噂という名の情報_4
とりあえずシュバルツさんの脱衣を止め、一旦落ち着いて貰おうとその場に居た全員を屋敷の中に誘った。
グレイに紅茶あるいは珈琲を淹れて貰いながらゆっくりと事情を説明した。
「つまり、ヴェールさんはシュバルツの美しさに惹かれた……と?」
「ああ、お恥ずかしい話だが、私は均整の取れた身体が好きでね。素晴らしい身体を持つ彼女を褒めたんだ」
「そして私がその期待には応えなくてはならないとした訳だ」
「……成程、共通の知り合いのクロ殿の所に来た所に出会ってそうなったのか」
ヴェールさんが俺の肉体を追い求めたとかの辺りは省略したが、ひとまずは納得してもらえたようである。
ヴァイオレットさんもシュバルツさんの見せたがりな部分は承知しているだろうし、美しさも理解している。肉体好きなどの好き嫌いは個の自由であるから、つい褒めてしまったのも無理はなく、結果ああなってしまったと納得したのだろう。事実はもう少し変態性に溢れているが。
『あのー、やはり彼女はあのシュバルツさんですし、彼女はシャル君のお母さん……なんですよね?』
『はい。暴走しがちですが大抵あんな感じです』
『そう……なんですね』
先程メアリーさんがそのように小さな声で尋ねて来て、俺が答えたが、メアリーさんは今の彼女達を改めて見て複雑そうな表情をする。
思っていた印象と違う、というヤツだろうか。実際に彼女達がこんな印象であると事前に予測で来ていたらそれはそれでおかしいが。
「ふふ、しかしメアリーくんか。こうして対面するのは三度目くらいだろうか」
「そうですね。話した事はありますが、錬金魔法の道具を買ったくらいでしょうか。覚えてくださっていたんですね」
「もちろんさ。キミみたいな美しい子は覚えやすいからね」
「ありがとうございます」
以前出会った……というと、あの乙女ゲームで言う所のルート伏線による序盤の首都で出会った、的な感じだろうか。
「ふむ、しかし……」
「?」
シュバルツさんは言葉を止め、この場に居る全員をゆっくりと見渡す。
その行動に皆が疑問に思いつつ、最後に珈琲を飲んでいる俺の方を見たので、俺は疑問に思いつつ尋ねようとすると。
「いや、クロくん。キミもスミに置けないね。綺麗な女性ばかり揃えてまさにハーレム状態じゃないか」
「ごっ!?」
俺は危うく珈琲を噴きかけた。
確かにこの場の女性比率は高いし、女性に囲まれる、という点ではハーレムなのかもしれないが、好意を抱かれているという点でのハーレムとかはあり得ない。
シュバルツさんの好意はシュバルツさん自身に向いているし、メアリーさんは良くて異性の友達程度。ヴェールさんは好意を抱いているのは確かかもしれないが……
「突然なにを言い出すんです。メアリーさんは異性の友達ですし、学園に良い間柄の男性もいます。それにシュバルツさんも俺に好意とか抱いていますか?」
「異性としては割とアリな部類だが」
え、マジで。彼女の弟が居る修道院を潰すぞとか脅しをかけて、後ろめたさを良い事に何度もシキに行商させに来させている男の何処が良いんだろう。
「…………」
「ヴァイオレット、スプーンがそのまま力を入れては曲がって使い物になりそうにないです。落ち着いてください」
「はは、なにを言う。私は落ち着いているともメアリー。ああ、夫が魅力的な男性であるという証拠を得ただけだ。なにも腹立つ要素が無い」
「とりあえず唇を噛み締めるのはやめましょう。綺麗な唇から血が出ますよ」
ヴァイオレットさんとメアリーさんがなにやら小さな声で話しているが、具体的な内容までは聞き取れない。が、なにやら良くない雰囲気であることは確かだろう。
「好意はありがたいですが、そのような事言われても困ります」
「む、ではハーレムは嫌なのかい?」
「男性としての魅力が上がって、女性に惹かれるのは良い事かもしれませんが、俺が欲しいのはヴァイオレットさんだけですから」
シュバルツさんの好意が本気かどうかはともかく、俺が好きなのはヴァイオレットさんである。だから言われても――
「クロ様、クロ様」
「ん、どうしたグレイ」
俺が自身の所感を言っていると、気兼ねしなくて良いという理由で俺の隣に座っていたグレイが俺の名前を繰り返し呼び、袖を引っ張る。なんだか動きが小動物じみているな。
「私めは欲しくないのでしょうか」
グレイは少し気になるかのように問い質していた。
俺は一瞬問いに戸惑ったが、意味を理解するとグレイの頭に手を置き撫でる。
「安心しろ、グレイも欲しいから。別に仲間外れにしている訳では無いぞ」
「本当でしょうか」
「ああ、本当だ」
少し拗ねる仕草を取るグレイの頭を撫でつつ、この質問自体がグレイからの好意でもあるので、嬉しくて自然と笑みが出た。
「嘘であったなら打ち首獄門後市中を引き摺り回しますが、それでも本当ですか?」
「なんでそんなエグイんだ。嘘じゃないから安心しろ」
連続殺害者でももう少しましな扱いを受けるぞ。
後で誰の影響でそんなことを言いだしたか聞いておくとしよう。多分打ち首獄門事態を“反省させるための重めの罰”程度にしか思っていないだろう。
「家族仲良さそうでなによりだ。私の夫は最近忙しいし、息子は親離れしているから羨ましいよ。そうは思わないかな、顔を赤くしているヴァイオレット嬢?」
「…………顔など赤くしておりません、見間違いでしょう」
「おお、本当にすぐに切り替えたね。どうやらグレイ君を撫でている時間のお陰のようだ」
その会話が聞こえ、俺はヴァイオレットさんの方へと向く。
ヴァイオレットさんは相変わらずの凛とした態度で紅茶を飲んでいた。とりあえずは先程までの良くない雰囲気はなさそうである。
「ところでヴェールさん。今更ではあるが、シキに来た理由を問うても良いだろうか」
ヴァイオレットさんは俺が見ている事に気付くと、もう一度紅茶を飲み(熱くて一度咽かける)、先程俺が聞こうとしていた事を問いただす。
そういえば先程それを聞こうとしていたのであった。ヴェールさんの肉体好きの発揮によって逸れてはいたが、「その通り」という事に関して聞きたいのであった。
「ああ、一つは調査だよ。いわゆる定期的なモンスター調査だ。その調査範囲に最近知り合ったキミ達が居るシキがあったから、希望をしてここに来たんだ。あともう一つは、彼に用があってね」
「彼?」
彼、と言われヴァイオレットさんは初め俺に用があるのかと俺の方へと視線を向けるが、ヴェールさんの視線が俺ではなく、撫でられているグレイの方へ向いている事を確認すると疑問顔を浮かべ、改めてヴェールさんの方へと顔を戻す。
「グレイ、だろうか?」
「そう、グレイ君にだ。彼に――アゼリア学園の推薦状が届いている」
『……はい?』
ヴェールさんの言葉に、俺やヴァイオレットさんだけではなく、メアリーさんもキョトンとした表情になり、小さく驚いた表情になる。
「――? どうかされましたでしょうか、皆様?」
ただ当事者のグレイだけが、撫でられていて嬉しそうな表情をしていたので反応がワンテンポ遅れていた。




