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深黒と呂色の嫌な手紙


 クリと戦い、ヴァイオレットさんに怒られるまでのちょっとした時間。

 良い汗をかいたので互いにお風呂に入って(クリは来客用)さっぱりしようと思って屋敷の中を歩いていると、少々嫌な事があった。


「失礼いたしますクロ様、クリ様。こちら今朝届いていましたクロ様宛ての手紙になります」

「ありがとうスミレ。誰から?」

「ブラック、ランプの連名とロイロ・ダイアーという御方ですが、部屋に置いた方がよろしいでしょうか?」


 その名前を聞いて俺は自分でも分かるくらい表情に嫌な感情が漏れ出た。すぐに持ち直しはしたが、スミレさんはそういう事には聡い……多分聡いので気付かれただろう。


「……いや、今読むよ。ありがとう」

「はい、どうぞ。それでは失礼します」


 スミレさんはそう言うと、俺に追及する事無く綺麗な所作で去っていった。

 去った後、少し長めに息を吐き、何処か不安そうに見るクリに大丈夫だと小さく笑みを作り、俺はまず両親の手紙を開いた。相も変わらず綺麗で神経質さを感じる文字は、父の物だ。


「クロ兄様、内容は……」

「……結婚にあたっての祝辞だよ。最初の方はな」


 最初の方は結婚の祝辞。お手本のような父から子への文章である。まるでテンプレがあってそれをそのまま使ったかのような文面である。

 そして次に向こうの近況報告と、こちらの状況を確認するような文面。ノアの方舟の件を心配した文面の中に、凄く遠まわしに王族や伯爵家との繋がり云々について書いてある。恐らく自分は繋がりを知っていると仄めかしているのだろう。

 そのくせ次にあるのは直接的な繋がりを取り持ってくれというような文章だ。単に依頼をしていないだけで、「やってくれるな?」的なニュアンスが多分に含まれている。

 最後の方まで行くとちょっとした今までの謝罪から自分達も苦労してきたからお互い様であり、むしろ子として親の――


「手紙を丸めてゴミ箱にシューット!! 超、エキサイティン!」

「クロ兄様、お気を確かに!」

「大丈夫、冷静だ。そしてむしろストレス発散になる手紙を用意してくれて感謝をしてないくらいだ」

「してないんですね」


 うん、全くしてない。

 そして丸めたのはあくまで碌でもない父の一枚目の手紙だ。もう一枚の方はまだ読む気ではいる。見なかったら見なかったで面倒な事が書かれている事が多いからである。そう思うと父とカーマインの手紙は同種の面倒くささだな、と思う。……これを考えると次の手紙にカーマインがもっと嫌な手紙を送ってきそうだな。考えないようにしよう。


「って、二枚目母様からだ」

「ランプ母様? 内容は……?」


 連名ではあったので入ってもおかしくはないが、もう一枚が丸々母からの手紙であった。ほとんど俺に手紙なんて送らない人なので珍しい。

 ええと内容は結婚式の祝辞……


「……祝辞じゃないなこれ」

「なんです?」

「気が付けば俺が母様で、田舎町でスローライフしながら、いざという時は権力者に頼られる権力者としての道を歩み優雅に過ごす事になってる」

「……? あ、そういう……」


 俺とクリは最初分からなかったが、どういう事かは察しがついた。ついてしまった。

 ……まぁ子供を“自分が上手くいかなかったから、子供を自分の思い通りに上手くいくように操ろうとし、結果的に子供は代替品ではなく自分だ”とかいう精神性の持ち主だ。上手くいっている俺の話を聞いて妄想を語っているのだろう。


「クリも気を付けろよ」

「テツグロさんが頼もしいので大丈夫です。手紙はどうするんです?」

「呪物保存庫の中にとっておく」

「なんでそんなものあるんです」

「処分すると後から写しを持ってきて契約完了してくる輩がいるんだ。文字による拘束力は強いからクリも気を付けとけよ」

「は、はい」


 言葉の軽さ、文字の重さ。言った言わないの押し問答を避ける。だから出来る限り案件・指示はメールのような文字にて伝えて貰う。俺はその重要性を前世の会社勤めで学んだのである。ちなみに先程シュートした手紙も同じ部屋に保存しておく予定である。


「次がロイロ姉様かぁ。嫌だなぁ……燃やそうかな」

「今ほどの言葉を思い出してください。読む気合を入れる為殴っておきます?」

「そういう気合はさっき受け取ったから大丈夫だ。まぁ読むよ」


 俺はそう言いながらロイロ姉からの手紙の封を切り、中身を読む。

 カラスバの話ではロイロ姉は大分変わったそうだが、あの人は俺の想像する貴族女性の嫌な部分をまとめたかのような女性だ。シッコク兄のような変わり方でもない限り、嫌な事には変わりないだろう――


『結婚おめでとうクロ。

 結婚式には出席出来ない代わりに、私達の最高に可愛い夫婦愛写真を送りますので、これで幸せのおすそ分けと思ってね!

 貴方の姉にして最高の妻 ロイロ』


 一緒に入っていた写真(この世界では高級品)には、ベッドの上で旦那の身体に抱きつき夫婦そろってカメラ目線のロイロ姉の姿が写っていた。服を着ていないがシーツがかかり、大事な所は互いの身体とかで隠れている何処となくエロティックな写真だ。


「スミレェ!!」

「お呼びですか」

「この手紙を今すぐ呪物保管庫に入れて俺の目に届かない場所にやってくれ!」

「畏まりました!」


 俺はこの世から葬り去りたい欲望を我慢し、スミレを呼んで(すぐ駆けつけた)封印する事にした。

 実の姉の夫婦セクシーショットとかいう、どう反応すればいいんやと思うような、これなら両親のような手紙か嫌味交じりの手紙の方が良かったと思うし、この時間は――、この、時間は……


「クリ」

「は、はい」

「俺達はなにも受け取らなかった。見なかった。この数分は空白の時間だ。そうだな?」

「そ、そうですね!」


 このような時間は忘れるに限る。

 俺は迷う事無くそう決めたのであった。


――というか、ロイロ姉あんな愉快な性格になったんだな。


 今までのロイロ姉ならあんな秘め事、痴態を晒す写真など送る事は無いのに送ってくるあたり、あの姉もなんか変に愉快な方向へと性格が変わっているかもしれない。それだけは覚えておいても良い事であると、変な所に前向きになった所で。


「……我が夫と義妹は何故そのような格好で居るのだろうな」


 前を向いたからには、目の前の事に誠実に対応しなければならない。そう思った俺達は、愛しの妻の数分の説教を受けるのであった。



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