噂という名の情報_5
アゼリア学園の推薦、というのはとても珍しい、と言う程のものではない。
クリームヒルトさんやメアリーさんも錬金魔法の使い手という事で推薦であるし、攻略対象であるヴァーミリオン殿下やシルバ・セイフライドなども推薦を受けた者だ。
ようは“ある程度特殊な実績や立場・魔法”などを有すれば推薦対象となる訳ではある。そして推薦されれば入学試験が一部免除されたりする。
具体的には様々あるのだが、その辺りの細かい事は置いておくとして……
「グレイが、推薦ですか。飛び級も含めた」
「ああ。ノワール学園長のお墨付きだ」
しかもシュバルツさんの情報通りノワール学園長の推薦。
……なにが企まれている?
これが四年後位にB級モンスターを屠ったりするなど然るべき活躍をした、とかならば素直に喜ぶべき事なのだろうが、今喜ぶなんて事は出来ない。
なにせグレイは魔法に優れているのは確かとは言え、それが対外的に認められるような事は起きてはいない。
ノワール学園長が魔力を見極める能力に長けていたとしても、一度しか首都に行っていないようなグレイが推薦を受けるとは考えにくい。
「ほら、推薦状だ」
「……拝見させて頂きます」
俺はヴェールさんから推薦状を受け取り、不思議そうにも興味深そうにしているグレイにも見えるように推薦状を開く。
間違いなくノワール学園長の名前、偽造防止用の印などが記された推薦状であり、宛名もグレイ・ハートフィールドになっている。
書かれている内容を見ると要約すれば“魔法能力に優れた一員として、飛び級特別枠として学園に迎え入れたい”という趣旨のものだ。まさに立派な推薦状である。であるが……
「ヴェールさん、失礼ですがこれは本当にノワール学園長が自身の意志で書かれたものなのでしょうか」
俺は読み終わると、グレイも読み終わっていたのでヴァイオレットさんに推薦状を渡しヴェールさんに問い質す。
ハッキリ言って、信用が出来ない。第二王子が嫌がらせとかグレイを潰すために権力を使って推薦した、という見方しかできない。
「そこは安心したまえ。これは間違いなくノワール学園長が内密にしたためて私直々に届けさせた推薦状だ。以前見た学園祭でグレイ君という才能に惚れたから、推薦したと言っていた。そう、内密に、ね」
ヴェールさんは紅茶を飲みながら俺が心配しているだろう事を見抜き、強調して告げる。そのついでとばかりに内密事項を知っていたシュバルツさんの方に視線を向けるが、シュバルツさんは飄々とした表情で視線を受け流し珈琲を飲んでいた。
「ノワール様……ですか。確かに学園祭最後のパーティーの際に私めの方を見られていたとは思いますが……特に魔法を見せた記憶は無いのですが」
「学園長先生は魔法能力を見破る能力に長けているのですよ」
ヴァイオレットさんと一緒に推薦状を見ていたメアリーさんが、グレイの疑問に対して答える。
そういえば現役の推薦を受けたメアリーさんが居たな。俺の知らないような色々と隠されている設定も知っているだろうし、メアリーさんに聞くと良いかもしれない。
「学園長先生に認められれば大成する、顧問である生徒会は入れば将来を約束される、生徒と並んでも遜色ない若さで生徒会に入れば光でやられる、推薦を受けて一年間話しかけられなければ見限られた証拠、など色々噂はありますが、ともかく優秀な生徒を見定める事が上手いんです」
なんか途中おかしいの無かっただろうか。
「そんな学園長直々に飛び級推薦状が来たという事は、余程の才能と見られたのでしょうね」
「私めが、ですか」
「ええ、学園長先生の目は確かですから」
対外的には見破る力に長けているというだけではあるが、実際はアプリコット辺りであればなにか二つ名を付けそうな、なんか凄い目を持っていたはずだ。
「……どうするべきなんでしょうか、クロ様、ヴァイオレット様」
状況を理解できないでいたグレイだが、しばらくすると俺とヴァイオレットさんを交互にみて不安そうな表情をする。
