淡紫との数少ない思い出(:菫)
View.ヴァイオレット
「失礼いたしました。折角のヴァイ――御令室様の結婚式に笑顔ではなく泣いてしまうとは」
「感情をコントロール出来ない私達で申し訳ございませんでした」
「別に構わんぞ。あそこで無表情で居られる……スミレのように無感情で居られる方が困るからな。感謝のし甲斐がない」
「ははは、御令室様ご冗談を。スミレが無感情とか何処の世界の話ですか?」
「ははは、あんな分かりやすくて表情豊か、慣れると隠している事が誰よりも分かりやすい彼女は感情ありまくりですよ」
「先輩方!?」
「まぁ皆の妹、という感じで分かりやすいからなスミレは」
「ヴァイオレット様!?」
優秀ではあり隙がないように見えるが、しばらく接していると抜けている部分が見えてきて可愛らしく思えてくる。生きた年数で言えば私達の何万倍なのだろうが、どうしてもしっかりとした年上の姉というよりは、背伸びをするちょっと未熟な可愛い妹、という感じがするのがスミレである。
――兄妹、か。……私もこのように接する事ができれば、なにか変わっていただろうか。
ふと、バーントとアンバーの兄と姉のように接してきた事と妹という単語で、兄であるライラック兄様の事を思い出す。ソルフェリノ兄様によると相変わらず行動力溢れる行動をして元気にやっているようだ。
行動力に溢れ、百聞よりも一見を大事にし、ヒトの善性を尊び、悪を許容した上で裁き、人望や人道にも厚い。お父様やお母様の前などを除けば、行動して得られる経験を楽しそうに糧にしているようなヒトである。
……ただ何故か、物語に出てくるセルフ=ルミノスのような魔王と称される人物が居るとしたら、それはライラック兄様の事だろうと思うようなヒトでもある。こういっては失礼だが、ショクの地でやった事を聞いた時に「やるかやらないかで言えば、間違いなくやる」と思わせるような感じなのである。
兄様が結婚してからはあまり会わなかったため、私が幼少期の印象のみの話ではあるのだが……その時に今の私のような形で兄妹で交流をしていれば、なにか変っていたのだろうか。そう思いつつ、昔のライラック兄様との交流を思い出す。
◆
「御存じでしょうか、ライラックおにいさま。我が領の東端に居るとされる【煉獄河馬】というモンスターは汗がピンク色らしいですよ。この御本で読みましたが、すごいですね!」
「なに、そのようなモンスターが居るのか。ならば実際に見て確かめに行くぞ!」
「え?」
「ソルフェリノも確保し、兄妹で実地調査だ。さぁ、出発!」
「え、え? 今からですかおにいさまー!?」
「今我が領に来ているサーカスだが、楽しむものではなく管理するものだと父上に言われた。どう思う、ソルフェリノ。ヴァイオレット」
「そうですね。娯楽の一種として知り、民達の反応を見て管理に繋げる興行かと思われます。ただ、出し物の傾向によっては一部制限、犯罪に繋がる誘拐などへの警戒が必要と思います。楽しむものではないかと」
「え、えっと……わたしもそう思います。おかあさまが低俗であると言っていましたし、お客さんとしてみなくても良いと思います」
「よし、意見は分かった。という訳でここに俺が並んで買ったA席のチケットが三枚ある」
「「はい?」」
「見に行くぞ。低俗だろうが管理だろうが楽しむものでも無かろうが、まずは実際に客として見る。そこからどうするかを判断しに行くぞ拒否は許さん! 行くぞぉ!!」
「「ラ、ライラックおにいさまー!!?」」
「あの、ライラックおにいさま。おとうさまに怒られたと聞きましたが……」
「……その通りだな」
「え、えっと。わたしがなぐさ――」
「だが俺は諦めん。絶対に諦めんぞ。何故だか分かるかヴァイオレット!」
「え!? ええと……なぜでしょう?」
「夢は! 追いかけ続ければ必ず叶うと信じているからだ! だから俺は婚約者と結ばれるには素手で殴り勝ってからというのを諦めん!」
「なにをおっしゃっているのです」
「ヴァイオレットか」
「ライラックお兄様。此度はクチナシ様とのご結婚おめでとうございます。かつては婚約の際に不安な事もありましたが、無事繋がりを持つ事が出来たことを喜ばしく思います」
「うむ。……随分と変わったな」
「? そうでしょうか。ですが私も成長期ですので、自覚が無いだけでそう思われるのかもしれません。もし良い方向に成長したのならば、ヴァーミリオン殿下の婚約者として喜ばしく思います」
「……そうか。俺はバレンタイン直属の領を治める事になった。ここから百キロ以上離れているような場所だ。恐らく会う機会が今まで以上に減るだろう。そこでその前に伝えたい事がある」
「なんでしょう」
「俺は今から領地に徒歩で行くから、トラブルの際は引き継ぎを頼む」
「なにを言っているのです?」
「ちなみにクチナシも一緒だ」
「夫婦でなにをやろうとしているのです?」
◆
「…………」
ライラック兄様との交流を一通り思い出し、ふと思う事がある。
――うむ、今の私でも兄様に付いていくのは無理だ。
色んな事に慣れてきた私ではあるが、ライラック兄様に付いていくのは勘弁願いたい。
血の繋がった実の兄との思い出を振り返りながら、私は兄妹のような間柄との会話を続けるのであった。




