帰る間際の一騒動_2
息子、妻、元居候の発言に思い切り咳き込み、息を整えるまでに十数秒を要した。
整えてようやく話せるようになる頃には、咳き込んで目立った事による注視ではない視線が俺の方へと集まっていた。
やめてヴァイオレットさん、少し悲しそうな表情をしないで。毅然とはしているけどなんとなくいつもと違いが分かるので、そんな表情をされると慌ててしまう。
ロボの一糸纏わぬ姿を見たのは事実であるが、事故であったし近くの羽織るモノで一瞬で隠したし、ロボが「見ないで!」と裸を見られた事よりも、素顔を見られた事に対して動揺して泣きじゃくったので変な気持ちは一切湧かなかった。
「なので、ロボ……ブロンドの外見に関しては言うつもりは無いです」
「ロボ、見られるのがそんなに嫌なんですね……」
ロボ自身が恐怖する程変な外見では無かったのだが……呪いと火傷の痕はあったので、そこは当事者の意識の問題なのだろう。
一般的な日本人男性よりは女性の裸を見ている、というのも否定はしない。かといって前世のちょいエロ系少年・青年漫画のような展開は無く、あくまでも職業と学校の授業など何度かデッサンの授業などで見ているだけだ。あとは前世の妹とかもワンルームの影響で風呂に一緒に入らなくなった年齢になってからも何度か見た事は有った。
なのでイヤらしい気持ちで見た事は無い。少なからずグレイ以外のこの場に居る者達が思っているような意味での“見慣れている”という事は無い。
「生憎と異性の……そういう事に関しては不慣れです。今までは単純にそういった欲求よりもそれ以上の別の感情が上回っていただけなので」
そしてこれはなんの羞恥プレイだ。何故こんな息子や妻、妻の友達や女友達の前でこんな告白せにゃならんのだ。
「へー本当ですか、クロさんよー」
「シアン、今日確か神父様が帰って来るんだよな。昨日の件を果たすために全力でサポートしてやるから楽しみにしてろ」
「やめてくださいお願いします」
煽って来たシスターは居たがとりあえず黙らせておいた。
「まぁクロさんが女性に慣れている、という事は無かろうな」
「うん、まぁ……ないだろうね」
「ないだろうね!」
「……ないでしょうね」
そして俺の告白に対し、アプリコット達は納得というか初めから分かっているような反応をした。事実であるし納得してくれたのならば良いのだが、なんだろう、この複雑な感覚は……
ともかく、慣れている訳では無いので別にヴァイオレットさんの身体に興味が無いという訳ではない。
「ですので、その、見慣れているから、ヴァイオレットさんの、か、から……!」
「い、いや、すまないクロ殿。そこまでして言わなくて良い。その反応だけで充分だ」
そのことをどうにか言葉にしようと思うと、途中で止められた。なんだろう、すごく情けない。多分ほんのり頬が赤いヴァイオレットさんよりも俺の頬は赤いと思う。
「え、じゃあクロ。昨日もそうだけど私は何故平気なんでしょうか」
「さて、食器の片付けをするか。グレイ、運ぶの手伝ってくれ」
「承りました」
「クロ!?」
カナリアが何故無視するのかというように声を荒げたが、どう答えても良い返事は出来そうにないので無視して、既に片付いている食器をキッチンに運ぶために重ねていった。
カナリアの場合は……うん、綺麗でモデル体型ではあるのだけど、学園生活とかシキで一緒に暮らしていた頃を思うと、駄目な姉のようにしか見えないんだよな。情欲とか一切湧かない。
「くっ、やはりクロは胸が大きいのが好きなんですよ。だからヴァイオレットみたいなのに興味が大アリなんですよ!」
「ヴァイオレットさんに有らぬことを吹き込むのならお前の家の耳栓とアイマスク全部回収するからな」
「やめて、寝れなくなります!」
俺が食器を洗っている間に変な事を吹き込みそうであったカナリアにクギを差し、重ねた食器を持ってキッチンへと向かった。まぁヴァイオレットさんみたいなのに興味があると言うのは否定できない事ではあるけれど。
「ふぅ、まったくカナリアは……寒っ」
キッチンに皿を置き、小さく溜息を吐くとふと寒さに身を震わせた。
食べる所は暖房があるが、暖房が無いキッチンに来ると吹雪いているのもあり寒さをより実感してしまう。
「あはは、でもバイン! は男の子には有効だよね」
「クリームヒルト、はしたないぞ」
「でも事実じゃないのかな。ね、シルバ君?」
「そ、そこで僕に振らないでよ!」
「そうですね、私めもバインは好きです」
「弟子よ、パイナップルの事ではないぞ」
「でも男性が興味を持つのは確かみたいですよね。母性を求める、というものなのでしょうか。埋まりたいものだと本で読みました」
「本当になんの本を読んできたのだ、メアリーは……」
「懺悔でも偶にそういう懺悔はあるねー。母性に飢えているから触らせろ、的な」
「え、触らせるのシアン? シスターだから迷える子羊を救うの?」
「リアちゃん、シスターをなんだと思っているの。基本そういう手合いは適当にあしらうだけだよ」
皆が楽しそうに会話をするのが聞こえ、その中にヴァイオレットさんが入っている事に少し喜びを覚える。シルバも最初よりは敵対心を見せなくなったな……結局あの黒いオーラの早口の原因は分からなかったけど。
しかしこのままだと本当に帰れずに一泊延長しそうだな。別に構わない事ではあるが、その場合予定も崩れるからな。仕事だってあるし。
ロボが居れば空間歪曲石がある隣町まで行けるのだろうけど、メンテナンス中なら仕方ない。後は殺し愛夫婦が外で愛し合って奇跡で晴れる事を祈る位しか――
「……あれ?」
色々と考えていると、ふと気になった事があった。
先程はスルーしたけれど、思い返すと疑問に思うような事。
聞けば納得出来るような回答がすぐに返ってきそうだけど、聞けば逆に俺に対して疑問を持たれそうな事。
「……なんであの言葉が出て来たんだ?」
少し遠くに聞こえる皆の喧騒を聞きながら、俺は妙な違和感を覚えていた。




