茶青の攻勢(:偽)
View.メアリー
「ありがとうございます、メアリー。休日ですが、入って貰ったばかりの貴女に生徒会の面倒な仕事を手伝って貰って」
「いえ、私も入ったからには頑張りますよ。頼ってくださって嬉しいです」
資料室。
アゼリア学園において、図書室に置くモノとは違う機密度が高い資料を置く場所です。その場所にて、私とアッシュ君は学生服で最近私も入った生徒会の仕事をしていました。
元々この時期に入る予定ではあったのですが、友達である、そう、友達であるヴァイオレットのために、予定より少し早めにノワール学園長の調査を含めて生徒会に入ったのです。とはいえ、ノワール学園長の調査はあまり進められてはいませんが……
早く友達であるヴァイオレットのためにも調査は進めたいとは思ってはいるのですが……今日は、少し別の用事があるのです。
「あ、確かこの資料は奥にやるんでしたよね。私が持っていきますね」
「お願いします」
私は何点かの資料を手にして胸に抱え、目的である場所へと移動します。
資料室、というものは普段は許可を得た生徒会役員か、正規教師の方しか入れず、誰もが立ち入れる所ではありません。鍵を閉めれば侵入防止魔法が張られ、侵入する事すら無理になるような場所です。
そしてそんな場所の奥の方には――
「――ありました」
私が今回の目的としていた、とある資料がありました。
カサスであれば重要なイベントアイテムであり、私にとっては確認作業にもなる一冊の歴史の書。
簡単に言えば、闘技場の地下や地方に封印された凶悪モンスターが眠るという事を示した本です。カサスではこの本をクリームヒルト……いえ、主人公が読む事で、トゥルーエンドに繋がるフラグとなる王国でも重要な一冊。
様々な理由で凶悪モンスターの封印が弱まり、凶悪モンスターが復活する場所をこの本から読み取って皆で討伐し、功績が認められて――といった足掛かりとなる重要なアイテムです。
――でも、無造作に置かれ過ぎではないでしょうかね。
いくらここが侵入が容易でないとは言え、生徒会役員という生徒が入れる場所にこんな国家機密じみたものが置いてあって良いんでしょうか。
カサスだと主人公のトゥルーエンドの為の足掛かりとなる為のアイテムですから、一応は“偶々学園の資料室に残っていた”一冊を偶然見つけた事にはなっています。
しかし、「過去に討伐された事になっているモンスターが実は私達が住む地下に封印されているだけであった」という、王族であるヴァーミリオン君ですらまだ知らされていないような情報を示唆する本です。管理甘すぎじゃないでしょうかね。
以前の私であれば気にしなかったでしょうが、クロさんに言われて意識改革中の私にとっては、やはりこの世界はカサスという乙女ゲームの世界では無いのかと疑ってしまう管理の甘さです。
「メアリー? どうしましたか」
私が少ない資料を置きに行くためだけに時間がかかりすぎだと思ったのか、アッシュ君が私を心配して見に来て下さいました。私は努めて冷静に本を隠し、後で持ち帰ることが出来るようにします。
「なにか問題でも?」
「いいえ、資料室には初めて入ったもので。色々とある見た事の無い資料に目移りしてしまいまして」
「そうですか。問題無いのならば良かった」
アッシュ君は安堵したかのように微笑みます。
目的の一冊は見つけましたし、今日の所は早く仕事を終わらすとしましょう。
そのように思いつつ持って来た資料を片付けようとし、何処へしまえば良いか軽く確認すると少し高い所に仕舞わねばならない事に気付きます。とはいえ、私が少し背を伸ばして腕を伸ばせば届く範囲でしょうか。
「――っ、と。よし、届きました。これでここに仕舞うものは終わりですね」
背を軽く伸ばして資料を戻し、持って来た資料を全て仕舞った事を確認すると、少し埃が舞ったので軽く制服のスカートなどを掃います。そしてアッシュ君の方を向いていつものように微笑みながら、確認の言葉を掛けると、
「……メアリー」
「え?」
何故かアッシュ君が私の方へと距離を詰めてきました。
黒い瞳がこちらを向いています。男性にしては長い茶青色の髪がさらりと揺れ、不思議な香りがふわっ、と漂います。
「他に誰も居ない二人きりの場所で――少し無防備ではありませんか?」
「アッシュ君?」
何故か私の手首を優しく掴まれ、身体が密着するのではないかと思うほどに近付かれます。
「メアリー。私が男なのは知っていますね」
「ええ、勿論。アッシュ君は立派な男性ですよ? それがどうかしましたか?」
「そうですか、良かった」
そう言うと、アッシュ君は微笑みます。
……微笑む姿は、相変わらずの美少年ぶりです。ですが急にどうしたのでしょうか。いつもの微笑みとは違う気がします。
「だけど、本当には理解していない。でなければ、今この場でこのような――」
「アッシュ君……?」
アッシュ君が、ヴァーミリオン君やシャル君達と一緒に居る時のような口調で、真剣な眼差しでこちらを見てきました。
そしてさらに顔を近付け、一歩前に出ればキスをしてしまいそうな距離までその綺麗な顔を近付けてきます。
今までのアッシュ君とは表情も、積極性も違う気がします。……年末年始の会えていなかった時に、なにかあったのでしょうか。まるで誰かになにかを言われて、自身の行動を積極的に行こうとしているように思えます。
いえ、そんな事より今は重要な事があります。
――ああああああああ近いです近いです近いです近いです!
ハッキリ言うならば、私は恋愛経験は前世も含めてありません。恋愛雑魚です。
前世の十一歳以降なんて家から出てすらいませんでしたし、お世話をしてくれた少し年上の女性である淡黄さん以外とは全く接してきませんでした。
そして今世においてはそれっぽい言葉を並べて、恋愛強者のような余裕を持って避けていただけで、好意を抱いてくれているヒーロー――男性にまともに向き合った事すらありませんでした。
クロさんに言われてこの世界の認識を変わるようになってから、最近困っている事の最たる事です。
贅沢過ぎる事なのは理解していますが――
「メアリー。――私が男という事を、分からせる」
あらゆる格好良いの暴力が私の五感を支配し、それ所ではなくなります。
なんですかこの綺麗な肌と瞳は。なんですかこの格好良い声は。前世であれば声だけで多くの女性を魅了できる声優になれますよ。……この声は声優さんと同じでした。良い声なはずです。
って、違います。今重要なのはそこじゃないんです。
顔が良く、声が良く、私に好意をはっきりと示してくれる内容の言葉。そんなものを向けられて――
「眼を、閉じてくれ」
向けられて私は――




