すべてをまとめて
事後処理に追われていた。
シュバルツさんの暗殺未遂の件は俺とグレイ、ヴァイオレットさんとスノーホワイト神父、そして依頼には関わっていなかった監視者以外には広まってはいない。
数日経てば公爵家から今回の件についてのなにかしらの反応が来るだろう。
だが他の領民などにはフェンリルがシキに迷い込んだという風に説明してある。
モンスターの領域から逸れたフェンリルがシキに降り立ち、それを俺やヴァイオレットさん達が協力して打倒しグレイなどが捕縛した、という筋書きだ、
実際はシキの住民の特異さを鑑みたシュバルツさんが引き連れたのだが、それを説明するわけにもいかない。
『そうか、フェンリルには申し訳ないことをしてしまったな。確かに精神面の安全を保障するためには引き渡しが良いだろう。……ま、あの子らしい結末かもしれない』
とはシュバルツさんの弁。元より周囲の同族を攻撃する気性の荒いヤツを連れて来たみたいだ。
ともかくB級ランクのモンスターが野生として町を襲ったという事実は、直ぐに近隣の町に届き、また他のフェンリルが襲い掛かってくるかもしれないと、警戒態勢が敷かれた。ちなみにもう一つ上の危険度A級は竜とか幻想種の類なので、B級が基本的に一般人の脅威の象徴と言える。竜は多分学園の地下に眠っているけど。殆どの人は知らないが。
状況の共有、シキの周辺調査及び警備の強化。それに伴う費用の捻出とこれからやってくるだろう軍の兵士への説明資料作成。……今のうちに少しずつでも片付けなければ、後々が面倒になる。
「愚痴を思っても仕方ない、今は一人なんだし」
グレイは被害があった場所を魔法で補修するのと、捕縛者として引き渡しを行っているし、ヴァイオレットさんは魔法と怪我と、雨に濡れたせいか微熱も出たので部屋で休ませている。落ち着いて寝ついたので、今の内にと仕事をしているわけではあるが
とにかく、現状は一人でやれることは今の内にやっておかないと……
「クロ殿、資料をまとめておいた。後はサインだけで大丈夫だ」
資料を作成しては文章とにらめっこしていると、ヴァイオレットさんがまとめてくれた資料を渡してきてくれた。見るとまだやっていなかった項目の資料であったので非常に助かるものであった。
やっぱりヴァイオレットさんは優秀である。俺も見習いたい……?
「あぁ、ありがとうございます、ヴァイオレットさ……ん?」
あれ、なんでヴァイオレットさんがここに居るのだろう。
そうか、手伝いに来てくれたのか。ありがたいことだ。
「って、なんでここに居るんですか、寝てないと駄目じゃないですか!」
俺は受け取ろうとした資料を取り零し、勢い良く立ちあがる。
ほんの一、二時間前は静かに寝ていたはずなのに何故こうやって仕事をしているんだ。
「もしかして監視している人がこっちに来て、それで無理して起きて来たんじゃ……?」
「いや、監視の者は元より1ヵ月程度でここを離れる予定だったからな。それに昨日の騒動であまり私にまで気が回っていないらしい」
監視の人が1ヵ月ってそれは大丈夫なのだろうか。確かに複数人がずっと居るのもどうかと思うが、てっきり俺は隠れて一人か二人は監視しているものだと思っていたが。
しかし、なら何故ヴァイオレットさんがここに居るのだろう。
「今ここに来たのは、その、だな。確認したいことがあってだな」
「確認したいこと、ですか?」
ヴァイオレットさんは頬を少し朱に染め、言い辛そうに口籠る。
熱で顔が赤い……などではなく、照れているのだろうか。
「昨日のことなのだが、その、指輪を渡してくれた所までは覚えているのだが、その後の記憶が曖昧で……」
昨日のことを思い返せば、弱っている所を見られたうえに泣きじゃくっていたのだ。本人にとっては恥ずかしいことなのかもしれない。
うん、暴走して服を脱ごうとしたり、キスをせがんだり、おんぶをせがんだりといつもであればしない事ばかりだったからなぁ。……服は会った初日に脱いでいたのでどうとも言えないが、あれはあれで自棄であっただろうし、ノーカウントだ。
ちなみにあの時は結局、シアンもアプリコットも含めてどうも熱があっての暴走であった(ある意味通常運転だった気がするが)。熱だけではなく、慣れない魔法の影響もあるのだろうが。
「実は昨日のことは私の妄想で、もしかして指輪のことも私が妄想で受け取り、自分で作って自分で指輪をはめているのではないかと」
「それ寂し過ぎじゃありませんか」
事実だとしたら重症である。
「でも、そうですか……あれは夢だと思われていましたか……」
「ち、違う! クロ殿の言葉は覚えているとも。俺は貴女の味方だ、家族として共に支え合おう、貴女がいいんですと言ってくれたのだろう!」
やめて、改めて言わないで。
覚えてくれたのは嬉しいけど、夜のテンションじゃない今言われると顔を手で覆いたくなる。
「だけどやはり不安なのだ。その、私は不愛想で、周りが見えなくて、高慢で、紙飛行機で……」
この人紙飛行機の意味分かっているのだろうか。
あの紫水晶の紙飛行機はファンからの愛称で(多分)この世界で称しているのは居ないと思うけれど。言ったのは俺だが。
それにヴァイオレットさんは自分の欠点を言うけれど、俺だって悪い所なんて山ほどある。
「なにを言っているんですか。俺だって悪い所なんて色々ありますし、完璧な人なんていないでしょう?」
「だが直してほしい所があれば、直すように努力する。だから……」
ヴァイオレットさんはその後の言葉を言い辛そうにする。
だから、なんなのだろう。
「……見捨てないでくれるか?」
……うん、とりあえず。その部分は俺にとっては直してほしい所だから直してもらおう。
これでは弱っている所につけ込んで俺に依存させているだけではないか。
「そもそもですね、ヴァイオレットさんが俺を見捨ててもいいんですよ」
「いや、クロ殿には恩義がある。私がそのような――」
「貴女は俺の所有物ではないんです」
助けたから命令を必ず受け入れろとか、一生傍に居続けろとか言うつもりはない。
そんな一回や二回助けた程度で、都合の良い大好きな存在になって欲しいだなんて傲慢にはなれない。
「貴女が逃げたければ逃げればいいし、見捨てたかったら見捨てればいいし、我が儘を言いたかったら言えばいいんです。俺は、それを全部ひっくるめてヴァイオレット・ハートフィールドを好きになりたいんです」
それに俺は元々ヴァイオレットさんを登場人物としてしか見ていなかった、というのもある。だから俺は知っていきたい。嫌だと思う事もお互いにあるだろうけど、それを全てまとめて家族として過ごしたい。
「……すまない。私はまた間違えてしまったな」
「いいですよ、むしろ普段の仕事ぶりから考えると、こういう時に説教でもしないと俺の立つ瀬がないです。どんどん弱み見せても良いですよ」
「説教とな。――ふふっ」
あ、笑ってくれた。
良かった。気を張っていてあまり笑ってくれなかったから笑顔でいてくれるのならば嬉しいモノである。
「それで、だ。ここに来た一番の理由なのだが」
コホンと一つ、咳払いをするとヴァイオレットさんは俺の左手を取る。
「私からの返事がまだだと思ってな」
こちらを改めて真っすぐ見て、柔らかい微笑みを作りながら、
「様々な迷惑はかけるでしょうが、これからも末永くよろしくお願いします。――私も貴方の傍に居て、共に支え合います」
珍しく丁寧な口調で、俺の指輪に手を触れながら返事をしてくれた。




