誓います
「――そして今まで妻と愛を育んできました」
グレイへの想いを再確認した後、続く言葉で気持ちが切り替わる。
――妻に愛、か。
俺は結婚をする事はない。
別に結婚をする事だけが幸せという事でもない。
事実血の繋がりは無いとはいえ子供もいる。
家族の形は様々だ。
人を愛する勇気も、愛される努力もしていない。
だから結婚できない。しなくても良い。
言い訳だけはつらつらと出てきつつも、深くは考えず俺は何処かで【結婚】や【妻】というのは自分とは違う世界の存在などと思っていた。
しかし意図せずその二つが同時に出来た時、面倒で難しいが可能なら仲良くなりたいとは思った。なにせ初対面前に結婚していたという特殊な状況とはいえ家族となる存在だ。居場所を大事にする俺にとっては重要である。出来れば居場所を嫌な空間や恐れて気を使うだけの場所にしたくはない。だから少しでも良い関係、良い夫婦になれるよう努力はしようとした。
――しかも相手が【悪役令嬢】だ。
俺と突然結婚が決まった女性。それはこの世界によく似た世界を描いた乙女ゲームに出てくる、どのルートを辿っても酷い結末を迎える、シナリオライターは彼女に恨みがあるのか、もしくは倒錯した愛があるが故のこの扱いなのかと思わせる、性格の厳しい悪役令嬢であった。
名前を言われてふと思い出し、そういえば俺が生きているこの世界はそういう世界だったと勘違いを再認識し、これから来る波乱の結婚生活に頭を痛めた。正直言うなら結婚報告を受けてから彼女が来るまで、場合によってはグレイとか連れて逃げ出そうかと思ったくらいである。なにせ破滅に巻き込まれる可能性が高いし、性格も歩み寄る隙も無いような女性だと思っていたから。
――でも、違った。
彼女は間違いなく、俺と出会う前は悪役令嬢に相応しい振る舞いをしてきた。
高慢で融通が利かず、身分による差別が激しく、自分の想い人に近付く女性に嫉妬しあまりよくない事もした女性。
けれど俺と出会った時の彼女は思っていた彼女とは違っていて、泣き崩れる彼女を見た時に俺はグレイの時からなにも成長していない、相手の強さに依存した接し方しかしていないと知った。
自分から初めて女性にアプローチをした。異性への好きという感情は、まだ親愛や友愛との違い分からなかったけど、自分なりにこの人と供にあろうと前へ進んだ。
「育んできだ愛をこれからも離す事無く――」
その後は俺なりに上手くやれたしいったと思う。
多くの困難――先ほど言ったような規模が大きすぎてピンと来ない困難や、自分が無意識で思ってはいても口にして使っていなかった言葉があったとか、そりが合わないと思っていた彼女が嫉妬し追い出された人達との和解とか、色々あった。
あったが成果は上々だったといえる。
振り返ればもっと上手くやれた所はあるし、さらに良い結果も出せた部分は多くある。けれどもう一度この一年ちょっとを繰り返すとなれば、今以上の良い結果になれたかと胸を張っては言えない。それほど綱渡りで、かけがえのない事が起きすぎた。
暗殺者なんてものを脅した。
オークを改造して顔を殿下にするなんてやつと戦った。
学園祭で闘技場で戦う事になった。
強化されたワイバーンの群れと戦った。
第一王女と知らぬ間に協力してテロリストを鎮圧した。
操られた前世の妹と再会し誘拐犯達をぶっ飛ばした。
キメラを格好つけるために自分で倒そうとした。
教会に捕縛された後に影と戦った。
ミスター&ミス・ミセスコンテストなんてものをやった。
第二王子が愛ゆえに全てをかけて全てを壊そうとした。
スパイを捕縛してちょっと変わった吸血鬼とも仲良くなった。
未亡人風騎士団副団長妻がハニートラップを仕掛けてきた。
子爵になって騎士団と戦った。
第二王子の妻が愛ゆえに開けてはいけない扉を開いた。
蜘蛛を喰う蝶のような女性が世界に夢を見せた。
女神が現代に現れた。
俺が好きな女性を寝取った男のように勝負を挑まれた。
妻の下の兄が夫婦喧嘩で来たので対応した。
妻の上の兄が息子を含めた学園生を襲った。
夢の世界が出来た事により俺が二人になった。
夢の世界から脱出しようと不思議な立場の皆で協力した。
神の半身が世界を壊そうとした。
……所々自分で言っておいて「なに言ってんだ」という感じがする所があるな。
ともかく、知っていると出来ない事がある。知らないからこそ出来た事がある。
それは知っていると恐怖を知っているから身が強張るとか、知らない間は未知に対する好奇心が勝ったから恐怖を忘れる事が出来たとか、色々ある。
が、知らない事ばかりだったからこそ乗り越えて、今この場に立つ事が出来ている。
かつて乙女ゲーム世界だからと動こうとした俺が痛い目を見たように、知らないからこそ必死になって未来を勝ち取る事が出来た。
俺はそれを誇りに思える。
今の自分は俺が今から言う言葉を告げる事に迷いなく出来る。
「――妻を生涯を通して愛す事を誓いますか?」
そんな俺が問いに対して答える言葉は一つだけ。
「――誓います」
俺は自分とまだ見ぬ未来に対し、宣言した。




