帰る間際の一騒動_4
「……なにがあったんです?」
少し遅れて持って来たシルバの朝食の食器も洗い終え元の場所に戻し、皆が居るダイニングルームに戻ると何故か物々しい雰囲気になっていた。効果音が付くとしたら“ゴゴゴ……”とか付きそうである。
俺は近くに居たヴァイオレットさんに尋ねると、何処か潜めた声で俺に答えを返してくれた。
「うむ、クロ殿が片付けをしている間に来客があったのだが……」
「来客? ……あ、神父様」
そういえば雰囲気に押されただけで、まだどういう状況なのかは分からなかった。
来客という言葉にざっと誰が来たかを見渡すと、つい先日まで所用で居なかったスノーホワイト神父様が居る事に気付いた。
聞くと神父様が吹雪の中シキに帰って来たのだが、教会にシアンがおらず不安になってここに訪ねて来たらしい。そして互いに会うのも初めてな相手が居るので自己紹介などをして談笑しているそうなのだが……
「……昨日の件を実行できるかどうか、シアンが意気込んでは上手くいけていない訳ですね」
俺の問いかけに対してヴァイオレットさんは静かに頷いた。
そこまで片付けにも時間がかからなかったので、このような状況になってから時間も経っていないだろう。しかし張り切りと羞恥が交じり合うシアンと、なにをしようとしているか知っているカナリア以外の周囲のメンバーが居て、その状況を全く把握していない神父様との間で妙な緊張感が生まれている訳か。……あれ、メアリーさんだけ居ないな。
「ふふふ、少し失礼しますね神父様」
「ん? ああ、分かったよ」
俺はどうすれば良いのかと悩んでいると、シアンが神父様の前にいると見せる微笑みの表情のまま立ち上がり、ダイニングルームを出ようとする。当然ではあるがダイニングルームの出入り口には俺が居る訳で。
「来い」
「やだ」
神父様に見えない角度で脅すシアンに対し、断りを入れるが問答無用で襟首を掴まれ、片腕で俺の身体事持ちあげられ引っ張られて? 無理矢理シアンと一緒にダイニングルームを出ていった。
ヴァイオレットさんは俺の様子を見て「頑張って」と視線で訴えていたので俺は無言で頷いた。
「っ!? ……え、……え……!?」
途中でメアリーさんとすれ違ったが、俺達の様子を見て何事かと二度見をしていた。突然なにが起きたのかと理解不能そうである。メアリーさんが来た方向は……ああ、花摘みに行っていたのか。となるとまだ神父様とは会っていないようだな、一言なにか言っておけばよかっただろうか。
「よし」
シアンは周囲に誰も来ない場所まで移動すると、俺を下ろして壁際に立たせる。
俺は乱れた着衣を整え、とりあえずなにが来ても良いように身構えていると、俺を壁とシアン自身で挟み、右手をバン! と壁に当てて、俺に迫る。
「ねぇクロ。さっき神父様と私の間を取り持つ、って言ったでしょ。協力して」
まさか俺が壁ドンされる立場になるとは。
確か元は違う意味だけど、こっちの意味で広まったんだっけか。俺の死後もまた別の意味で広がったかもしれないな。
「聞いてる?」
「ああ、聞いてる。まぁニュアンスとしては違うが、協力できるのならば協力するよ」
現実逃避はともかく、シアンはどうも昨日の件を実行するのに俺の協力が欲しいようだ。
正直今こうしている行動力を神父様に出来ればどうにでもなるような気もするが、そこは黙っておこう。というか元々シアンと神父様の間柄自体は応援しているし、言われずとも協力はするつもりだが……
「で、協力って、なにをだ?」
「私が神父様にアピールする勇気を出す方法を教えて!」
それは自分で考えた方が良いのではないか。
「洞窟で指輪を渡した時みたいに、告白するにはどうすれば良いのクロ! 傍に居るって指輪をはめながら微笑む勇気はどうやって出せば良いの!? クロはあれでイオちゃんの心を奪い取ったんでしょ!? そのくせまだまだもどかしいけど!」
