雪白のバランス調整
「では、私はヴァイオレット様の着付けに参りますので、これで失礼いたします」
「ありがとう。ヴァイオレットさんの分も俺みたいに素晴らしく頼む」
「はい。結婚式後にそのまま仲良く襲い掛かるレベルで素晴らしくいたします!」
「後より式中を重要視してくれ、スミレ」
スミレさんが俺の衣装の着付けと髪のセットを終えて、礼をしてから部屋を出て行きヴァイオレットさんの着付けに向かった。ちょっと不安はあったが、前回ためしで着付けた時はなんの問題もない所か、俺の想像よりも素晴らしく着付けたので問題はないだろう。多分。
――相変わらず凄いな、スミレさんは。
鏡に映るスーツの俺の姿を見て素晴らしいと感じる。スーツは俺が縫ったので、自分が作成した服を着る自分を素晴らしいと思うような自画自賛する形にはなるが、素直にそう思うほどには今の俺は大分……いや、かなり良い感じに決まっていると思う。想像以上にスミレさんは“俺”を仕上げてくれた。今日が今までで一番格好良い俺なのでは、と調子に乗ってしまいそうな俺にしてくれた彼女には大いに感謝しなくてはいけないだろう。
「で、なにが不満なんだ、スノーは」
そして俺は鏡の前でひとしきり自分を堪能した後、先にセットが完了し、俺の控え室にやってきて着付けの様子を見ながら、なにやら落ち込んでいるような神父様ことスノーホワイトに声をかけた。今日は対神父様ではなく、友人として接している。
「不満はない。クロの衣装も素晴らしいし、スミレの着付けも文句がない。ないが……」
スノーはそう言うと、複雑そうな表情になる。
ここで言葉が詰まるのは、言葉にし辛いからそちらから言って察して欲しいというようなものではなく、相も変わらず自分の感情に鈍いスノーが、今の自分の感情をどう言えば良いか本気で分かっていない、という所だろう。
「今更マリッジブルーとか言わないよな」
「シアンと別れたりする気は全く無いが、もしかしたらそうなのかもしれない」
「もし“自分なんかが最高の女性であるシアンと一緒に結婚して良いものか!?”とか思ってたらシアンの代わりに一発見舞うぞ」
「よし来い。腹なら大丈夫だ」
「構えるな。あくまでもそういう気持ちになるぞというだけで、“そうかもしれない!”と納得して罰を受けようとするなや」
俺の真正面に立ち、腹部を殴りやすくするスノーに俺は落ち着くように宥める。此処はキチンとする気は無いと言わないと、本気で殴られるまで待っていそうである。
「一瞬クロの発言に納得してしまったんだ。こんな弱気でシアンの夫など務まるものか! さぁこの腑抜けた俺をぶん殴れ!」
「服を巻くって腹を出すな。その割れた腹筋は愛する妻にだけ見せてやれ」
「つまりそれは……これから俺は自己鍛錬の滝行も温泉もヴァイスやクロとは無理ということか!?」
「落ち着け」
なんだろう、凄く面倒である。結婚を前にして変なテンションになっている、という面もあるので仕様が無いと思う。思うが同時に面倒だとも思う。いっそ本当に殴ってしまった方が良いだろうか。
しかし今の俺は殴るわけにも行かない。なにせ先ほどクリと殴り合いをしてヴァイオレットさんに怒られたばかりだ。さらに殴ったとなれば結婚式中に説教が始まってもおかしくは無い。
「スノー。今のお前の状況だが、簡単に説明しよう」
「わ、分かるのかクロ!?」
ので、恐らく予想も含めて今のスノーがどういう心境かを説明……というか納得させるように言いくるめるとしよう。
「ようはスノーは、今幸せ絶頂だから、不幸がないと釣り合わないと思い込んでいるんだよ」
幸運な事が続きすぎるとそのまま幸運が続くと楽観視する人も居れば、何処かで反動が来ると思う人も居る。ようするに上手い事がずっと続くなんて事はありえない、と身構える。
「そこで痛みを伴えば少しは中和出来てバランス取れるのでは、と思うかもしれんが、敢えて言うなら……」
「い、言うなら?」
「世の中には
殴られ蹴られ、骨が折れたり寿命が縮んだりした結果なにも得られない事なんてざらにあるんだ。不幸を求める暇があったらとっとと幸運をかみ締めろこのスットコドッコイマゾヒスト神父野郎が」
「スットコドッコイマゾヒスト神父野郎!?」
実際はもっと複雑な感情を抱いているかもしれないが、そこまで間違ってはいないと思う。それに今一番大事なのはスノーが納得して結婚式に臨めるかどうかだ。ある程度前向きになれば、後はシアンがどうにかしてくれるだろう。……というか、シアンのドレス姿を見れば後はどうにでもなる気もするが。試着の段階で大変だったし。
と、そんな事を思っていると。
「話は聞かせて貰った!」
「だ、誰だ!」
人生で一度は言ってみたい言葉を言いつつ、ある乱入者が現れた。