グレイもなんとなくではあるが、喜ばしい事が起きているのは分かるのだろう。この推薦を受ければ尊敬しているアプリコットとも同じ学園生活を過ごせるかもしれないし、魔法のワンランク上を学ぶことが出来る。
しかしシキを離れる寂しさもある。それに俺とヴァイオレットさんは学園を退学した身で、首都でもあまり評判は良くない。グレイの身に危害が及ばないとは限らない。だけど……
「グレイ、まずは自分がどう思うんだ? この推薦状を見て、な」
「私めの意見ですか……」
まずはグレイがどうしたいか聞かなくてはならない。
グレイはまだ子供だが、自分の事はある程度自分に決めさせなくては。推薦状への不安などはあるが、まずは推薦状を見てグレイ自身がどう思うのかを確認しないといけない。
「私めがですか……確かに見られていましたが、あれは……」
グレイがまだ迷っているかのように先程も言っていた、見られていた時の事を呟きながら推薦状を見る。
例え意見が俺達のとっては寂しい事で、不安な意見だとしても意思を尊重すべきで、成長を喜ぶべきだから意見を押し付ける訳にもいかない。
「あ、そうです。思い出しました」
「なにがだ、グレイ」
「見られていた時の事を思い返していたのですが、学園長先生様が私めを見ていた視線は……」
「ああ」
「ブライ様が偶に私めを見る視線と同じものだったのを思い出しまして」
『…………なに?』
だけどグレイの言葉に、俺とヴァイオレットさんの動きが止まり、同時に疑問を浮かべた。
メアリーさん達は俺達の反応を不思議そうに眺めるが、そんな事はどうでも良い。
「ブライさんと同じ視線?」
「はい。あの時の視線を思い返したのですが、ヴェール様が以前クロ様に向けられていた視線を思い出しまして。それがブライ様と一緒であったのです」
「……それがノワール学園長から向けられていた、と?」
「はい。同じ視線を向かられるという事は、やはり私めに保護欲のようなものを感じたのでしょうか」
「………………」
「クロ様?」
俺はその言葉を聞くとヴァイオレットさんの方へ向き、視線が交わる。
そして無言のまま頷く。今の俺達に会話はいらない。
「シュバルツさん。今すぐにノワール学園長について調べてください。お金はそうですね……このくらい出します」
「お、おお、随分と出すね。もしかして裏でなにか繋がっていないかという事かい? まぁ行商の仕事としての範囲なら大丈夫だが……」
「いえ、学園長の性癖だけで結構です」
「は、せ、性癖……?」
「ええ、性癖です」
シュバルツさんは俺の行動に戸惑いつつも、メアリーさんやヴェールさんに対して気を使って行商としての範囲とぼかしていたが、とりあえず調べて欲しい事が分かればモンスターによる情報収集だろうと行商だろうと何方でも良い。
「クロ君。ノワール学園長は私にとっても恩師で同じ相手に仕え、仕事をこなす者だ。私の前で調査など――」
「ヴェールさん。もし調査をしてくれれば腕を十分間触り放題です。舐めるのは禁止ですが、以前やりたがっていた頬擦りもOKです」
「両腕か! そして直肌か!」
「構いません」
「よし、やってやろうじゃないか!」
ヴェールさんにあまり良くない約束をするが、この際どうでも良い。
大切な息子のためなら俺のトラウマが増えた所で軽いものである。
「メアリー。学園に戻ってからで構わない。学園長を調べてくれ。確か生徒会にも何度か入っていたはずだな」
「どうしたのですヴァイオレット。こ、怖いですよ?」
「頼む。私もクロ殿も学園には入れない。学園長に近付きやすいお前が頼りなんだ……!」
「頼り……! おお、友情っぽいです。良いでしょう。やってみせます!」
「ありがとう、メアリー……!」
よし、ヴァイオレットさんもうまく調査を取り付けられたようだ。
杞憂で済めばいい。だが、息子の身体が狙われているかもしれないのに落ち着いてはいられない。
「……何故でしょう。以前教わったモンスターペアレンツという言葉が浮かぶのは……。いえ、私めを大切にしている証拠なのですよね。これが親子愛なのですね!」




