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朱と混ざる色_4(:朱)


View.ヴァーミリオン



 悪役令嬢。


 俺の元婚約者は、この世界とよく似た舞台でそう呼ばれていたらしい。

 それを聞いた時は、正直言えば「そうだろうな」と納得していた。

 もちろんこの世界とは違う物語の話だろうが、ヴァイオレットを学園での物語の配役として当てはめるのならば、それ以上に相応しい役名はない。

 我侭、自分の正しいと思う事は絶対であり、外れると小言や大声で指摘をし、身分による差別が激しい。

 ……知ってはいる。

 我侭なのは自分のためではなく秩序を遵守しようとした結果である事を。

 バレンタイン家の教育で貴族としてのあり方を絶対とした、真面目ゆえの融通が利かない行動であった事も。

 けれどだからと言ってあの時の行動は許されないと今でも思う。

 しかしヴァイオレット自身は悪ではない。

 そう思えるほど、ヴァイオレットは悪ではないが、悪役だった。


「今、時間は大丈夫か?」


 そして俺は元悪役令嬢であるヴァイオレットに声をかけた。

 元婚約者の結婚式。一方的とも言える別れをした相手。

 本来なら式に出席する事も前代未聞と言えるが、出席している者達にとっては誰も此処で話す事がおかしく無いと思っているという、不思議な状況で俺は話しかける。


「大丈夫ですよ、ヴァーミリオン殿下。丁度クロ殿もブライと話していて空いた所ですし」


 近くで見ると細部のこだわりが見え、さらに素晴らしいと感じるドレスを着た、俺に敬語で話す元婚約者。

 表情は笑顔でもないのに溢れんばかりの幸せだと告げる雰囲気が漂い、見ているだけでも幸せが共有されそうなヴァイオレット。かつて周囲に圧だけを振りまいていた彼女は何処にも居ない。


「なにかトラブルでも?」

「あったとしても主役である新婦に対処を任せようとはしない」

「かもしれませんが、なにせクロ殿もシアンも今まさにトラブルに騒いでいる所ですし、例外は付き物ですよ」


 そう言うとヴァイオレットは話に上がった二人を見る。

 クロ子爵もシスター・シアンも、スーツやドレス姿なのに変わらず普段のようなやり取りをしている。だが何処か普段よりもっと気楽でバカ騒ぎをしている事に微笑みを浮かべていた。


「確かに例外は付き物だが、例外だらけの場所だからとは素直に認めたくないな。同時にあの光景もシキだからという言葉で納得し、日常に見える俺はシキに慣れて来ているようだ」

「殿下もシキに慣れ、適応力が上がる一助になり領主として喜ばしいです」

「言うようになったな」

「言えるほど心に余裕があるのです。なにせ私は結婚二年目の新婦なのですから」

「はは、そうか。ではその幸せに溢れる新婦に、俺は祝いの言葉をかけに来たんだ。夫の言葉と比べると俺の言葉など幸せには欠けるだろうが、第三王子の祝いの言葉としてありがたく思い、受け取ってくれ」

「ふふ、なんですそれ」


 互いに冗談を言い合い、笑い合う。この会話に元婚約者という気まずさも追い出し追い出された関係性という息苦しさも無い。あるのはただ、別の異性を好きになった知己の男女による気安さだけだ。

 そして笑い合い、俺は一旦一呼吸を置いてからヴァイオレットにお祝いの言葉を告げる。


「結婚おめでとう。今日のヴァイオレットは、間違いなく世界一綺麗だな」


 なにを言うべきかをここに来るまで悩み、悩み考えていた言葉はドレス姿のヴァイオレットを見た事で全て忘れてしまったため俺は思っていた事をそのまま口にした。

 予想外の言葉だったのかヴァイオレットはきょとんとした表情になったまま言葉を続ける。


「そのように言われるのは嬉しいですが、メアリーに不機嫌になられてしまいますよ? それに友人に嫉妬されるのも正直困るのですが」

「安心しろ。今日一日の一度だけは浮気を許されている」

「え、ええと……」

「まぁ混乱も困惑もするだろうが、今更よりを戻したいという意味ではない。俺の元婚約者は外見も内面も、今この時、世界一綺麗だと思えた。それだけだ」


 ヴァイオレットは困惑の表情だったが、俺の言葉を聞き終えると笑みを浮かべて、優雅に礼をする。その様子は昔から綺麗だと思うような見覚えがあるものであり、間違いなく今まで見て来た中で最も綺麗な所作であった。


「では素直に受け取らせて頂きます。ありがとうございます」

「なんだ、世界一綺麗だと思える女を取り逃して悔しいか、という過去に捨てた男への嫌味はないのか?」

「貴方がその嫌味で悔しがったところで、私の幸せに影響は無いですからね。貴方の不幸は私にとって幸福にはなりえないのです」

「はは、なるほどな。確かに影響するとなると、俺の存在が大きいという意味だからな。自惚れだったか」

「ただ貴方の幸福には困りそうですけどね」

「そうだろうな。俺もヴァイオレットの幸福は嬉しくあれど、過剰に夫婦仲が良い所を見せられて困る事が多い。だから同じように困るであろうメアリーとの幸福を今の内に謝罪は――しない!」

「しないのですね!」

「ではヴァイオレットはするのか?」

「しませんね!」

「だろうな!」


 互いに自重する気はない。そんなある意味では分かり切っていた事を確認し合い、そして二人して笑い合う。俺はまだこの二人のようにはなってはいないが、いずれメアリーと幸せ溢れる付き合いをする予定……確定事項をする。これは譲れないし、アッシュ辺りに愚痴を言われそうだがやめる気はない。流石に公共の場は出来るだけ避けるが。出来るだけは。


「しかし、変わられましたね殿下。メアリーと婚約……付き合ったから余裕が生まれ、軽口を言えるほど舞い上がっているのですか?」

「否定はしない。結ばれる、想いを確認し合うというのはこんなにも素晴らしかったと身に染みて感じている」

「感じるのは構いませんが、舞い上がりすぎて二年連続二回目の婚約破棄とかはしないようにしてくださいね?」

「俺をなんだと思っている」

「顔のモデルがオークの元婚約者でしょうか……?」

「逆だ! モデルが俺!」

「ええっ、そうだったんですね!?」

「驚くな!?」


 初めて出会ったのは幼少期。当時は綺麗な女の子だと思った。

 何度があって会話をした少年期。段々と嫌いになった。

 成人する頃には、期待をする事すらしなかった。


 けれど今はこうして、互いに違う異性を好きになり、今までで一番一番仲良く話せている。

 こうなったのは結果論ではある。偶然と奇跡の重なりが今を作っている。

 だからこそこれからも、幼馴染でも婚約者でも親友でもない、大切な友人である彼女と、長い時をこの関係性で居られるように願う。



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