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敵はなんの捻りもなく(:菫)


View.ヴァイオレット




 ――ああ、足が痛い。


 まさかモンスターに襲われ、土の泥濘で足を滑らせるとは思わなかった。

 今は雨風を凌げる洞窟でアプリコットや途中で合流したシアンさんと休んではいるが、これでは木乃伊取りが木乃伊になる、というヤツではないか。

 

「アプリコット、すまない。処置まで施してくれて」

「ふ、案ずることは無い。我が魔法は聖なる覇道を捨てた故に闇と()を冠するものである。為れば汝が傷痕を癒すのに暫しの安寧を得るのも悪くはない」

「そうか、ありがとう」


 うん、相変わらずなにを言っているかは分からない。

 恐らくは、気にするな、治療魔法は得意ではないので応急処置程度しかできないが、安静にしているがいい、とそんな感じの事を言っているのだとは思うが。


「ところで、包帯をよく持っていたな。ローブのポケットに仕舞っていたのか?」

「いえっ、それは私が巻いていた……いや、なんでもない。何時眷属に必要となるか分からぬからな。我が悪魔の右腕(イビル・ゲート)に封印を施していただけのことだ。その力の一部に過ぎない」

「そうか」


 イビル・ゲートとはなんだろうか。この状況を無事超えることが出来たらクロ殿にでも聞いてみよう。……無事でいられたら、だが。

 私達が襲われたのは、攫った狼と同じ狼タイプのモンスターではあるが、この周辺ではまず見ないタイプのモンスター【フェンリル】。

 全長は2mを超え、魔法攻撃を減衰させ、強靭な肉体は重装備の兵の鎧ごと一撃で屠るとされている。


(いった)いなぁ。下手に刺激しちゃってこっちを敵認定したから、いずれ追い駆けてくるだろうな」

「……申し訳ありません、シアンさん。私を庇ってもらって」

「いいよいいよ。急に襲われたんじゃ、一々そんなこと考えてられないって」


 本来子やフェンリル自身を傷付けたり、領域を犯したりしない限りは襲ってこないモンスターだ。にも関わらず私達の前に現れたフェンリルは、私達を唐突に襲ったのである。

 何故、という疑問は浮かぶ。しかしそれを考えている余裕はなく、シアンさんが一撃を喰らわせ気を引き、比較的魔法や戦闘に慣れている私とアプリコットで時間を稼ぎ他の人達を逃がした。

 多少の傷を負わせ怯んだ所で逃げようとしたが、私が土に足を取られてしまい倒れ、そこに襲い掛かってきたフェンリルに対しシアンさんが庇って軽い怪我をした。……シアンさんがカウンター気味に拳を放ち、フェンリルの眼を抉ったのは正直驚いている。おかげでフェンリルは逃げ出したのだが。


カー君(カーキー)達がシキに戻って状況を報告してくれれば良いけど。シキにはクロ達も戻ったっていう合図をしていたし、避難とかしてくれたらなぁ……い、っつ」

「シアンさん、庇った時の傷が……!?」

「大丈夫、だいじょーぶ。私の治癒が下手だからちょっと違和感があっただけだよ。心配ありがとね、イオちゃん」


 大丈夫と本人は言うが、僧衣の一部が破けた合間から見える包帯が若干赤く滲んでいる。本人が苦手という回復魔法をかけたお陰で今は塞がっているが、動くと痛むのは確かだろう。


「それよりもそろそろ動かないと。嗅ぎつかれる可能性もあるし」


 確かにこうして休んでいる余裕もない。

 下手に動くのも良くないが、フェンリルは鼻が利く。アプリコットが【空間保持】や【気配遮断】を使ってくれているが、これらは一定の範囲しか効果を発揮しない。私やシアンさんの血の匂いに釣られてこんな行き止まりの洞窟で見つかってしまえば、逃げることは出来ないのだから。


「では(われ)が先行します。シアンさんとヴァイオレットさんは我に続いてください」

「そうだね。怪我をした私達が先行するより、その方が良いかもしれない」

「……すまない。頼めるか」


 自分自身に腹が立つ。戦闘を学園や家庭教師で学んできたとはいえ、実践ではなんの役にもたっていない。今も年下のアプリコットに先導を任せてしまっている。

 貴族がこうした危機的状況で足手まといになってどうする。私が足を取られなければ逃げられたかもしれない。シアンさんも怪我をしなかったかもしれない。私が地形になれていればこの3人でフェンリルを打倒することも可能であったかもしれない。

 かもしれない、などという仮定など捨てなければならない。

 だが、この状況はどうしても――


『キミは本当に人を見ないんだな』

『貴女の行動が迷惑を掛けているという自覚は無いのですか』

『貴殿の行為はあまりにも目に余る』

『俺は身勝手なお前を好きになれない』


 ――駄目だ。思い出すな。

 昔の言葉は今は関係ない。今の反省は後でしろ。今は生きている幸運を喜べ。今の打開策を常に考えろ。

 伯爵の言葉は無視をしろ。殿下の近侍(バレット)の言葉も考えるな。騎士団長の息子の言葉は気にするな。殿下の言葉も今は関係ない。

 今はただ、少しでもこの状況を――


「イオちゃん、どうし――っ? なに、これ――?」

「シアンさん? 急にどうし――?」


 ……シアンさん? アプリコット?

 急にどうした? 何故急に頭を押さえて……倒れ、て……


「くっ、これ、は……?」


 なんだ、これは。

 唐突に襲い掛かってきた眠気と倦怠感。それは足の痛みと関係なく立っていられなくなるような、身体の自由を奪う感情の波。

 魔法? だとしてもフェンリルがこのような魔法を唱えられるとは聞いたことがない。ならば他のモンスター、あるいは――


「やぁ、こんばんは」


 そう、あるいは。

 モンスターとは関係ない、人為的な魔法の行使だとすれば。今私達の目の前に現れた洞窟の入り口に立つ人間が行ったとすれば。それは明確な悪意に他ならない。


「すまないが二人には眠ってもらったよ。安心したまえ、怪我はさせないよ」


 ああ、やはり、警戒は間違ってはいなかった。間違いではなかった、が。あの子供を心配そうにしていた表情や、楽しそうに遊んでいた様子も嘘だと思うと、少し悲しくなる。

 そこに居たのは――


「それでは、依頼通りキミを殺させてもらおう。ヴァイオレットくん」


 片目を失ったフェンリルを背後に連れたシュバルツが、そこには居た。



アプリコット

実力のある中二病患者の14歳。

怪我をしていないのに包帯を巻いたり魔女のようなローブと大きな帽子を着ている子。眼帯(封印されし右眼)は前後不覚になったので外ではしない。

今回は雨の中のローブであったので雨を吸い割と服が重くて大変だったりする。だが脱がない。

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