。
「気をつけるんだぞ、クロ殿。疲れているのなら、残りは私に任せて休憩をしてきても良いからな」
「大丈夫ですよ、体力には自信があるんです。ていうかアイツらの対応していたら自然と体力が付きます」
「……確かに私も以前より疲れにくくなった気がするな。精神的に」
むしろ悩まされることが多くて疲れる事も有るだろうが、耐性が出来て体力が付くことは確かだからな。ここの領主やっていると。
「それに、ようやくヴァイオレットさんも好きだと言って貰える料理を見つけて、それを作っているんですから。俺の楽しみを取らないでください」
「む、私はクロ殿やグレイが作ってくれる料理は大半は好きなのだが……いや、多くは食べられないからな、そう思われるのも無理はないか」
「はい。ですから当面は多くを食べさせてヴァイオレットさんを太らせるのが目的という事で」
「ほう、では私はその挑戦を受けよう」
「挑戦なんですか?」
「そうだ。クロ殿の目的に対して、私は叶うように協力する」
「はは、挑戦なのに協力されるんですね。良いですよ、俺は目的達成の為に立ち向かってい、き……」
「立ち、向かって……」
「…………」
「…………」
和やかに話していたのだが、お互いに“立ち”という単語に反応して気まずい雰囲気になる。
というか、昨日の“たちあがる”に関して別の意味だと勘違いしてからの騒動以降、なんと言うか、ヴァイオレットさんと気まずい。
まさかスカーレット殿下の言う“たちあがる”の意味が、精神的な男性としての心意気などではなく、男性機能的な心配であるとは思わなかった。……ある意味精神的な心配ではあるような気もするが。
というかあの第二王女はなんの心配をしているんだ。実際に心配通りだったとしてもあんな堂々と心配しないで欲しい。彼女なりの気遣いだとしても何処となくズレている方である。
「…………」
「…………」
互いに無言で破片を拾い続ける。
くっ、どうすれば良い。別の話題を言えば良いのだが、なんとなく俺も気恥しくて別の話題を振るう勇気が持てない。
こんな時にグレイが居てくれれば良いのだが、昼前に出かけると言ったっきりまだ戻って来ていない。恐らくいつものメンバーで遊んでいるのだろうが、少し早めに切り上げて戻って来てくれないかと思っていると……
「――と、来客ですね。見てきます」
「いや、クロ殿は準備を続けていてくれ。私が対応しよう」
来客を報せるベルが鳴り、ヴァイオレットさんはそう言うと、俺の返事も聞かずにトトト、と小走りに玄関へと向かっていった。……多分この空気が耐えきれなかったんだろうな。
不甲斐ないが、その事にホッとしつつ回収し終えた破片をちり取りに居れ、そのまま運んでゴミ箱に入れた。
「……ふぅ。……どうしよう」
……正直、このままでは駄目だとは思ってはいる。
領主の仕事とか、グレイとアプリコットの入学とか、あの乙女ゲームのイベントとか。色々な不安要素や忙しい事も有ってタイミングを見逃しているのはある。ゲン兄やスミ姉にはああ言ったが――
「クロ殿」
「はいっ!?」
と、俺が今後について考えようとしていると、背後……台所の入り口からヴァイオレットさんに呼びかけられた。不測の事態であったので、声が少し裏返ってしまった。
「大丈夫か、クロ殿?」
「大丈夫ですよ。どうされましたか、ヴァイオレットさん。来客が俺が対応する必要があったのでしょうか」
「少し違う。聞きたい事があるのだが、グレイを見ていないか?」
「グレイですか?」
ヴァイオレットさんからの少し予想とは違った質問に、俺は疑問で返してしまう。
とりあえず昼以降は見ていない事を伝え、どうしたのかと聞くと……ヴァイオレットさんの背後かにアプリコットが現れた。どうやら来客はアプリコットであったらしい。
「弟子の姿を見ないのでな、探しているのだが……ふむ、ここにも居ないのか。」
なんでもここ数日アプリコットがグレイを避けていたのだが、このままではいけないと思いグレイを探しているらしい。しかし、シキの何処を探してもグレイの姿が見えない。入れ違いかと思い、一度見に来たが居なかった我が屋敷に来たとの事だ。
「てっきり、アプリコットと遊んでいると思ったのだが……」
「我は約束していない。行く時になにか言っていなかったか?」
「少し森を探索する、というのは聞いたが……」
今日は朝から俺の変な照れが入ったテンションの高さのせいで、グレイに妙な目で見られていたのは覚えてはいるが……森に出かけるとだけ言って出たくらいだ。その際に足元に注意をするようにと伝えはしたが……
「……不安だな。少し見に行くか」
以前の誘拐事件の事も有り、妙な不安が俺の中でざわついた。
当然取り越し苦労であればそれで良いのだが、グレイがアプリコットと共に森へ行かず、まだ戻らずにアプリコットも見つけられていないという事が不安で仕方なかった。
「クロ殿は夕食の準備中だ。まずは私達で心当たりを見てくるから、夕食の準備の一区切りと、入れ違いになっても良いように準備をお願いできるか?」
「……そうですね。お願いできますか?」
俺がすぐに出ようとしているのを見て、ヴァイオレットさんが今俺がするべき事を冷静に伝えてくれた。……そうだな。変に気を使って夕食が駄目になったらグレイが気を病んでしまう。急ぎはするが、とりあえず火の用心と夕食が駄目にならないようにだけしておこう。
ヴァイオレットさんが冷静であって良かった。
「では、行くぞアプリコット!」
「ちょっと待つのだヴァイオレットさん! そのままの姿では凍えてしまうぞ!」
「走り回って居る内に暖かくなる! それに年中寒そうな魔女服に言われたくない!」
「貴女は我の服をそう思っていたのか!? 今は冬用だから寒くはないのだ!」
……いや、意外と冷静では無いな。ヴァイオレットさんもヴァイオレットさんでグレイの事が心配なのだろう。
ともかく俺はマフラーと手袋だけは忘れないでくださいと伝え、ヴァイオレットさん達を見送った。……さて、俺も直ぐに準備をして探しに行くとするか。
――念のため温かい飲み物を保温魔法具に入れておくか。
夕食の準備を止め、戻ってくれば再開できるようにし、俺は準備を進めていく。
一応俺が着る以外の羽織るモノも用意して、入れ違い用のメモを書いて玄関の目立つところに置いておく。
一通り用心をし、俺も探しに行こうと手袋はめて外へ出る。冬なのですっかり日も短くなって既に暗くなりつつある。探すのなら早く探さないと思いつつ、空を見上げる。
外に出て吹雪いていない事に少し安堵しつつ、足元に気をつけよう一歩を踏みしめた所で――十数メートル前方の雪が積もっている場所に、なにかが落ちて来た。
「……なんだ?」
雪のクッションで大きな音はしなかったが、重そうな物が雪に沈む音であった。
俺はグレイを探しに行かないといけないと思いつつ、不思議となにが落ちて来たのかを確認しないといけないと感じ、物が落ちた方へと近寄っていく。
雪の中に沈んだので、雪を掻き分けてその落ちた物を確認する。その落ちた物は、最近ルーシュ様殿下がご執心のロボが身に纏っている外装のような、白と銀の狭間のような色で――
「――え?」
まるでソレは、ロボの身体の部品の一つが壊れたような代物であった。




