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~控え室から、控え室へ。-黒と菫-~


~控え室から、控え室へ。-黒と菫-~



「オラァ、ドレス姿を突発的に見に来ましたよヴァイオレットさん!」

「「ムードもなにもない!?」」


 ヴァイオレットさんの控室をノックをして、返事があったのでそのような事を言いながら勢いよく中に入ると、既に来ていたバーントさんとアンバーさんに驚かれた。言われている事自体は事実なので否定はしない。


「ぐふぅっ!」

「ぐふっぁ!」

「「御主人様と御令室様が同時によろけた!?」」


 なにせ勢いよくいかないとこのように、ヴァイオレットさんのドレス姿のあまりもの素晴らしさにダメージを食らい中に入るに入れなくなるからな! ヴァイオレットさんも何故かダメージを受けているが、そういう事もあるだろう。なにせ試着の時も似たような感じだったからね!


「ふ、ふふ、素晴らしいですよヴァイオレットさん。俺が(つく)った衣装がここまで素晴らしくなるとは。まさに素晴らしいという言葉以外で表現する事こそが、陳腐と思ってしまうほど素晴らしさです」

「ふ、ふふ、そちらこそだクロ殿。元々覚悟をし、クロ殿が来た時に平静を装ってスーツ姿を堪能をしようとしたのだが、今日この日にスーツを着たクロ殿を見て素晴らしいという辞書の項目が今の姿と現せるほどの衝撃だ……!」


 バーントさん達が「いつものやつなのか……?」というような表情で見ている気もするが、同時に納得したように頷いている。スミレさんだけは取り残されている様子だが、どうにかこの状況を理解しようとしている様子である。


「しかし、神父様と一緒に互いの相手の衣装を見てこよう、という話になり来ましたが、来て良かったですよ。もし今のヴァイオレットさんを式の最中に見たらそのまま倒れて式どころじゃなくなっていたかもしれません」

「私も似たような意見だ。だが、それでもお互いにここで終わってなるものか、と思い復活して耐えそうだがな」

「それは確かにそうですね」


 俺とヴァイオレットさんは体勢を立て直し、小さく笑いあった。確かに式で見た方が衝撃もダメージも大きいだろうが、気絶してはこれ以上幸福を味わえないと意地でも耐え抜くだろう。


――無理にでも入って良かった。


 ……正直言うと、スノーの奴には色々言いはしたが、控室前に入る時に俺はちょっと躊躇った。スノーのような迷いがあった訳ではないが、緊張があったのは確かである。

 自分は今回憂いなく仕上げまで縫う事が出来た。今までの中で最高のドレスを縫えたと言っても良い。

 だが実際お披露目……出来を、本来の目的で使う瞬間を見る時はどうしても緊張するというものだ。

 スミレさんの着付けもあるし、なによりヴァイオレットさん本人が大抵の服は着こなすとはいえ、緊張も不安もあるというものだ。自分の仕事に誇りがあるから緊張も不安もなく自信があって堂々としている、というような領域に俺は立っていないのである。


――ああ、本当に素晴らしい出来だ。


 けれど今日。今までの自分とは違う自己評価を抱けるような事が起きた。

 最愛の女性が、俺にとって最高のドレス姿で、髪も化粧も仕上がっている。

 想定通りの延長線で上回っていて、その一つを俺が担っているという事実が、俺は心から誇らしく思う。


『――良かったな、クロ・ハートフィールド! 愛しの妻はお前が作った服で花嫁になったぞ!』


 そして、誇らしく思うと同時にどうしても忘れたい過去が俺の思考を支配し、一瞬で消えた。

 あの姿、ベールをかぶった頭部のみ位の彼女自体はヴァイオレットさんではない。けれど最高のドレス姿を見る事によって思い出す(フラッシュバック)する程度には衝撃的で、忘れたい事であった。

 カーマインはノアの方舟の件では感謝している。けれど許す事は出来ないし、今も俺の思考を予測して楽しんでいるかもしれないという事実が、俺の最高の日に陰りを差し込ませた。


「スミレ。あとで口紅の塗り直しを頼む」

「はい? ――あ」


 そして差し込んだ次の瞬間、甘い香りが近づいたと思ったら目の前に綺麗なヴァイオレットさんのお顔があり。口に柔らかな感触がした後、すぐに離れた。


「本当は誓いの時まで我慢しようと思ったのだがな。だが愛しの旦那様にそのような顔をされれば仕様があるまい」


 ヴァイオレットさんはそう言うと、俺を覗き込みつつ一歩離れる。


「さて、クロ殿。私になにか言う事は無いか?」


 そしてそんな言葉を、どこかイタズラじみた表情で言われてしまっては俺も相応しい言葉を返さなくてはならないと、陰りを晴らしてくれた太陽に向かって笑顔を作る。


「私の妻は、外見も中身も素晴らしいです」

「クロ殿の妻だからな。相応しくなるためにそうもなる」


 控室で俺達は笑い合う。

 結婚式が、始まる。


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