「煽ってんのかテメェ」
いや、落ち着こう。シアンとしては大真面目なのだろう。
俺の告白自体は成功した事ではあるので、参考にしようとしているのは間違いでは無いのだろう。……思い返すと少し恥ずかしいけど。
だけど告白するタイミングというのはともかく、想いを伝えるというのは難しいものだ。下手をしたら俺みたいに「好き」という言葉を言わずに過ごしてしまっていた、みたいな事も有りうる。
今回の場合は告白とまではいかずとも、神父様相手にアピールをするのだ。あの他者の好意にも悪意にも鈍感気味な神父様に、神父様の前では緊張で上手く行動できないシアンが、だ。
多少勇気を振り絞って「好きです!」と告白しても「ああ、俺も家族として好きだぞ!」みたいな返事をされ、それ以上の言葉も緊張で言えないような間柄の神父とシスター。簡単に思いを伝える事が出来ていたら、今こうして相談なんてしないだろう。
――あ、でも……
俺もどうするべきか悩んでいると、先程ここに連れて来られる前の事を思い出す。そして関連して思いついた案があるのだが、これならば上手く出来るかもしれないと思うと同時、下手をすれば自爆してしまうのではないかという不安もある。むしろ暴走する確率の方が高いが……でも、ここまでしないと動きそうにないというのも事実だ。自分で言うのもなんだが、神父様に対しては俺より遥かに奥手だからな、シアンは。
よし、と。俺は一つ煽ってやろうと決意をした。もし失敗したら誠心誠意謝罪はするし、出来る限り暴走しないようフォローはしよう。
「いいか、シアン。今の状況をよく考えろ」
「今の状況?」
「ああ、今この屋敷に居るのは俺達元々住んでいたメンバーの他に、カナリアやアプリコット、クリームヒルトさん達学園生組が居る」
「ええ」
「良いか、クリームヒルトさんとメアリーさんが居るんだ。美女で、社交的で、好かれやすいタラシともいえる子達が」
「…………」
クリームヒルトさんとメアリーさんの好かれやすい、は別種類だが、間違いなく好意的に思われやすい社交性を有する子達だ。外見的にも一般的には好ましいといえる部類である。
「神父様の外見の好みは知らないが、万が一好みと合致。あるいは性格が合致していた場合……」
「……場合?」
「生まれついての主人公ことクリームヒルトさんに神父様がべた惚れしたり」
「ナチュラルボーンヒロイン……!?」
「自ら成りあがった主人公ことメアリーさんに神父様を取られる事になる」
「アポステリオリヒロイン……!?」
シアンが俺の言葉に目を見開いてがくがくと震えだす。
正直自分でなに言ってんだ的な感じになっているが、神父様相手だと相変わらずポンコツになるなシアン。
だけど別に的外れという訳でも無い。特にメアリーさんに至っては無自覚に他者を惹き込むような振る舞いを良くするし、神父様が惹き込まれる可能性もある。
「つまり……今早く行かないと取られるから、アピールした方が良いんじゃないか? 昨日のヴァイオレットさんみたいに」
「だだだ、抱き着く? 私が神父様に、ににに、ははは恥ずかしいけどアピールしなきゃリムちゃんたたたちにととととられれれれ」
「落ち着け、深呼吸だ深呼吸」
少し煽っただけでシアンがバグりだした。羞恥との間で葛藤している感じか。となると……もう一押しだろうか。
しかし押すとなると、これ以上煽ると本格的に暴走しそうだし、なにかアピールする方法を提案する方が良いだろうか。例えば抱き着くのではなくって、別のアピール手段。つまり……
「そういえば、ヴァイオレットさんは学園の制服を持ってきていたな。割と新鮮で良かったな……普段と違う服装って、やっぱりグッと来るモノがあるよな……」




