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琥珀妹の情緒(:菫)


View.ヴァイオレット



「ヒャッフゥ仕上がりが完了しましたぜ我が敬愛なるヴァイオレット様!」

「無理にテンションを上げて媚び諂わなくて良いぞスミレ」

「ははは、なんのことやら」


 私から目を逸らし、集中出来ていないような様子ではあるが、私にドレスを着せる仕事は問題なく行ったスミレ。以前仮で着せて貰った時もそうだったが、相変わらず素早く丁寧で、無駄の無い動きである。なお前回の際にバーントとアンバーが敗北を認め悔しがっていたが、私達の従者は負けず嫌いばかりなのかもしれない。

 しかしその時も思った事だが――


――本当に好きだな、このドレスは。


 ウェディングドレスを身に着けた私を鏡で見て、改めて思う。

 素晴らしくもある。美しいと思える。職人技だと感じられる。けれどドレスを着る私を見ての一番先に来る感情は、このドレスは好きだということ。


「お似合いですよ、ヴァイオレット様」

「ありがとう、スミレ。私もこのドレスを着る事が出来て誇らしく思えるほどだ」


 単体ではなく、“このドレスを着ている自分”を好きになれるような、不思議だが当たり前のように馴染むドレス。

 ……本当に、今日この日にこのドレスを着る事が出来る事が、私にとって今までで一番誇らしく、そして幸せだと胸を張って言う事ができる。


「御令室様、ドレスの準備は出来ましたでしょうかぐぅぁぁああああ!」

「アンバー!?」


 そして胸を張って鏡に映る私を見ていると、アンバーがノックをし許可を出して入った瞬間に何故か悲鳴と供に膝をつき項垂れた。割と女性として表に出すのが駄目な野太い声であったが、一体なにがあったというのか……!?


「スミレ、ナイス! 私は今、最高に自分の脳が震えるレベルで最高の瞬間で最高な気持ちになっている!」

「ありがとうございます。見た目だけでなく香りも意識いたしましたので」

「最高か」


 項垂れた状態で顔だけ上げ、手でサムズアップをするアンバーと、「でしょう?」というように得意気なスミレ。なにが起きているのだろう。そして最高と何度言うつもりだ。


――新鮮だな、敬語を使わず砕けたアンバーは。


 アンバーは私が五歳、彼女が今の私と同じ年齢くらいの時から仕えてくれた、家族より長い時間接してきた大切な従者だ。クロ殿にとってのカナリアに近い。

 公爵家の時から主従関係とは別に時折親しく話す事はあったが、基本アンバーは敬語で接してきた。バーントと話す時には敬語も外れていたが、その時とは違う素に近い形でスミレと接している。私が今まで見ていた限りだと、普段は丁寧語で先輩として接している姿を見ているので、今のように年齢の近い友人のように話すアンバーは新鮮である。その新鮮さをかき消す奇行ではあるが。


「失礼いたしました御令室様。あまりにも完成されたドレス姿に衝撃を受けた次第です。お似合いです。御主人様も間違いなく同じような衝撃を受ける事でしょう!」

「そ、そうか。ありがとう」


 先ほどのような衝撃を受けるクロ殿、か。割と想像出来るといえば出来るのだが、今見たばかりだと、実際に似たリアクションを取られてもはたして私は喜ぶ事が出来るのだろうか。


「しかし……改めて実感します。あの子供の頃から成長を見守っていた御令室様……いえ、ヴァイオレット様のこの御姿を見ると……」

「見ると?」

「未婚のまま……出会いも無く年齢だけ重ねてしまった、と……!」

「反応に困るからやめてくれ」


 自身が成人を迎えた頃に面倒を見た幼き子供が結婚式でドレスを着る。……確かに自分の年齢の重なりを感じるだろうと想像出来る。出来るが、どう言えば良いか分からない。


「申し訳ございません、冗談です。感動で泣いてしまいそうなのを冗談で誤魔化したい年頃というやつなのです」

「本当だろうな」

「もちろんですとも。それに私だって出会いはあるんですよ?」

「出会っているだけ、という落ちは無しで頼むぞ」

「残念ながらその予想は外れです。いつか紹介いたしますよ」

「ほ、本当か?」

「ええ、本当です。いつか私がドレスを着て、お似合いと言わせてみせますからね」

「……そうか。楽しみにしているよ」


 アンバーの発言の真偽や進展は不明ではある。出会いがあって私達の知らない所で付き合っている男性が居るかもしれない。もしくは見栄をはってのまったくの嘘なのかもしれない。


「そして結婚した時はかつて私が贈ったように、下着のプレゼントをお願い致します」

「成人の誕生日のプレゼントか。懐かしいな。では……必要最低限の布地すらない紐で良いな?」

「良いな、ではありませんよ!?」

「私はあの下着でクロ殿に迫った。ならば同じように誘惑するための下着をプレゼントするのが礼儀というものだろう!」

「あ、知っていますよそれ。初日に放置された挙句に自分から行ったら断られた奴ですよね」

「その通り。良い思い出だ」

「良いんですね」

「もちろんだとも。あの時はむしろあの下着があったからこそ――」


 私とアンバーはかつて少しだけあった、主と従者であるが姉妹のように話していた夜の会話のような話をしあう。結婚式も直前、ウェディングドレスを着た状態で話す内容では無いかもしれないが、私達は気にせず話を続けた。

 なんとなくそのような話をしなければ、どちらかが感情が崩れてしまいそうだったからだ。

 ただ、先程のアンバーの言葉。泣いてしまいそう、という言葉だけは本当だと気付いてしまったから。ただそれだけだ。


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